第二百三十九話
レドリオンの街の西にある商業地区。
西の大通りから一本裏に入ったところにある蜂蜜の宴は高級感のある静かなお店だった。
磨かれた大理石でできた店内は清潔感があって、丸テーブルが綺麗に並んでいる。
テーブルは七割ほどが身嗜みの良い男女で埋まっている。
いや、男女のペアか女性のグループ客で埋まってる。
……男の二人組はいないし、僕のような子供もいない。
ちょっと気後れするけど、店内に漂う甘い匂いを嗅いだ後でこのお店の料理を諦めて帰る気にはならない。
「随分とお洒落なお店だ」
「ふふふっ、ここで食べて頂きたい料理がありますからね。
シルバーさんと食事って考えたときに、頭の中は蜂蜜煮と蜂蜜漬に決まりました」
ヘンリーの執着振りが怖い。
メニューを見る前から既にオーダーが決まってるらしい。
「お二人様ですね、こちらへどうぞ」
可愛らしい虎猫のウェイトレスに案内されて奥の窓際の席に着くと、窓の外に夕焼けに染まる空が見え、ピンクに染まる秋桜が揺れている。
商業地区に中にこんな庭のお店を構えるなんて、雰囲気を大事にしてるお店らしい。
「メニューは任せてもらって良いですか?」
「任せるよ。
このお店の常連みたいだし、僕もヘンリーの食べたい料理が知りたい」
ヘンリーの興奮具合を見てると怖いけど、このお店の何がヘンリーをここまで虜にするのか知りたい。
ヘンリーがウェイトレスに色々と注文する様子を見てると奥の方から視線を感じた。
……流石に男の二人組は違和感があるかな?
そう思ってそっと視線を走らせると、反対側の窓際の三人組がこちらを見てる。
一人はモコモコなアライグマ。
綺麗なピンク色のレースが入ったブラウスを着てる。
……薬師のワンシーだ。
以前、碧落の微風のミユに紹介してもらって工房を訪ねたことがある。
そのときは魔水薬の作り方を見せてもらい、色々と解説してもらった。
ワンシーは僕と視線が合うと軽く笑って応える。
こちらも笑って応えるとヘンリーが気づいた。
「どなたか知り合いですか?」
「えぇ、ワンシー工房のワンシーさんです」
「ワンシー工房?」
「薬師さんです。
以前、お店に行ったんだけど、覚えてくれてたみたいだ」
「へぇ、それは良かったですね。
せっかくですし、ご一緒しますか?」
ヘンリーの提案に驚いて少し考え込むと、ワンシーの方が立ち上がりこちらに向かって来る。
同席してる二人はそのまま座席で待ち、ワンシーだけが微笑みを浮かべて歩いて来る。
「お久しぶり。
シルバー君」
「ワンシーさん、お久しぶりです。
相変わらず可愛らしい服装ですね」
「本当? ありがとう。
この前は素晴らしい神授工芸品をありがとう。凄い助かってる。
他の街に行ったって聞いてたけど、しばらくレドリオンにいるの?」
ワンシーが可愛くスカートを摘み挨拶すると、口に人差し指を当てて聞いてくる。
「う〜ん。どうかな。
神授工芸品は無事に使えましたか?」
「聞いてよ。
あの魔導具は凄いね。楽なだけじゃなくて水も綺麗でしっかりと薬効抽出できるから大助かりよ。
これから食事だったら少し同席させてもらってもいいかな?」
僕に声かけながらヘンリーの方を見て首を傾げると、ヘンリーが返事をする。
「はい。
せっかくですしどうぞ。
……お連れの方たちもご一緒にどうぞ」
そう言って五人で食事することになった。
ワンシーたちも先ほどお店に入って注文を済ませたばかりと言うことなので、ワンシーの友人二人にも僕たちのテーブルに移ってもらい急に賑やかになった。
「初めまして。冒険者のシルバーです。
こっちはモンテリ商会のヘンリーさん。
色々と助けてもらってます」
「あら、聞いたことがあるわ。
いい値段で買い取ってくれるって」
「それは、良かった。
……ん? でも、ヘンリーのところが損してないかな?」
「あはは、大丈夫ですよ。
少し高いぐらいがちょうどいいんです。
値切るよりも継続したお取引が大事ですから」
なかなかヘンリーも如才ない。
笑顔で丁寧に接している。
「私は薬師のワンシー。
商業地区の北の方で小さな工房やってます。
こっちの二人はエルメラとチェルミン」
ワンシーが紹介したのは三毛猫の双子。
エルメラは明るい茶が多くて所々金色に見える。スタイルも良くてしなやか感じ。
チェルミンは白が多くて、茶色と黒がポイントで少し疎らになっている。エルメラよりもふっくらしてる。
どちらも仕立ての良いブラウスにタイトなロングスカートを合わせている。
「初めまして、エルメラです」
「チェルミンです。
二人のことを知らないけど、このお店が好きなら好みが合うと思うの」
何となくぎこちないけどワンシーが僕の隣、向かいの通路側にヘンリー、その隣にエルメラとチェルミンが座った。
「シルバー君はエルメラもチェルミンもびっくりするほど強い冒険者だからね。
あんまり子供扱いしたら怒られちゃうよ」
ワンシーが笑いながら二人の三毛猫に向かって言う。
「嘘? そうなの?」
「えっ? 本当に?」
「そんなことないですよ」
僕が恐縮するとヘンリーが小さな声で呟く。
「いやいや、シルバーさんほどの冒険者はそうそういないです」
「ほら、ヘンリーさんもそう言ってるじゃない」
「いや、ヘンリーは勘違いしてるんだよ」
「えぇ、勘違いして驚かされてばかりです。
見たことのない神授工芸品を無造作に取り出すからびっくりしますよ」
「本当、本当。
迷宮産の魔水薬を何本も出したりするし」
ヘンリーとワンシーがふざけるようにして話してる内に飲み物が並べられた。
「まずは蜂蜜酒からですね。
シルバーさんもこれは美味しいですよ」
ワインじゃなくて蜂蜜酒のグラスを手に取って乾杯して食事が始まった。
何種類かの木の実にラズベリーのジャムを載せたオードブルや小魚や川蟹の素揚げが小皿で並べられて、テーブルの上が賑やかになってくる。
「この胡桃のオードブルも美味しいですよ。
蜂蜜の宴の名物の一つなんです」
皆んなの前に皿が並んだのを見てヘンリーが早速オードブルを勧めてくる。
胡桃や杏子、団栗などの上にトロッとした酸味の効いたジャムがかかっていて、食感と共に食欲を刺激する。
「シルバー君も火竜の話で招集されたの?」
オードブルを食べ始めるとワンシーがナッツを食べながら僕に聞いてくる。
火竜を討伐したことはまだ伏せられている。
レドリオン公爵は僕たちが竜退者として褒章されるまでにやることがあるので準備が整うまでは伏せておくことにした。
情報を伏せておくことで市民が不安になるけど具体的な危険はないので、もうしばらくは伏せたままの予定だ。
「招集?」
僕が問い返すと、ワンシーが続けて説明する。
「知らない?
レドリオンで活動している冒険者の獣人たちは皆んな色々と制限されたり、指示が出てるみたいだよ」
「僕も聞きました。
長期でレドリオンを離れないように、何かあった場合は領軍もしくは冒険者ギルドの指示に従うようにあらかじめ声かけされてるみたいです」
「あぁ、それなら僕も協力依頼がありましたよ。
黒霧山の様子を見てきて欲しいって言われて行ってきました」
ヘンリーやワンシーは冒険者じゃないけど、冒険者との付き合いが多いので色々と噂を聞いているのだろう。
「えっ、黒霧山に行って来たの?」
ワンシーと一緒にエルメラとチェルミンが驚いている。
「はい。パーティ組んでるので三人で行って来ました。
と言っても、様子見だけですけど……。
昇竜の皆さんにも会ったので向こうも調査依頼があったのかも知れないです」
「昇竜って、ハヤテさんのパーティ?」
エルメラが昇竜に反応して食いついてくる。
「はい。
昇竜の皆さんと一緒に帰って来ました」
「そう言えば竜の洞窟でも昇竜の皆さんや碧落の微風のメンバーと一緒に行動してたそうですね」
僕が答えるとヘンリーが補足してくれた。
「竜の洞窟に行ったときに碧落の微風さんの紹介で昇竜さんや咱夫藍さんとご一緒したのでそれで面識ができました」
「えぇ〜、シルバー君、昇竜のハヤテさんと一緒に行動したりするの?」
エルメラが口を押さえて驚いている。
「えぇ、まぁ」
「竜の洞窟ではシルバーさんたちが昇竜と咱夫藍の皆さんを引き連れて攻略してたって聞きましたよ」
「嘘?!」
「あ、ゴメン。
本当に凄い冒険者なんだ……」
ヘンリーが僕を持ち上げるからエルメラとチェルミンが目を丸くしている。
「……見た目に騙されちゃうわ」
ワンシーが呟いた。




