第二百三十五話
「大丈夫か?」
深影のコトナーがそっと近寄って来て顔を覗き込んでくる。
「えぇ、何とか大丈夫です。
バレットは?」
膝をついているのもしんどくなって、ゴロリと横たわると、頭の上の方でネグロスも寝そべっているのが見える。
「俺も大丈夫だ。
あのオッサン死んじまったかな?」
「あんな技喰らって生きてたら、そっちの方が驚くよ」
コトナーが首を伸ばすようにして男の方を見るけど、近寄って確認するつもりはないようだ。
「ちょっとちょっとどう言うこと?」
「怪我は大丈夫?」
「ひょっとして剛破のデルビスじゃないのか?」
メリアックとプリオン、ジオールも近づいて来て次々と声をかけてくる。
「怪我は大丈夫です。
バレット、活性水を出すからこっちへ」
「えぇ〜、動けない」
「私も動けないんだ。
来ないなら届かないかも知れないが、いいか?」
「分かった。分かったよ」
ネグロスが起き上がろうとして、ゴロリと転がった。
一番近くにいたプリオンが肩を貸すようにしてこちらに連れて来る。
ネグロスは私の隣に来ると胡座をかいて座り、それを支えるようにしてプリオンもその横に座った。
「活性水」
寝転がったまま頭上に濃い緑色の活性水を作り出す。
ちょうど両手で掴めるほどの濃い液体が宙に浮くのを見て深影の四人が仰け反ると、ネグロスが両手で掬うようにして一口飲んだ。
ゴクリと飲み、ジッと目を閉じてしばらくすると、身体のあちこちにある切り傷が治り、赤い筋になっている傷口がじんわりと消えていく。
「「ええっ?」」
「何?」
私は宙に浮いた活性水をゆっくりと口元に持ってきて、吸うようにしてそれを飲んだ。
……あぁ、生き返る。
トロリと甘みのある活性水を飲み込むと、身体の隅々に沁み渡る。
身体中が熱くなり強烈に眠くなるけど、それを我慢する。
「ねぇ、何? この不思議な液体は何?」
「何で急にこんなのが出てきたんだ?」
相変わらずメリアックとコトナーが煩い。
「ちょっと待っててください。
もう少し休めば、かなり回復するはずです。
それよりジオールさん、さっきの剛破って何ですか?」
まだ身体中が熱いけど、頭が冴えてきた気がする。
もうしばらく休めば楽になるだろう。
身体の方は大丈夫だと思うけど、説明するほどの余裕は無い。
なのでジオールに剛破について話してもらうことにする。
「あ、ああ。
剛破って言うのはニーグルセントのちょっとやばい冒険者パーティだよ。
確か素行が悪くてAランクになれないって噂だった」
「それならウチも聞いたことがある。
盗賊狩りとか手荒な依頼を受けてくれるって」
「……でも、トラブルも多くてあまり近づかないよう注意されたことがあったね」
剛破って言うのはパーティ名のようだ。
それも悪い方で有名らしい。
「名前も言ってませんでした?」
「はっきりとは分からないが、あの大柄な男がリーダーのデルビスに似てる気がするんだよ。
野生山猫の中でも焦げ茶の毛色は珍しいし、あんな腕前の冒険者って言ったら限られるからな」
「残念だけど、ウチは顔分かんない……」
ジオールが言ったけどメリアックは分からないみたいで首を捻ってる。
ネグロスがもう一口活性水を飲んでジオールに確認する。
「実は俺たち冒険者ギルドで子供が来るな、って絡まれたんだけど……。
ニーグルセントには柄の悪い冒険者は多いのかな?」
「ごく一部、危ない素材を扱ってたり、用心棒みたいなことをしてる獣人がいると思う」
ジオールの代わりにメリアックが真剣な顔をしてネグロスに答えた。
「そうか……」
ネグロスがジッと考え込む。
「えっ? 何?」
「どういうことだ?」
ネグロスが一人だけ納得して、他の皆んなはついていってない。
その様子を見てネグロスが話し出す。
「俺たちは北進公路でバーシェン商会と出会って一緒にニーグルセントにやって来た。
ただ、途中で盗賊に襲われるアクシデントが二日連続で発生したんだ。
放っておくとこの先も何度も襲われるハメになりそうだったから、ちょっとだけ餌を撒いた」
「そんなことが?」
「餌?」
「待ち受けるって策もあるんだけど、時間がかかりそうだから、わざと狙われるようにしたんだ」
「えっ?
わざと喧嘩売ってたのはそのため?」
私も聞いてない話にちょっと驚く。
「そうだよ。
俺たちも狙われるようになれば、テラコスたちを狙うヤツらがこっちに来るだろ。
そうすればテラコスたちの危険が減るし、待ち受けるよりも手掛かりが掴みやすいと思ってさ」
「その結果がこれか?」
「そういうこと」
「ちょっと、訳分かんないんだけど?」
メリアックが不満気に食いついてくるので、ネグロスが続きを話す。
「まぁ、盗賊に二日連続で襲われたので、自分たちを囮にするために二人だけで出歩くことにしたんだ。
人気の少ない黒霧山に来たのはここの方が襲われ易いと思ったから。
だから、それほど森の奥には入らずにのんびりと襲撃を待ってたら皆さんに会ったんです」
「えぇ〜。それなら言ってよ」
「本気か……?」
「最初は皆さんを警戒してたんですけど、優しそうな感じだったのでそのままニーグルセントに帰ることにしたんです」
「……」
「そしたら、襲撃されました。
巻き込んでしまい、すみません。
二組から襲われたのは想定外で、予想よりも強かったのでこんなことになりました」
「最初から襲撃されるためにウロついてた、ってこと?」
「どんだけ自信過剰なんだよ」
「おかげでこんな怪我することになりましたけどね」
私も今更ながらのネタバレで自嘲気味に怪我を振り返る。
「で、だ。
一組目は盗賊の残党かな。
残党だと舐めてたら結構な槍の使い手でしたね」
確かに一組目は盗賊の残党と考えるのが良さそうだ。
それなら捕まった頭領のパンスリーたちと人質交換を目論んでも不思議じゃ無い。
「二組目は素性の悪い冒険者でしたね。
冒険者ギルドで絡んできたオジサンの仲間か、裏稼業で盗賊たちと繋がってると狙いに近いんですけど、どうかな〜?」
二組目は剛破。
ネグロスもまさかあんな強い冒険者が襲ってくるとは思ってなかっただろう。
今の段階では何の繋がりで襲って来たのか分からない。
グルーガに繋がる情報が欲しいんだけど、上手く繋がるだろうか?
「それにしても、お前らは本当に強かったんだな。
あの三人が剛破だったら、実力はAランクって言われるぐらいの強さだぜ」
「そうよ。
最後の水の龍は何?
あんな魔法見たこと無いわよ」
「いつの間にか見たことの無い武器になってるし……」
「本当、お前たち何者だよ」
深影の面々が何か言ってるけど、答えようが無いのでスルーする。
「それにしてもちょっと想定外のことで、こんなに大勢倒したけど、どうする?」
改めて見回すと盗賊十人と剛破の三人は倒れたまま動かない。
何人死んでるか分からない。
「そうだよな。
本当はこの後、取り調べしたいんだけどどうしたらいいかな?」
「私かバレットのどちらかが領軍に行って事情を説明するのがいいだろうな。
この前も盗賊の引き渡しをしてるから、少しは信憑性が上がるだろう」
「やっぱ、そうだよな」
「一応、私が残って深影の皆さんと見張るのが良さそうかな」
「あ〜、やっぱ、そうだな。
俺じゃ活性水使えないもんな。
深影の皆さんを巻き込んじゃったし……」
「疲れてるところすまないな。
私たちは槍氈鹿の肉を焼いて待ってることにするよ」
「トホホ」
「ちゃんとバレットの分も残しとくから」
「分かったよ」
ネグロスはため息を吐きながら、渋々了承して領軍への伝令役を引き受けた。




