第二百四十話
「シルバーさんも火竜の話はご存知だったんですね」
「まぁ、調査依頼を受けただけで、知ってるってほどじゃないけど……」
ヘンリーが話を振り返って聞いてきたので曖昧にぼかすと、ヘンリーがちょっと悪戯っぽく笑って続ける。
テーブルには新しい料理が並べられていく。
皿盛りの串焼きで香草が散りばめられ、香草だけではなくて砕いたナッツらしいものも見える。
「それなら紅炎の獅子虎の噂は知ってますか?」
「紅炎の獅子虎?」
僕が間の抜けた声をあげると、エルメラが乗り出して来た。
「Aランクの紅炎の獅子虎?
ヘンリーさん知り合い?」
「いえ、全然面識無いですけど冥界の塔で二十六階層まで行ったそうですよ」
冥界の塔の二十六階層にはどんなモンスターがいたか順に考えてみる。
二十階層が双頭番犬で、その後二十五階層が斬裂百舌と枯木巨人だったと思う。
その後で怨霊が出て苦労した辺りだろう。
「二十六階層は凄いね」
「怨霊を倒して捻転鉄刀木の杖を手に入れたって評判です」
「へぇ、確か紫の捻れた杖だよね」
僕が感心してるとヘンリーが声を低くして聞いてくる。
「シルバーさん、捻転鉄刀木の杖を手に入れたことがあるでしょう?」
「ん?
確か以前拾って領軍に買い取られたはずだよ」
「あ、そうなんですか?
今、高値で売れるらしいので持っておられたら売ってもらおうと思ったのに……」
「あぁ、杖なら以前はそんなに気にせずに売ってたけど、あるかな?
ひょっとしたら持ってるかも知れないけど」
「やった。
それなら後で確認してください。
高値で買取りますから」
「えぇっ?
シルバー君も持ってるの?」
エルメラが再び目を丸くして聞いてくる。
何て答えようか考えていると、ヘンリーが代わりに答える。
「よく分からないですけど、領軍からの情報か依頼で紅炎の獅子虎のランドルフさんが冥界の塔に行ったみたいなんですよね。
だから、以前シルバーさんが潜ったときの情報かな? と思って」
「でも、でも紅炎の獅子虎だよ」
「紅炎の獅子虎の皆さんが潜ったのは、たまたま火竜の件でレドリオンに待機することになったからじゃないですかね?」
「いえ、そうじゃなくて。
シルバー君がそんな強いところって言うか、深いところ? に行ったことがあるの?」
エルメラとヘンリーが二人して僕を見る。
エルメラは本当かどうか確認のために。
ヘンリーは僕の口から言った方が伝わるだろうと思って。
「えっと、まぁ、その辺りまで行きましたよ。
おかげで領軍に取り調べを受けましたから……」
「嘘っ?」
「ホント、シルバー君って不思議。
見た目と違って異常に強いわよね」
肩をすくめて見せると、エルメラが驚いて、ワンシーは呆れてる。
「それで、その紅炎の獅子虎って誰なんですか?」
「Aランクのパーティです。
四人組で普段は護衛とかであまり迷宮には入らないようですけど、火竜の件でレドリオンから離れないように要請されたらしいですね。
それで冥界の塔に行ったみたいです」
「レドリオンでは有名なパーティだよ。
リーダーのランドルフさんが金髪のライガー種でカッコいいの。
でも、あまり人前には出ないのよね」
ヘンリーが説明すると、エルメラがランドルフについて教えてくれた。
「Aランクパーティって初めて聞いたよ。
冥界の塔に潜るのは珍しいんじゃない?」
「でしょう。
だから領軍からの依頼とかって噂なんです」
冒険者ギルドのジェシーでもBランクだから、Aランクはその上だ。
二十六階層でどんな戦いをするのだろう?
「ちなみにシルバー君のランクは何なの?」
ワンシーが横から聞いてくる。
ハク・メイクーンはAランクになったけど、シルバーはBランクだったかな。
ワンシーもヘンリーも僕の顔を覗き込むようにして返事を待っている。
「Bランクです」
「やっぱり」
「あれ?」
ワンシーは想像通りだったみたいだ。ヘンリーは変な顔で言葉を飲み込んでいる。
……どんな噂を聞いたか知らないけどもっと上だと思ってたようだ。
「あれ? ヘンリーさん?」
ワンシーがヘンリーの反応を見て声をかける。
「いや、シルバーさんは多分もう一つ上だと思うんですけど、違ってました?」
再度、念を入れるようにしてヘンリーが僕に確認してくる。
「ハズレだよ。
そんなに簡単にランクは上がらない」
「そうですか……。
すみませんでした。冒険者の方たちの噂ではBランクとは思えないって話だったので……」
「あはは。
たまたまだよ。
運良く手に入れた神授工芸品が凄いだけ」
大皿に盛られた肉の煮付けがテーブルに並べられると、ヘンリーが手際良く切り分けて、小分けにすると皆んなに配っていく。
「これがこのお店の名物、熊肉の蜂蜜煮です。
絶品ですよ」
ヘンリーから小皿を受け取ると、黒いプルプルとした肉の塊を見る。
表面には艶々とした照りがあって、肉と言うよりもデザートか何かのように見える。
フォークで簡単に割くことができて、とても柔らかい。
一口大の肉を口に入れると、肉汁と甘味が溢れ出す。
「美味しい」
「でしょう。
どんどん食べてください」
濃厚な甘味と柔らかい中にある肉の歯応えが絶妙だ。
蕩けるように美味しい。
無言で夢中になって食べてるとヘンリーが声をかけてきた。
「シルバーさんは、一人でも強かったのにパーティを組んだのは何か目的があるんですか?」
目的か……。
何かをするためと言うより、秘密を共有できる仲間だからパーティを組んでいると言った感じだけど、どう伝えるか?
「目的のために一緒にいるのではないですね。
いつの間にか一緒にいた感じなので……」
「あ、そうなんですか?
私はてっきり火竜討伐のために凄腕メンバーを集めて戻って来られたんだと思ってました」
……火竜は偶然巻き込まれただけなんだけど、ヘンリーにはタイミングが良すぎるように見えるらしい。
「……シルバー君なら火竜の討伐に声がかかるかも知れないわね」
横で聞いていたワンシーが思いついたように言う。
「ワンシーさんもやめてくださいよ。
火竜なんて、普通に相手になる魔物じゃないです。
人数がいればいい訳じゃないし、狙って討伐できるような魔物じゃないです」
「そうなんだ……」
「そうなんですね」
「空を飛ぶ魔物は別次元の強さです。
こちらの攻撃が届かないので、余程うまく戦うか、魔法が使えないと戦いにならないです」
「へぇ」
「それだと大変ですね。
何かいい案はないんですか?」
「領軍でも困ってるみたいです。
街に被害を出したくないので火竜を黒霧山で仕留めようと領軍を出すとその間の街の守りが課題になります。
あらかじめ火竜の住処を特定しないと領軍のいない街を襲われてしまう可能性があるので、思い切った行動ができないようです」
「火竜の素材が手に入ったら欲しいと思ってたけど、そんなに簡単な状況じゃないんだね」
今まで火竜の怖さを知らなかったんだろうワンシーが呟くように言う。
「僕は火竜の大きさによって警戒度が変わるため情報収集に駆り出されましたので、その後のことは分かりませんけど……」




