第二百三十三話
黒霧山からの帰り道。
深影のメンバーと一緒に解体した槍氈鹿の脚を背負ってニーグルセントに向かっていると、正面から十頭の騎馬が駆けて来た。
十頭の騎馬は私たちを取り囲むようにして近づいて来る。
騎馬に乗っているのはかなり柄の悪い男たち。
「そこのガキども。
ちょっと俺たちについて来てもらおうか」
盗賊団?
私たちを攫ってどうする気だ?
即座に身構えてどうしようかと考えていると、ネグロスが間の抜けた返事をする。
「どちら様ですか?
待ち合わせした覚えが無いんですけど……。
何のご用ですか?」
「はあ゛?
テメェ、ふざけてんのか?」
「人質は一人で十分なんだよ!
テメェから殺してやろうか?」
何人かの男がダミ声で脅しながら、馬で私たちの周囲をグルグルと周る。
私たちが人質?
「お前らなんか怖くないぜ。
こっちにはレスターさんがいるんだ」
ネグロスがふざけたように言って盗賊たちを煽ると、何人かがサッと周囲を確認した。
「ふざけんな! お前なんか一撃だ」
「おい、まさか、バレてるのか?」
「いや、レスターがついて来てないのは確認済みだ」
よく分からないけどレスターのことを知っていて、その上で誘拐となると狙いは私とネグロスか?
いつの間にか私とネグロスが前に立って深影のメンバーは私たちの背後に回っている。
チラッと四人を振り返り、小さな声で話しかける。
「ジオールさん、知ってる顔はありますか?」
「いや、知らない顔ばかりだ。
少なくとも冒険者じゃない……」
「それだけ分かれば充分です」
ネグロスに目配せすると、再度盗賊が怒鳴ってきた。
「大人しくしてれば殺さねぇよ。
さっさと武器を捨てろ!」
「死にたくないので、この肉で見逃してください!」
ネグロスが何を思ったのか、背中の肉を降ろして両手で構えた。
……まさか、木剣じゃなくて槍氈鹿の脚で戦うつもりか?
ネグロスの風魔法ならそれでも上手くできるかも知れないけど、私は水魔法だぞ。
「そんな肉で見逃す訳にはいかないんだよ」
「くそぅ!」
……ネグロスは遊んでるのか?
それとも何か時間稼ぎする必要があるのか?
「私も諦めないぞ」
ネグロスを真似て槍氈鹿の脚を両手で構えて、時間を稼ぐ。
「ふっ、ガキが。
痛い目見せてやる」
「来るなら来い!」
「はははっ、いい度胸だ。
だが死ぬのはお前じゃない!
そいつだ!」
一人の盗賊が急に鉄剣をジオールに向かって投げた。
ドスッ。
ネグロスが回り込んで槍氈鹿の脚で鉄剣を受け止める。
「嘘つくなら上手くつかなきゃ」
ネグロスは盗賊を挑発しながら右手で剣を抜くと、軽く振って地面に突き刺した。
「まぁいいや。
狙いは俺とユンヴィアみたいだから。
ちゃんと相手してあげるよ」
「なんだ、その確認のためにお芝居してたのか?」
「念のためにな。
間違って怪我させたら可哀想だろ」
「そりゃそうだけど、そんな余裕あるのか?」
「大丈夫そうじゃない?」
狙いが私とネグロスだとすると、一昨日捕まえた盗賊の関係だろう。
あのときの盗賊は簡単に一網打尽にしたし、危険な謎の万華変剣使いもいなさそうだからそれほど不安じゃないが……。
「舐めやがって、生かしたまま捕まえるのはやめだ。
地獄を見せてやる」
「死ねや〜」
二人の盗賊が馬に乗って突っ込んで来る。
「風剣」
「水粒射」
槍氈鹿の脚を振り回して偽装しながら魔法を唱えると、肉脚で殴られる前に盗賊が吹っ飛んだ。
「なっ? 何だ?」
「何が起きた?」
「くそっ、偶然だ」
盗賊は何が起きたか分からずにパニックになっている。
畳み掛けるようにして風剣と水粒射を放って何人かの盗賊を馬から落とすと、一人の盗賊が馬を走らせて前に出た。
「遊びはお終いだ」
長い槍を振り回してネグロスの体勢を崩すと、次は私を狙って来る。
くっ!
キィン!
槍氈鹿の脚を捨てて、木剣で相手の槍を弾いて距離を取る。
「ほぉ、やるな」
男が唸った。
他の盗賊とは強さが違う。
剣を構えて馬上の男を睨むと、横から待ったがかかった。
「ユンヴィア、そいつは俺がやる。
お前はみんなを」
「私は大丈夫だ」
「お前に守ってもらわないと、後がヤバい」
「くっ」
ネグロスの判断を聞いてすぐにポジションをチェンジする。
何かあったときに私の活性水があれば助けられるという判断だ。
勝てる勝てないの判断じゃなく、危険を回避するための判断。
水粒射を放って気を逸らした隙にネグロスとスイッチする。
そのまま周りの盗賊に水粒射を連発して倒せる奴から倒していく。
ネグロスを見ると槍盗賊が相変わらず馬に乗って槍を振り回している。
不思議に思って水粒射を適当に他の盗賊たちに向けて放ちながら、ネグロスと槍盗賊の戦いを見ていると、時折り槍盗賊が見えない斬撃を弾いている。
槍が凄いのか、盗賊が凄いのか?
理由は分からないけど槍盗賊はネグロスの風剣を弾いている。
ただの盗賊とは思えない。
加勢するか?
悩むけど力が拮抗していて加勢するタイミングが掴めない。
「ガキの癖に……。
小癪な真似を」
「くそぉ〜!
奇妙な槍だ」
ネグロスが色々と試してるようだけど槍盗賊は悉く防いでいるらしい。
「残念だったな。奇妙な技を使うようだが、この風切柳の槍には効かない。
喰らえっ!」
「ぐはっ!」
槍盗賊の持つ槍が薄く光るとネグロスが吹き飛ばされた。
何だ?
盗賊の使っている槍は普通の長槍に見えるけど、何か特別な槍のようだ。間合いが遠いにも関わらずネグロスが吹き飛ばされた。
「くっ!
風魔法?」
地面をゴロゴロと転がったネグロスが片膝をついて体勢を直す。
「はははっ!
お前には無理だ」
ヒュン!
槍盗賊が槍を光らせて振り回し、ネグロスに迫る。
立て続けにネグロスが何かを斬って、地面が抉れた。
風魔法?
風魔法を斬って相殺している?
二人が向き合った状態で木剣と長槍を振り回すと、二人の間に土煙が舞って地面が抉れていく。
二人が共に風魔法を放って攻撃してるらしい。
それを互いに木剣と長槍を使って相殺して退けている。
ネグロスの風剣は宙を飛ぶ剣撃のようなものだ。
間合いが離れていても風剣で斬ることができる。
一方、槍盗賊は突風のような風魔法を飛ばしている。
さっきネグロスが吹き飛ばされたけど、切り傷は無いし、衣服にも斬り裂かれたような形跡がない。
ネグロスと槍盗賊はお互いに見えない風魔法を潰しながら、間合いを詰められずにいる。
「これでも喰らえっ!」
「生意気なガキがっ」
均衡状態だ。
「水粒射。
水粒射。
水粒射」
既にネグロスが相手をしてる槍盗賊以外は全て私の水粒射で地面に這い蹲っている。
私の相手がいないのでネグロスに加勢するために槍盗賊と騎馬に向けて水粒射を三連射する。
「邪魔するな!」
槍盗賊が水粒射を弾くけど、全ては弾けずに一発が騎馬の腹に当たった。
騎馬が嘶き槍盗賊を振り落として倒れる。
「ガアッ!」
もんどりうって体勢を崩した槍盗賊にネグロスが飛び込んで斬りかかる。
「逃すかっ」
斬っ!
槍を持った手ごと槍盗賊の右腕を斬り落とすと、槍盗賊の腕から血が噴き出した。
槍盗賊が切り口に手を当てて蹲る。
腕を斬り落とされ、絶叫しながら切り口を押さえ悶えている。血が止まらずに流れ続けているので、いずれ気を失うだろう。
それでも、悪態をつき怒鳴っている。
「クソガキ〜!
絶対に許さねぇ!」
「大丈夫か?」
槍盗賊を見てトドメを差すべきかどうか悩みながらネグロスに声をかける。
「あぁ、何とか大丈夫だ。
この槍の力か何か分からないけど、ちょっと焦ったな」
そう言いながら、槍盗賊が風切柳の槍と言っていた長槍を持ち上げると、未だにその槍を握っていた槍盗賊の腕先が地面に落ちた。
槍盗賊の使っていた長槍の長さは三メートル近いし、穂先だけでも五十センチメートルはある。
ただの木に穂先をつけただけの長槍に見えたけど、綺麗に磨き上げられた柄は木目が見えないので、何かを塗り込んで補強してあるようだ。
「コイツは没収させてもらう」
ネグロスが素早く長槍を魔法鞄に仕舞うと、一瞬で長槍が消える。
魔法鞄を持ってることがバレたかも知れないけど、いわくのある長槍をそのまま持ち歩く訳にもいかないのでしょうがない。
「さて、後はこの盗賊たちをどうするかな?」
ネグロスに声をかけると、ニーグルセントの方に新たな集団が現れた。




