第二百三十七話
メイクーン領に五日滞在して、早くもレドリオン領に戻る日がやってきた。
「それでは父さん、行って参ります」
「あぁ、気をつけてな」
「ハク、何かあったらすぐに連絡するのよ」
「いつ戻って来てもいいんだからね」
「困ったときはすぐに駆けつけるからね」
……相変わらず姉さんたちは何も考えて無い。
同級生たちの前では控えて欲しいのに困ったもんだ。
「それではメイクーン卿、こちらでも対応策を検討しますので何かあれば連絡させて頂きます。
メイクーン領を宜しく頼みます」
レドリオン伯爵が低い声で父さんに挨拶してる。
「こちらこそ充分なおもてなしもできず、すみません。
色々とご迷惑をおかけしますが、伯爵のお力を頼らせて頂きます。
何卒、宜しくお願いします」
父さんとレドリオン伯爵は連日、あちこち案内したり資料を広げて話し合っていた。
僕のことだけじゃなく、メイクーン領の今後について色々とアドバイスを頂いたり有益な話ができたようで二人とも機嫌がいい。
レドリオン伯爵の護衛、灰色の影のパシアンが魔動馬車を走らせて、メイクーン領を出発する。
御者台には同じく灰色の影のロベールとケイティも乗っているので、往きと一緒で魔動馬車の車内はレドリオン伯爵とセラドブラン、ノアスポット、パスリムの三人に僕を加えた五人。
また気詰まりな長旅だけど、逃げようが無い。
「レドリオン伯爵はかなり父と話しておられましたが、何を話しておられたんですか?」
外を見ながら考えごとをしていたような伯爵がこちらを向く。
「そうだな。
メイクーン領の開発具合を色々と聞いた。
人口や麦などの生産量。魔物の出現頻度、対応に必要な領軍兵士の数。商家などの流通に街道でも盗賊の発生具合とか。
メイクーンは自領を見てどう思った?」
「そうですね。
迷宮の監視が大変そうでした。
後、少し獣人が増えましたね」
「そうだな。
開墾が進んでいて食料は問題なし。
周辺の魔物も抑えられていて危険は少ない。
しかし、獣人が増えている中で迷宮が重荷になっている」
「えぇ、街は大きくなっているのに迷宮が負担になってるのは分かります」
レドリオン伯爵が僕の顔を見た後、セラドブランの顔も見て頷く。
……そう言えばセラドブランもサーバリュー侯爵家を継ぐために領地経営を学んでるはずだ。
「今まで順調に開拓してきた。
そこに迷宮が生まれて起爆剤にもなるが、人が集まり過ぎて管理できなくなると無法地帯になりかねない。
そんな危険がある」
……危険か。
「そう考えるとまだ冒険者は受け入れできないですね……」
今の人口、領軍の規模で迷宮の安全確保も難しいし、冒険者の管理も難しい。
冒険者を上手く使って迷宮の魔物を倒せればいいんだろうけど、冒険者が強くなり過ぎて好き勝手したり、治安が乱れるのは困る。
……そう考えると領軍の戦力を揃える必要があるのか?
商業、流通は少ないので、食料や住居は自領での自給自足が前提になる。
軍事力も自領で賄えるようにならないと難しいだろう。
「まぁ、メイクーン領の現状が分かったから、少し手立てを考えるさ。
それで、メイクーンはこの後、どうするんだ?」
「はい。
レドリオン領に戻ったらクロムウェルとネグロスを追いかけて北のニーグルセントに行こうと思ってます」
「北か……。
セラドブラン嬢は?」
レドリオン伯爵は僕に確認すると、次はセラドブランに声をかけた。
「私は、大公都に戻ろうと思います」
「ほう、何か目的があるのか?」
「妖精人についてはレドリオン伯爵とハクさんたちが調査を進めておられるので、別の方を調べようと思います」
「……別の方か。
その様子だと今は話す気は無さそうだな」
「はい。
確証を掴めたらお話させて頂きます」
何を調べるつもりか気になるけど、内緒のようだ。
セラドブランが確信めいた雰囲気を出しながらもお茶を濁しているので諦めるしかない。
「それなら、メイクーンには少し依頼を追加しようか」
「はぁ?
僕にできることなら受けますけど、何かありましたか?」
「ニーグルセントに向かう際に、少し黒霧山の調査をして欲しい」
「黒霧山ですか?」
「そうだ。
黒霧山の奥に火竜を倒した要塞があるんだろう?
その周辺を再度調査して欲しい」
黒霧山の奥にある要塞か。
迷いの森の中、山間にある要塞跡地。
前回の火竜との戦いで吹っ飛んでしまって、廃墟すら残っていない更地のようになっている。
「分かりました。
それはいいですけど、特に見てくるものとか注意することはありますか?」
黒霧山に行くのも一人ならどうにでもなる。
ただ、何のために行くのか?
目的によってはしばらく森の中を彷徨く必要があるかも知れないので聞いてみる。
「他に妖精人が隠れ住むような場所がないかどうかの調査だ」
げぇっ。
これは、簡単にはいかないな。
あの広い黒霧山の中に妖精人が隠れていないか探すってことか。
「はぁ。結構難しそうですね」
「そうだな。
今のところ妖精人について全く情報が掴めない。
メイクーンが行く先に妖精人が現れただけだ」
「僕の行き先と言われても……」
「冥界の塔と黒霧山。
これまで伝説上の存在と思われていた妖精人だからな。目撃情報どころか噂すら無いんだ。
他に生き残りがいるとしたら、人目につかない人外魔境か、世界の果てぐらいだろう。
だから、メイクーンには黒霧山の調査を頼む」
レドリオン伯爵はそう言って魔法鞄から鷹の石像を取り出した。
大理石でできた石像のようで丸い台座に翼を畳んで真っ直ぐに立つ鷹の姿がある。
「なんですか? これ?」
「神授工芸品だ。
この首輪の部分に手紙を入れて、魔力を流すとその手紙を届けてくれるそうだ」
「「えっ?」」
「本当ですか?」
僕と同じようにセラドブランも驚いている。
「さぁな。
俺は使ったことはないが、何かあればこの神授工芸品を使え。
願った相手に手紙を届けてくれるらしい」
しみじみと見てもそんな機能がありそうには見えないけど、グルーガが動かした邪神石像も見た目はただの石像だった。
魔力を込めることで起動するのだろう。
「今まで使う機会は無かったのですか?」
「無いな。急いでるときは存在を忘れてたり、いざというときは途中で奪われないか不安になって使わなかった」
「……」
「それでも何とかなったからいいんだよ。
念のためそれを報酬として前払いするから、自由に使っていいぞ」
「……。
ありがとうございます」
貴重な神授工芸品をもらったのはいいけど、事前に受け取り手もこの神授工芸品のことを知ってないと安心して使えない。
試しにクロムウェルに送ってみようかとも思ったけど上手く使えるか分からないし、使った後どうなるか分からないので気軽に使うのも勿体ない。
「何かあればメッセージを送らせてもらいますので、そのときは宜しくお願いします」
形だけのお礼をすると黒霧山をどうやって調査するか考え始めた。




