第二百四十二話
昼間に爆睡したのに、夜も爆睡してしまった。
ヘンリーたちと食事したことで、それまでの疲れを忘れて金の麦館でゆっくりと休んだ。
おかげでメイクーン領からの移動の肉体的な疲れと、レドリオン公爵やセラドブランたちとずっと一緒にいた精神的な疲れの両方から回復したと思う。
身体が軽い。
簡単に身支度を済ませてレドリオンから黒霧山に出発する。
今回は一人旅。
僕がメイクーン領から帰って来る頃にはクロムウェルとネグロスがレドリオンに戻ってくる予定だったけど、帰って来ていないので、こちらから追いかけて行く。
黒霧山をどこまで調べられるか分からないけど、レドリオンの北西にある黒霧山を北上して弧を描くようにして北東に進みレドリオンの北にあるニーグルセントを目指すのが妥当だろう。
気分的にはすぐに北上してクロムウェルたちと合流してから黒霧山の調査をしたいところだけど、あんな広い森を歩いて回ったらいつまで経っても調査が終わらない。
僕が一人で飛び回って、……文字通り空を飛び回って怪しそうな場所を調べるのが妥当だし仕方ない。
黒霧山には鋼皮羆みたいな面倒な魔物もいるけど、空から見て回れば戦闘も回避できて手間がかからない。
そんなことを考えながらレドリオンを出ると前回と同じようなルートを歩いて黒霧山に向かう。
陽の高い内に慌てて黒霧山に着く必要は無いので、テクテクと歩く。
陽の高い内は軽く狩りをして、軽く食事をして、陽が落ちてから空を飛べば、人目につかずにすぐに黒霧山まで辿り着ける。
そして明日から黒霧山を飛び回ればいい。
時間に追われてる訳でもないのでそんな風に気ままに散歩をしてると遠くに槍氈鹿が見える。
短弓で仕留めるか、突鉄槍で仕留めるか?
ついつい倒す方に考えてしまうので、しばらくは無視することにする。
毎回戦っていたらキリがない。
……どうせ途中で向こうから襲いかかってくる魔物も出てくるので、食事の心配は後からでいい。
そう思い直すと、歩く代わりに走るぐらいの速度で歩くのと同じぐらいの高さーー地表の数センチメートル上を浮くようにしてゆっくりと飛んで移動することにした。
どこで誰が見ているか分からないから、ちょっとだけ自粛して目立たないように行動する。
……それにしてもただただ一人で歩き続けるのは拷問に近い。
周りには誰もいないことだし、歩いて見えるようにゆっくりと飛んでちょっとだけ楽をさせてもらった。
誰もいない草原を誰にも見られずにゆっくりと四刻ほど飛び続けると木々が疎らに増えてくる。
それでもまだ森の入口と言えるほどでは無い。
この調子だと火竜の息吹跡に着くのは何日かかるか分からない。
本当にだだっ広い。
腰鞄からのパンを取り出してかじり、水分を補給しながら北西に向かうと、夕方になってやっと息吹跡に到着した。
ちょうどいいタイミングで日が暮れて来たので、これからは夜の空を飛んで火竜のいた砦跡を目指す。
満月に照らされた空は明るく、黒く塗り潰された森は影よりも濃い。
それでも月夜の中にクロムウェルが育てた目印代わりの巨木があるので方角はしっかりと分かる。
雲が無く月明かりで遠くの山影まで見えるので、迷子になる心配はなさそうだ。
一本、二本と巨木を越えて砦跡に向かう。
火竜を追っているときは周りを観察する余裕がなかったけど、改めて見ると濃い森だ。
ネグロスとクロムウェルが夕暮れ後のこの森を走って僕を追って来るのは大変だっただろう。
空を飛んで移動する分にはいいけど、暗い森の中では視界が狭くなる。
今晩は砦跡で休んで、明日、明るい時間帯に周囲を調べた方が良さそうだ。
そんな風に考えてる内に抉れて地肌が剥き出しになった砦跡が見えてくる。
遠くからでもはっきり判る。緑の森の中に大きなクレーターができて茶色の地盤が曝されている。
……火竜を倒してから1ヶ月近く経ったけど、大きな変化は見つからない。
周囲を警戒しながらゆっくりと砦跡に近づいていく。
火竜を倒してから1ヶ月。
ここの砦で火竜を使い黒霧山を飛び回っていた妖精人のエルクスとピューラーに仲間がいれば恐らく様子を伺いに来ているはずだ。
妖精人と一緒にいた犬人もその一味だとしたら、組織の規模が大きい可能性もある。
そうだとすると大規模な調査隊が編成されていてもおかしくない。
火竜を倒したときはそんなことを考える余裕もなかったし、これまでは妖精人が存在していても極少数だと思っていた。
何と言ってもこれまで伝説上の存在で、実在するとすら思っていなかった。
それが、レドリオンの冥界の塔で新人狩りを行っているのが見つかり、その存在が明らかになった。
それでもレドリオン公爵の調査では未だに他の妖精人や妖精人に繋がる情報が見つかっていない。
セラドブランの依頼で同行したポローティアの水神宮の状況から別の妖精人の存在を疑っているけど、それもグルーガの線を調査して追ってみないと何とも言えない。
そんな情報すら見つからない妖精人が何人もいるとは考えたことも無かった。
しかし黒霧山の山奥でたった二人の妖精人が犬人二人を仲間にして四人だけで火竜を使役して何かしようとしてたと考えるのはどうも無理がある。
奴らの狙いを明らかにして、組織の規模を知らなければ対策を打つのも難しい。
ただのクレーターになった砦跡を睨みながら、改めて今回の調査の重要性を認識した。
「それにしても、何にも無いな……」
月明かりに照らされた砦跡は巨大なクレーターでしかない。
クレーターに近づくと周囲を一周見て回り誰かいないか確認したけど誰もいない。
「援軍無し。
誰もいないようだ」
拍子抜けしながらも警戒は怠らない。
いつ誰がやって来ても良いように少し森に入った木の枝にハンモックを掛けるとそこに横になる。
上には木の葉が生い茂っているし地面から三メートルぐらいの高さなので、簡単には見つからないだろう。
明日、夜が明けてから詳しく調査することにして今夜は隠れて休むことにした。




