第二十四話
レゾンドの部隊に続いてテンペスの部隊も迷宮から出て来た。
迷宮の入口が一瞬で社交場と化すとお互いに挨拶が始まった。
一通りの挨拶を終えると僕は改めて援軍の面々を確認した。
金髪の魔術師がレゾンド・レオパード。レオパード伯爵家の次男でレオパード伯爵領軍を取り纏めている。
横にいるのがダグラス・サイベリアム。サイベリアム子爵家嫡男。漣奏深覇流の使い手で蒼光銀の長剣を預けている。
テンペス・クーガーは濃い褐色の短髪と黒い服装が特徴的な大男。クーガー伯爵家の次男で領軍を監督している。長男が家督を継ぎ、次男が軍地面から長男を支えることが多いのかも知れない。
唯一の女性がメィリー・ラガドーラ。ベージュの毛並で青目だ。年齢は十六でサラティ姉さんと同じ。
ダグラスはサラティ姉さんとの縁組を狙っているだろう。これまで縁の無かったサイベリアム子爵家からわざわざ嫡男が軍を率いて来るなんて他に理由が無い。
もう一方の子爵家はメィリーが嫁入り狙いだろう。
フォルス兄さんかリック兄さんを狙って来てみたら集団暴走の犠牲になっていたので、急遽、僕へのアプローチを開始したようだ。
レゾンドは伯爵家として利権の確保。
少しでもメイクーン家に恩を売っておきたいはず。
テンペスはもう少し直接的な利益を求めてる雰囲気だ。脳筋なだけかもしれないけど、蒼光銀を手に入れられるかを気にしてる気がする。
既に蒼光銀の短槍を使っているから、もっと良い武器が欲しいだけかもしれないけど。
まぁ、残念なことに僕が一人で生還したために、僕を救出するという手柄は誰も手に入れてない。
敢えて言えば、僕が手柄を独り占めしてる。
蒼光銀を拾ったのも僕だし、彼らに多少の恩義は感じるけど、居なくても大丈夫だったと言えなくも無い。
合計四百もの兵士を連れて来てるから何か手柄が欲しいだろうなぁ、と思いながら屋敷に戻った。
街に戻る道中、小さな声で愚痴る男が一人。
「何でヤツが一人で帰って来るんだ?
行方不明になって七日間もどこにいたんだ?
……このままじゃ帰れねぇぞ」
別の男が溜め息を吐く。
「手柄だ。手柄。
手柄を立てなくては……。
何もなく帰る訳にはいかない」
もう一人は腕を組んで呟く。
「蒼光銀が二本。
彼らに渡したのは失敗だったか……」
その日は急遽メイクーン子爵家で僕の生還祝いをすることになった。
普段は野営地で過ごすレゾンド、ダグラス、テンペスを屋敷に招いての食事会となった。
長テーブルの着座位置は父さんと僕が隣り合って並び、反対側の父さんの横に母さんとサラティ姉さん。
僕の隣にはシルヴィア姉さんとスファルル姉さんが座る。
向かい側は父さんの前がレゾンド、母さんとサラティ姉さんの前がダグラス。
僕の前にテンペス。シルヴィア姉さんの前にメィリーと並んだ。
「この度はハク殿が無事戻られて良かったですな」
「本当にそうです。はぐれてしまって不安で仕方なかったのですが、これで安心です」
ダグラスが上機嫌でサラティ姉さんに話しかけてる。
僕が自力で生還してしまったのに、ダグラスはかなりご機嫌だ。サラティ姉さんの前に座れて嬉しいのだろう。
一方で僕の目の前のテンペスはかなり不機嫌だ。
メィリーがせっせと話しかけてくる隣で、ムスッとしたまま食事を続けてる。
メィリーは迷宮の前で会ったときのようにグイグイと迫ってくる。
「ハク様は迷宮のどの辺りまで進まれたのですか?」
「いや、それが魔物に追い立てられて逃げるように進んだので、はっきりとは分からないのです」
「それでも無事に蒼光銀の武器を持ち帰られたのは素晴らしいです。
それでは、どのような魔物がいたのかだけでも教えて頂けませんか?」
「それでしたら、少しはお伝えできるかも、ですが正式な名前は分かりませんよ。逃げるのに必死でしたから」
「ええ、是非お願いします。
粘性捕食体と亜人形だけでは迷宮の危険度が分かり難いです」
「そうですね。
亜人形の次に現れたのは大きな黒い鼠でした。鼠と言うよりは猪のように体当たりして来るので、突き飛ばされて大変でした」
それまで会話を聴いてなかったようなテンペスが、急にピクリと反応した。焦げ茶の耳がピクピクと動いてこちらの会話を聞き取ろうとしてるのが丸分かりだ。
「下り坂だったか、階段だったか忘れましたが、鼠に追い立てられるようにして走り抜けました。
そうすると、……」
「そうすると、何です?
焦らさないで下さい」
「いや、あまり良く覚えて無いので……、ちょっと待って下さい」
テンペスが興味津々だから、ちょっと間を置いただけなのにメィリーとイチャついてるようになってしまった。
シルヴィア姉さんとスファルル姉さんが、僕を睨んでるような気がする。
「角のある兎がいる辺りはまだ良かったんですが、赤い牙の狼に追い回されたときは危なかったです。
とにかく走り続けて逃げてる内に出なくなったんですけど……」
「おい! 赤い牙の狼って脚の先も赤くなかったか?」
聞き耳を立ててたテンペスが狼のところで入ってきた。
「脚の先ですか?」
「そうだ」
「よく覚えてないです」
「もし赤かったら茜牙魔狼だ。
頭のいい魔物で集団で囲んでから襲って来る。三頭ぐらいなら何とかなるが十頭ぐらいになると無傷じゃすまない。
逃げて正解だ」
「そうなんですか?」
「森の奥にいるような魔物だ。
そんなのが迷宮にいるとはな……」
「有名な魔物なんですね?」
「あぁ。せっかくだから、明日は迷宮を一緒にアタックするか?」
「えっと、どう言うことです?」
「坊主が無事帰って来て良かった。
だが次は迷宮の危険度の確認だよな。
まぁ、せっかく手練れが集まったんだ、オレたちでチーム組んでお宝探しと調査といこうや」
テンペスがレゾンドに向かってニヤニヤしながら言った。
「急に何ですか?
迷宮をアタックって……」
「お前さんも気になるだろ?
あの迷宮がどうなってるのか?」
「そりゃ、気にならない訳はないでしょう」
「バラバラでコソコソやるより、全員で一気に十階層まで行きゃ何か分かるだろうよ。
どうだ?」
「面白いとは思いますよ……」
「ツレねぇな。
それじゃオレと坊主で行って来るか」
テンペスはレゾンドが乗ってこないとみるや、僕だけをターゲットにしてきた。
これは、どうした方がいいんだ?
せっかくの戦力があるときに探索に行かないのは変だし、かと言って攻略されても困るし……。
「行かないとは言ってないですよ。
メンバーをどうしようかと考えてただけです」
「おっ、やる気になったか?
ここにいる四人に、後は荷物持ちでいいじゃねぇか?」
四人?
テンペス、レゾンド、ダグラス、……そして僕か?
確かに、メイクーン家から誰も出ないのはマズいな。
これは一種の紳士協定だ。
全員で踏破してお宝を分ける。参加しなければ口出しする権利がなくなる。
「どうせ、鉄の塊なんか狙ってないんだろ。
二人ぐらい荷物持ちがいれば、問題ないと思うぜ」
「そうですか。
それでは我々四人がチームを組み、ラガドーラ分はクーガー殿に余分に頑張って頂くことにしましょう。
荷物持ちは念のためメイクーン家から一名、クーガー家から一名、レオパード家から一名の三名でどうですか?」
「いいぜ。亜人形には魔法は効かないからな、お前さんの出番が減るだろう。
その分は蒼光銀の短槍で頑張ってやるよ」
「頼みます。
ダグラスには蒼光銀の長剣かありますが、ハク殿はどうですか?」
「僕も蒼光銀の長剣を拾ったので、大丈夫です」
「坊主は戦わなくていいぞ。
メイクーン家として見届けてくれりゃ、それでいい」
「それは楽でいいですね。
なら、無理せずにお任せします」
「あぁ、おじさんたちに任せとけ。
変に出しゃばらなくていいからな」
釘を刺されてるのか、心配されてるのかよく分からないけど、父さんが何も言わないので問題ないだろう。
お宝が出れば山分けすればいいし、出なければ多少悔しい思いをしてもらうだけだ。それも、僕の責任じゃないし。
十階層ぐらいなら危険もないし、問題は食料の運搬ぐらいだ。
「それじゃ、明日は全員で迷宮にアタックするってことで抜け駆けなしだぜ」
最後にテンペスが念押しして食事会を解散した。




