第二百三十八話
……疲れた。
レドリオン公爵の住む領館を辞するとゆっくりと金の麦館に向かって歩く。
ずっとレドリオン公爵の相手をし、それが終わるとセラドブランたちの話に付き合っていたので疲れた。
護衛役は灰色の影が完璧に行っているので、戦闘を行うどころか魔物の姿さえ見なかったけど、精神的な疲れがハンパ無い。
ずっと平和な馬車の旅だったけど、気を使うので会話しない理由を作るために鉄細工で剣の鞘を作ってたら少し器用な金属加工ができるようになった……。鉄細工に逃げていた結果だ。
せっかくなので今度メイクーン領に帰ったらサラティ姉さんに原生樫の細剣の鞘としてプレゼントしようと思う。
金の麦館に宿を取りクロムウェルたちが戻っているか聞いたけど、戻っていない。
別れてから半月ほどだからまだ時間がかかると思っていたけど、実際に二人がいないと少しばかり暇だ。
時間を確認するとお昼過ぎだったけど、それほど食欲を感じなかったのでそのまましばらく横になって休む。
気がつくと夕方で陽が傾いている。
……爆睡してしまった。
爆睡したことに驚いたけど、それだけ疲れてたんだろう。
昼寝をして疲れも取れた気がするし、何か美味しいものでも食べて気分を変えよう。
そう考えたところで、はたと立ち止まる。
一人か……。
気分転換したいのに一人で食事は落ち着かない。
どうするかな。
金の麦館を出て西の商業地区に向かうけど、なかなかピンとくるお店が無い。
教えてもらわずに入ろうと思うと思いのほかハードルが高い。
困ったな。
思案にくれてる内に結構歩いている。
トボトボと歩いてると見慣れた通りが目に入ったので、吸い込まれるようにしてモンテリ商会に立ち寄る。
「あ、シルバーさん。
いらっしゃいませ」
モンテリ商会の前を歩くと丁度表に出ていたヘンリーが気付いて笑顔で声をかけてくる。
「ヘンリーさん、お久しぶりです」
すぐにヘンリーに会えたことが嬉しくてこちらも笑顔になった。
「今日はどうされました?
良かったら、中へどうぞ」
ヘンリーに誘われるままに中に入りそうになるけどちょっと立ち止まって様子を伺う。
「いや、今日は買取りじゃないんだ。
もし良かったら一緒に食事に行けないかな?」
「はひ?
いえ、大丈夫です。大丈夫です。
是非、是非」
一瞬変な顔をしたヘンリーだったけどけど、すぐに破顔してコクコクと頷いた。
「忙しかったら日を改めるんだけど、色々と最近の様子を聞きたいんだ」
「もう全然大丈夫です。
すぐに行きますか?」
ヘンリーが慌てて自分の身嗜みを確認して、こちらの服装と見比べてる。
「いや、ヘンリーの都合に合わせるよ。
あまり冒険者のいないお店が無いかな?」
「冒険者のいないお店ですか?」
「あまりにも騒々しいのや、酔っ払いがいるところは避けたい」
「あぁ、そうですね。
それは私も避けたいです。
ちょっと隠れ家的なところでもいいですか?」
そう言ってちょっとはにかむヘンリーはいつもよりも楽しそうに見える。
「いいよ。
任せる。
でも堅苦しいのは嫌だよ」
「あはは、大丈夫です。
こじんまりとしてますが、明るい雰囲気のお店です。
ちょっと着替えてくるので、中に入って待っててもらえますか?」
「うん、分かった。
何だか楽しそうだな」
「そうですね。
友人と行くにはちょっと高級なお店ですけど、シルバーさんなら大丈夫です。
デザートが美味しいのでオススメです」
ヘンリーに続いてモンテリ商会に入り、入口横のカウンターに座って彼を待っていると妹のクリスタが挨拶してくる。
「お久しぶりです。シルバーさん」
「お久しぶりです。クリスタさん」
「今日は買取りですか?」
目を輝かせて聞いてくるクリスタには申し訳ないけど、ヘンリーと食事に行くことを告げると、案の定残念そうな顔をする。
「これからヘンリーさんと食事に行くので、今の内にお土産を渡しときますね」
魔法鞄から水吹家守を取り出してカウンターに置く。
体長一メートルの黒くて刺々しい家守。
倒したばかりの状態で表面の皮がテラテラしてる。
「この前竜の洞窟で珍しい魔物を倒したので、記念です」
クリスタが気持ち悪そうにして触るのを躊躇っているのを見ると、失敗したような気がしてきた。
「これは一体何ですか?」
「水吹家守だそうです」
「えっ?
これが水吹家守?」
名前を教えると急に興味を持ったようで、真剣な眼であちこちを観察し始める。
「珍しいんですか?」
「私は初めて見ます。
結構危険な魔物ですよね。
皆さん怪我しないように避けてると思います」
「そう言えば、そんな感じでした」
「買取り額はちょっと聞いてみないと分からないです」
「いや、これは珍しいお土産で持ってきただけだから、買取りじゃなくてプレゼントです」
「プレ……。
でも……」
「ヘンリーさんにお店を教えてもらうお礼ですよ。
後で渡しといてください」
「ええっ?」
「内緒にしときたいんで、隠しといてください」
「本当にいいんですか?」
「はい。
後で伝えてください」
「分かりました」
渋々といった感じのクリスタに水吹家守を隠してもらい、しばらくするとヘンリーが戻って来た。
いつもと違いカジュアルな服装だ。
白いシンプルなシャツに少しワイドなパンツを合わせてる。
「お待たせしました。
クリスタ、シルバーさんと食事に行ってくるから父さんに伝えといて」
「うん。
あんまり変なお店に行っちゃダメだからね」
「大丈夫。
美味しいお店を紹介するから。
じゃ、行ってくる」
颯爽と出かけるヘンリーを追って私も店を出る。
「それじゃ、ヘンリーさんを借りますね」
私服姿のヘンリーが頼もしく見えて、面白い。
商売柄、顔が広いだろうし、今日はヘンリーのお手並を拝見しよう。
ヘンリーと僕は並んで商業地区へと歩いてく。
「それにしても突然でしたね」
少し夕焼けに染まり始める街を眺めてるとヘンリーが話しかけてくる。
「迷惑だった?」
「いえ、そんなことはないです。
シルバーさん、この前昇竜や咱夫藍の皆さんと竜の洞窟に行ったでしょう?」
突然の誘いに対して、迷惑そうな素振りを見せずにヘンリーが笑って聞いてくる。
「あれ? 何か聞いた?」
「凄い勢いで竜の洞窟を攻略してたって噂を聞きました」
「あはは。
あれは案内してもらってただけだよ」
「Bランクの昇竜より凄かったって話しでしたよ」
笑って誤魔化したら、ヘンリーの方もニヤケながら返してくる。
「後からちょっとやり過ぎたかな、って思ったんだよね」
「三人組の子供が昇竜と咱夫藍のメンバーを引き連れてた、って言ってた獣人もいますよ」
「あ〜ぁ、何でそんな話だけ広まってるかな……」
「三人って聞いたんでシルバーさんかどうか分からなかったんですけど、やっぱりシルバーさんだったんですね」
「うん、三人でパーティ組んで力試しで冥界の塔と竜の洞窟の両方に挑戦したんだよ」
「力試しですか」
「力試し。
どの辺まで行けるか、その確認」
そう、あれは迷宮の戦い方を知るための様子見と、今の実力を確認するための力試しだった。
「聞いた限りでは、力試しと言うよりは余裕の戦い振りみたいでしたけど……。
何組かの冒険者が信じられないように話してました」
ヘンリーは僕たちが暴れ回ってたのが楽しいみたいだ。
揶揄うようにして続ける。
「あのときはちょっとハイになってたんだ」
「それにしてもシルバーさんがパーティ組むって、仲間の方もかなりの腕前なんでしょう?」
「そうだね。
僕以外の二人で二日連続で双子迷宮、両方ともの二十階層に到達したよ」
「えぇっ? 本当ですか?
そのお二人はシルバーさんと同じくらいの年齢じゃないんですか?」
「同じ歳だよ」
「それは、確かに信じられないですね。
初日で二十階層ですか?
あ、見えてきました。
あの角にある蜂蜜の宴です」
ヘンリーが指差す先には大理石を磨いて作った真っ白な門があって、そこから奥に花壇に囲まれた道が続いている。
「大丈夫だと思いますが、ちょっと確認しますね」
門の前まで来ると、ヘンリーが道を駆けて奥の建物に入って行く。
木の大きな扉を開けると、その奥にも磨かれた大理石の床が見える。
ヘンリーの言った通り、少し高級なお店のようだ。




