第二百四十一話
火竜について危機感を煽るのも嫌だったので、あまり語ることがなかった。
場がシラけることを心配したけど、更に新しい料理が届くとヘンリーが話題を変えてくれた。
「ワンシーさんは薬師とお聞きしましたけど、どちらで修行されたのですか?」
焼いた川魚が各人の前に並べられると、その頭にかぶりつきながらワンシーを見る。
「そうですね。
私は元々、大公都の工房で修行してました。
まだまだ未熟ですけど、素材が手に入りやすい場所ということでレドリオンに来たんです」
「へぇ、まだお若いですよね?
行動力のある方でビックリです」
ヘンリーが感想を述べると、チェルミンが合いの手を入れる。
「ワンシーは結構無茶するよね。
素材を探しに黒霧山に行くって言って、早々に冒険者に助けられたり」
「あった、あった。
脚には自信があるとか言って、猪に追いかけられてるところを助けてもらったんだっけ?」
エルメラも加わってはしゃぐと、ワンシーが身を乗り出して止めてくる。
「止めてよ〜!
それは昔の話でしょ」
「結構お転婆さんですね。
レディは無理されない方がいいですよ」
ヘンリーも笑いながら揶揄ってワンシーが赤面してる。
「あのときは抽出に失敗して、急遽素材が必要になっただけよ」
拗ねてるワンシーにヘンリーが助け舟を出す。
「もし素材が必要になったら私にも教えてください。
用意できるものがあるかも知れません」
「ヘンリーさんは魔水薬用の素材なんかも取り扱ってるの?」
チェルミンが不思議そうに聞く。
「魔水薬用と決めてないですけど、白胡桃の実とかを扱ったこともありますよ。
魔水薬の素材を教えて頂けると商売の幅が広がるので助かります」
「ワンシー良かったね。
仕入れ先は多い方がいいでしょ」
チェルミンがワンシーにウィンクして話を振るとワンシーが照れたように話す。
「魔水薬の素材は高騰してるし、なかなか手に入らないから取り扱ってもらえると助かるけど……」
「そうなんですか?」
ヘンリーが尋ねる言葉に僕が答える。
「僕も聞いた。
大公都やその周辺では素材が高騰してるらしいよ」
「えぇっ?
大公都でも?」
大公都でも高騰してるとは知らなかったようだ。ワンシーが口を押さえて驚いている。
確か碧玉の村の薬師、ディキシュー姉妹がそんなことを言っていた。
碧玉の森は集団暴走の後、残党狩りのような討伐はしたけど落ち着いただろうか?
森に入れなければ素材どころじゃないはずだ。
「シルバー君はまた黒霧山に行かないの?」
碧玉の村のことを考えていたらワンシーが聞いてきた。
欲しい素材でもあるのだろうか?
「多分、また黒霧山に行きますよ。
何か欲しい素材でもあるんですか?」
「あら、バレちゃった?」
ワンシーがニヤリとして喜んでいる。
「話の流れで分かりますよ。
何か特別な素材ですか?」
「ちょっと高価な素材だけど、シルバー君なら取って来れるんじゃないかと思って」
「余裕があれば探すぐらいはいいですよ」
「硝子石榴の果実と網笹の葉なんだけど……」
ワンシーが心持ち控えめに素材の名前を言った。
「硝子石榴と網笹ですか?」
よく分からない僕が復唱するとワンシーが詳しく説明してくれる。
「硝子石榴の果実は両手で握れるぐらいの楕円形の木の実で外側の皮は真っ黒なんだけど、中に透明な赤い粒々の実が詰まってるの。
網笹は直径一メートルにもなる太い竹ね。茶色い大竹で竹にも笹の葉にも白い網目模様があるから、すぐに分かると思う」
ワンシーが力強く言って何となく素材はイメージできたけど、この前は見なかったような気がする。
「ふぅん。何となく見分けられそうな素材ですね。
ただ、前回黒霧山に行ったときに見た覚えがないので、お約束はできないです。
黒霧山ってずっと似たような森が続いててどこにどんな素材があるか分からないんですよ」
「あったら、でいいから!
だから、もしも見つけたら譲って欲しいの」
「えぇ、分かりました」
ワンシーの勢いに押されるようにして承諾するとワンシーがかなり喜んでいる。
「まだ手に入るかどうか分からないのに凄く嬉しそうですね。
何か特別な魔水薬の素材なんですか?」
不思議に思ってワンシーに確認すると、ヘンリーも同じように興味深げにワンシーを見た。
「そうね。
かなり珍しい素材だからよっぽどの縁が無いと手に入らないと思う。
魔水薬としては中級治癒薬の素材だから、結構大きな傷も治せるし、かなりお高い商品になるよ」
「それは凄いですね」
ヘンリーが相槌を打って、僕が更に質問する。
「その魔水薬が必要になったんですか?」
「今は必要無いけど、必要になるかも知れないってことで問い合わせがね」
ワンシーがそこまで言って言葉を濁した。
貴族か領軍かは分からないけど火竜の噂に備えて魔水薬の需要も増えているのだろう。
流石に火竜を倒しました。とは言えないんだけど、正式に火竜討伐が案内されるまではまだまだ影響が大きそうで少し心配になる。
「どうせなら他にも貴重な素材があれば教えてもらえますか?
せっかく黒霧山に行くのなら、ついでにそれらしい素材を取って来ますし……」
「本当?
それなら茸類なんか助かるな」
「シルバーさん、私のところにも回してくださいよ。
うちは魔水薬の素材に限らずに買い取りますよ」
「あ、そうだった。
この前は昇竜の皆さんがいたからギルドで買い取ってもらったけど、僕が採ってくるだけならヘンリーのところにお願いできるのか」
「そうですよ。
目の前にいるのに忘れないでください」
ヘンリーが泣き崩れる真似をして笑いを誘う。
そうだよな。
わざわざ黒霧山に行くんだから、ついでに珍しい素材を探してみるのもいいな。
成り行きでヘンリーやワンシーと食事をしたけど、いいアイデアをもらえた。
明日からの黒霧山探索が楽しみになってきた。




