第二百四十五話
妖精人が彼らの都市ペルハストの研究所で竜人を相手にして魔法実験を繰り返していた。
そしてそれが引き金になって集団暴走が起きた。
虹真珠亀の昔話は余りにも古い話だけど、冥界の塔の迷宮主、太陽の方尖碑のアマテラスは双子迷宮の冥界の塔が妖精人の都市ペルハストだと言っていた。
火竜を倒したとき妖精人のエルクスたちは研究所のことを引き合いに出して入念に火竜の力を抑え込んでいた。
「妖精人たちが竜人に対して魔法実験したことで集団暴走が起きたのでしょうか?」
「それは分からん。
魔法が暴走したのかも知れんし、竜人が暴れたのかも知れん。
偶然、地脈が乱れたのかも知れんしの」
「集団暴走が起きたのはいつのことでしょうか?」
「千年か二千年か、昔はあれやこれやと情報が入って来て時系列を理解していたが、今では何の変化も無いからな。時間の感覚も無くなってしまった」
「では、当時の地理は覚えておられませんか?」
「地理か……。
黒霧山を挟んで南西に妖精人の都市ペルハスト、北東に大地人の街ガイアス。
ずっと北に人間の国があった」
「この山の南西にペルハスト。
山を越えて反対側に大地人の街ガイアスですか?」
「そうじゃ。
だがそれも、今では山を越えて来る大地人はいなくなった」
「この山を越えて大地人が来るのですか?」
「昔はもっと森が疎らだったからな。
もっと平和な森だったんじゃ。たまに素材を求めて冒険者が立ち寄る程度には開けておった」
「猫人や犬人はどうしていたのでしょうか?」
「儂の所へやって来る獣人はほとんどおらんかった。
人間の国にいたと聞いた程度じゃな。
獣人の街など聞いたことも無い。
人間が絶滅した際に各地に逃げ延び、集落を作って生き延びたのではないか?」
「えっ?
猫人の国や犬人の国は?」
「そんなものがあるのか?
儂は聞いたことが無いが……」
「時代が違うのか、或いは地理的に関わり合いが無かったか……」
虹真珠亀の話は先ほどまではしっかりとイメージができたけど、猫人の国バスティタや犬人の国アヌビシェを知らないと言われると急に胡散臭くなってしまった。
虹真珠亀に話を聞けたのは良いけど、いつの時代の話か分からないぐらい古い話なので、神話やお伽話を聞いているようだ。
「妖精人についてもう少し詳しく教えて頂けますか?
妖精人を探しているのですが、情報が無くて……」
「そう言えば妖精人を探しに、と言っていたな。
何で妖精人を探す?」
「何で?」
妖精人を探すのは、妖精人が何かを企んでいる可能性があるからだ。でも、何と言ってそれを伝える?
冥界の塔のことを話すか、それとも火竜のことを話すか?
「ペルハストのあった都市跡にできた迷宮で、猫人が妖精人に襲われたと言う噂があったので……」
「猫人が妖精人に襲われた、か。
妖精人のやりそうことだな。
それにしても生き残りがいたか。
儂はてっきり絶滅したと思っておった」
「それはどうしてですか?」
「妖精人は自分たちの住む都市を集団暴走に襲われて、散り散りになった。
元々他の種族と仲良くできる性質じゃないからな。
戦争中じゃし妖精人に逃げ場は無かった」
「だとすると、妖精人は極僅かが隠れて生き延びるのが精一杯と言うことでしょうか?」
「じゃろうな。
大勢の妖精人が結束して生き延びるのは難しかったはずじゃ。
その上、妖精人は長寿じゃが、その分子供が少ない。
亜人戦争を生き延びた妖精人が新しく集落を作ったとしても、一気に人口が増えると言うことはあるまい」
「では何故今になって姿を見せたのでしょうか?」
「新しい世代が台頭してきたか?
勝算ができたか?」
「隠れ住むのが嫌になった?」
「妖精人は好戦的な種族では無い。
ただ、自尊心が異常に高い。
本来ならば隠れ里で独自の文化を育むじゃろうが、年若い跳ね返り者が里を出て暴れ出しても不思議は無いな」
「そうですか……」
「そうは言っても保守的な妖精人じゃから、エルフの都市ペルハストに現れたんじゃろうな」
「なるほど」
冥界の塔に妖精人が現れただけならその考え方もありだろう。
でも火竜の件があるから個人ではなく組織的な感じがする。
「妖精人を匿ってくれる。
或いは支援してくる存在はないのですか?」
「妖精人を支援か?
馬鹿なことを言うな。
選民思想の塊のような妖精人じゃぞ。
こちらが助けようと思っても向こうが断るわ。
奴らは自分たちが一番だと思っておるから、他の種族に頼るなんぞあり得んわ」
虹真珠亀はハッキリと断言して、支援者の存在を否定した。
「それでは何か強力な魔法で他者を隷属させたり支配することはできるのでしょうか?」
「うーむ。
それも難しいだろう。
確かに妖精人は多種族を支配しようとしておった。研究所で行われていた魔法実験も強力な竜人を自在に操ろうとしておったようだしな」
「それでは?!」
「それが失敗して集団暴走が起きたんじゃろう?
そんな魔法を使って生き延びたとは考えにくい」
「そうですか……」
妖精人が逃げそうな国や街があればと思ったけど、そんな簡単なことでは無いようだ。
しかし森に逃げ込んだ妖精人は亜人戦争を生き延び、今、レドリオンを、バスティタの国を狙って行動を始めている。
何かきっかけがあるはずだ。
「竜人を相手にして魔法実験を行ったと言われましたが、竜人はどうなったのでしょうか?」




