第二百三十四話
深影のメンバーたちと一緒に黒霧山からニーグルセントへ帰る途中、私たちは十人の盗賊団に襲われた。
正体不明の盗賊団の狙いはネグロスと私。
私たちを攫おうとした盗賊団だったけど、ネグロスの奮闘で彼らを鎮圧し終えたところで別の獣人が現れた。
「新しいお客さんだ」
「馬はいないな」
先ほどの盗賊団は馬に乗り、私たちを包囲して交渉する素振りを見せた。
今度は、馬に乗っていない。ただの三人組の冒険者のようだ。
「三人組か……」
「味方ならいいけど……」
二人で三人組から目を離さずに小声で話す。
さっきの盗賊団は私たちを攫おうとした。
恐らく私たちの身柄を何かの交渉に使うつもりだったはずだ。
そうでなければ子供の冒険者を拉致しようとは思わないだろう。
バーシェン商会との交渉か、冒険者ギルドとの交渉かは分からないけど、子供の冒険者の身代金なんてたかが知れてる。
一昨日捕まえた盗賊団たちとの身柄交換か、アザリアさんやテラコスなどバーシェン商会の要人を誘き出すための罠あたりが怪しい。
……その割にはこちらの力を警戒してなかったので、頭領と呼ばれるパンスリーを捕まえたのが私たちだと知らなかった可能性がある。
私たちではなく、アザリアに捕まえられたと思っていたのかも知れない。
帰ったらパンスリーの一味に凄腕の槍使いがいなかったか確認しよう。
それは置いといて、盗賊団と新手の冒険者の関係だ。
三人組は何者か?
「止まってください!」
ネグロスが三人組に向けて大きな声で話しかける。
「おお、凄い、凄い、よくやったな。
お前らは大丈夫か?」
中央の大柄な獣人が鷹揚に返事をする。
焦茶色の野生山猫種のようだ。
中央の筋肉質で大柄な男がリーダーのようで、同じように筋肉質な左右の男たちは一歩下がっている。
体型からすると力押しの三人パーティのようだ。
肩まわりの筋肉が凄い。
「えぇ、問題ありません」
ネグロスがぶっきらぼうに答えると、相手が軽く笑う。
「ほぅ、バディットたちを叩きのめしたのは偶然じゃ無いようだな」
バディットたち?
誰のことだ?
「それじゃ、ここからはお仕置きの時間だ。
俺はそこの盗賊ほど弱くはないぞ」
何のことだ?
「はあっ!」
衝撃波のようなものと一緒に男がネグロスに突っ込んで来る。
ギィン!
男の黒い木剣をネグロスが原生樫の剣で受け止めると、左右の男たちがネグロスに襲いかかる。
即座にネグロスが後ろに下がって二人の木剣をかわすと、三人の男が正眼に剣を構えて私たちに対峙する。
「マズいな」
「あぁ、力もスピードもある」
相手の黒い木剣を見て背中を冷たい汗が伝う。
あれは深淵黒檀だろう。
私たちの使う原生樫よりも硬くて魔力をよく通す。
打ち合って勝てるかどうか怪しいところだ。
「初撃をかわすとはなかなかやるじゃないか。
見直したぜ。
次はどうかな?」
来る!
咄嗟に原生樫の木剣を十字戟に持ち替え、リーダーの男ではなく左の男に斬りかかる。
キンッ!
十字戟で上段から男の剣を打ち砕くとそのまま右肩から腕を斬り落とし胴まで斬りつけたところで左に飛ぶ。
左の男に一撃入れても、中央のリーダーから離れないと危険だ。
それでも何とか一人を行動不能にした。
右の方でも同じような遣り取りがかわされたようで、男が一人倒れてネグロスは距離を取って退避している。
手を見ると双牙刀に持ち替えてるのも同じだ。
「小癪な真似を」
リーダーがこちらに向かって飛びかかって来る。
魔力を流した十字戟で打ち合うけど、左右の取り巻きのように簡単に剣を折ることができない。
打ち合いをすると、リーダーの剣は重くて速い。
防戦一方に追い込まれると、ネグロスが横合から飛び込んで来て何とか二対一で体勢を直す。
「二人で行くぞ」
「あぁ!」
二人で左右から攻め立てるけど、リーダーに剣が届かない。
私の十字戟もネグロスの双牙刀もリーダーの黒い木剣に弾かれて届かない。
三本の剣が一本の剣に弾かれ続けるってどうよ?
「ふっ。俺に従うなら面倒みてやるぞ」
痛っ!
リーダーが言った言葉に何のことか分からず、反応が送れて剣が二の腕を掠める。
「冒険者を襲うようなヤツとは手を組まない!」
ネグロスが斬りつけながら答えると、少し間ができて傷の様子を確認する。
……大丈夫だ。
左腕を少し斬られただけだ。浅い傷でスゥっと赤い筋を引くように血が流れる。
「大丈夫か?」
「問題無い」
ヤツの目的は何だ?
一方的に襲って来て、従えとは?
「そうか、残念だな。
言うことを聞くんなら、使いようがあるんだがな」
二人で切りかかっているのに、隙ができない。
くっ!
今度はネグロスが斬られた。
脇腹の辺りから血が出て赤く染まっている。
「バレット!」
「大丈夫だ」
一度、距離が取れれば活性水での治療ができるけど、そんな余裕が無い。
剣を振りながら、できることを考える。
「風剣」
「水粒射」
剣技じゃ敵わなくても、魔法を織り交ぜれば。
キキン、キキン!
くっ!
どうやってるのか分からないけど、魔法を打ち消して剣も弾かれる。
こちらの剣も魔法もかわされて、逆に傷が増える。
少しでも反応が遅れると私の血とネグロスの血が散る。
それでも剣を振る。
「落下池」
「竜巻斬」
男の足元に水溜りを作り、体勢を崩したところでネグロスが魔法で勢いをつけた一撃をお見舞いする。
……つもりだった。
しかし、落下池を軽くステップされて回避した上で、ネグロスの竜巻斬を待っていたように打ち返される。
「ぐはっ!」
ネグロスが押し返されて、吹き飛ばされる。
マズい!
ネグロスへの追撃を防ぐために、横から割って入る。
今度は一対一で男と私の一騎打ち。
一合、一合で押し負け、先手を取られる。
マズい!
遅れるな。
キンッ、キキンッ!
力で押し負け、速さで遅れを取るが、ギリギリで木剣を弾き、致命傷を避ける。
キィン!
私もネグロスと同じように木剣は防いだものの、弾き飛ばされて転がり回る。
そこに男が追い打ちをかける。
「ここまでだな」
勝ち誇ったような顔でこちらを見下ろす男。
大きく木剣を振り上げ振り下ろそうとする。直撃を喰らえばただでは済まない。
せめて男を吹き飛ばそうと魔法を唱える。
「激流水」
「乱風陣」
私が魔法を唱えると同時にネグロスも魔法を唱えた。
まるで輪唱のように重なり合う詠唱が同時に発動した。
私の左手からは滝のような水飛沫が、ネグロスの左手からは唸るような突風がリーダーに向かって迸る。
「飛ばせ!」
「砕け!」
「「嵐龍!!」」
一本の水流が豪風と混ざり合い、身を捩る龍のように男を襲う。
荒々しい嵐龍が男を一息で喰らうと、天に昇るようにして上昇し、そこから一気に地面に叩きつける。
ドゴンッ!
辺り一面が嵐龍により、地面が抉れ水浸しになった。
その中央にリーダーの男が叩きつけられて潰れている。
はあっ、はぁ、はぁ。
急に全身が虚脱感に見舞われ、崩れるようにして膝をつく。
一瞬の戦いで、恐ろしいほど疲れた。
「おい、ユンヴィア、生きてるか?」
すぐ後ろからネグロスの声がする。
「あぁ、生きてる。
ただ、すぐには動けそうに無い……」
「そうか、俺もだ。
はぁ、しんど〜」
「少し、休ませてくれ」
「限界ギリギリだったな」
「それにしてもこいつら一体何なんだ?」
「……まぁ、バディットだったか?
アイツが泣きついたんだろ」
ネグロスはそんな風に言った。




