第二百四十三話
翌朝、空が白み始めると目が覚めた。
テントも張らずに屋外でハンモックに寝転がっただけなので、陽が昇ると明るさで自然と目が覚める。
「さて、どうするかな?」
一人で呟いてハンモックを片付けると荷物を全て魔法鞄に仕舞い、銀糸のマントで軽く舞うようにして地面に降りる。
十メートルほど歩けば、すぐにクレーターに着いた。
クレーターの端の方は衝撃で飛ばされた砂利が積もって落ち葉や雑草たちを覆い隠している。
更に先は緩やかな斜面が中央に向かって続き、土や砂利が吹き飛ばされて岩盤が剥き出しだ。
クレーターの外周に沿うように歩いて、何者かが残した痕跡がないか観察して進む。
「……」
「……」
「……」
黙々と地面を見ながら歩くけど、何ら変わり映えしない地面が続く。
不思議なことに砦跡には魔物さえ近付かない。
森の方には鳥や獣の気配があって魔物の気配も感じられるけど、このだだっ広いクレーターには近づいて来ない。
見渡す限り剥き出しの地面だ。
「何も無いし、どうするかな?」
まだ十メートルほどしか歩いてないけど、既に諦めの境地だ。
荒れた砂利や土に残された痕跡を見つけられる気がしない。
余程大型の魔物でもなければ、こんな砂利の上に足跡を残さないだろう。地面を見るよりも周辺の木々を見て回った方が良さそうだ。
そちらの方が何かしら分かり易い痕跡が残っているような気がする。
そう思いつくとクレーターの外縁に沿って木々の様子をして歩き始める。
倒れたり折れ重なった木々が外縁を形作っている。
これだけ大きなクレーターに対して、折れ重なっている木々の量は少ないし、砦の岩壁らしき岩もない。
火竜の息吹で跡形もなく消えてしまって、ここに砦があったとは思えない状態だ。
「それにしても……」
「……」
「……」
「……何もないな」
クレーターの外周に生えている木々には何の変化もなくて、不毛な作業に思えてくる。
クレーターの外周にある砂利を見て回ったときと同じ感覚だ。
せめて焚き火の跡でもあれば何者かがこの砦跡を訪れたことが確認できるけど、何も無い。
変化の無い風景に飽きてきたので、銀糸のマントに魔力を流して五メートルほどの高さに飛ぶと上空から調査する。
僕に見つけられるとしたら焚き火など野営の跡ぐらいしか無いので、歩いてても空を飛んでても精度は変わらない。
早々に見限って目立った痕跡が無いか大雑把に見て回ることにした。
……あまり杜撰なやり方で見落としがあっても困るので、それなりに注意したつもりだけど、半日かけて全く痕跡を見つけることができなかった。
これはもう、誰も来ていない。と言うことだろう。
妖精人のエルクスやピューラーが長生きだったとしても、一緒にいた犬人は標準的な寿命のはずなので、どこかに繋がりのある連中はいるだろう。
でも、1ヶ月間でここが崩壊したことを知り、調査メンバーを用意したり立て直しに着手するほど密な関係では無かったのだろう。
レドリオンでは全く妖精人の情報が見つからない一方で、犬人を仲間にしていたことからも、東の犬人の国アヌビシェに本拠地がある可能性もある。
その場合は黒霧山の奥地と連絡を取るのも大変だろう。
エルクスやピューラーは長期間、独立して行動していたのかも知れない。
ま、そんな推測も確証が得られるまでは、頭の片隅に留めておく程度でいい。
魔法鞄から串焼きを取り出して昼食を済ませると、新しい情報を探すために移動することにした。
黒霧山の奥には迷いの森があり、更に奥には帰らずの谷がある。だったか?
この砦跡は黒霧山の奥地と言っていいだろう。
どこから? という線引きは無いけど迷いの森に踏み込んでいると思う。
その上で、この砦跡には妖精人や犬人の痕跡は見当たらなかった。
怪しいのは東のアヌビシェや北方の辺境だけど、その前にこの周辺をもう少し調査しておく必要がある。
できれば帰らずの谷の位置ぐらいは把握しておきたい。
もし帰らずの谷に妖精人の隠れ里があったら、調査完了。
今後は隠れ里を見張ることで被害を予防することができる。
そんなことはないだろうな、と思いながら高度を上げて谷や大きな崖が見えないか探す。
この砦の辺りは山々がグッと迫って来ていて、尾根が折り重なって見える。
それぞれの尾根が深く抉れているため、全部が怪しく見えるようなシルエットをしている。
仕方ないので、一番近そうな北の山に向かって滑空した。
手近な山裾に近づくと山裾でもかなり高低差が激しい。
急峻な山肌の中に細い川が何本も見える。
更に奥には切り立った崖のようなものもポツリポツリと見えて前人未到の地が続いている。
「これを一本づつ調べるなんて……、」
どの山、どの谷に進んでも帰って来られない気がする。
帰らずの谷ってどこか一つの谷のことじゃ無くて、この山々、続く谷たちのことを指してるんじゃないだろうか……。
げんなりしながら山と谷を眺めていると奥の方の谷で大きな水飛沫が上がった。
「何だ?」
谷にある滝で何かあったようだ。
少し緊張しながらその滝に向かって飛ぶと滝壷のそばで大きな木が何本か倒れている。
「何が起きた?」
上空三十メートルからは今まさに折れて倒れていく大木が目に入った。しかし、何故その大木が折れたのかは分からない。
既に何本かの大木が倒れているし、先程の水飛沫も大木が滝壷に落ちたときに発生したようだ。
ズルリと滑るようにして大木が流されている。
ピリピリとした感覚があるので恐らく魔物がいるのだろうけど、視認できない。
気配を消している。
大木を折り倒すような魔物だからかなり大型だと思うけど、見つからない。
警戒感を高めると魔法鞄から赤く輝く竜鱗両手剣を取り出してゆっくりと滝壷のそばに降り立った。
真っ黒な岩がゴロゴロと転がる河原で竜鱗両手剣を両手に構え、気配を探る。
水飛沫が濃い霧のようになり、辺り一面は水浸しだ。
滝壷に落ちる水が轟音を立てて谷に響いている。




