第二十三話
僕が迷宮から出ると歩哨をしてたパックスが声を上げで駆け寄って来た。
「ハク様〜!
ハク様、よくぞ、よくぞご無事で〜」
突然、抱きつかれてびっくりしたけど、あまりの感激ぶりに無碍にする訳にもいかず、暫くされるがままにすることにした。
パックスのいた方から何人か知らない兵士がやって来る。
迷宮の入口から街に目を向けると堀と土塁が築かれている。
迷宮の入口から五十メートルほど距離を開けて、深さ二メートルの堀が、その外側に二メートルの高さの土塁が築かれている。
森の斜面に作っているので、かろうじて平原と街が見える。
平原には幾つものテントが設置されて、野営地になっている。ざっと見て五十ぐらいは設置されている。
グリーンを基調としたものと、黒を基調としたものの二種類があるので、二つの陣営が参陣してるようだ。
パックスの声を聞いて、土塁を築いている兵士たちもこちらに集まって来る。
パックスのようにメイクーン領軍の兵士たちは喜んいるが、他の兵士たちは戸惑っているようだ。
何かやらかしたかな?
おずおずと二人の兵士が目の前にやって来た。
「失礼します!
私はレオパード領軍で小隊長のモンゴールです。
メイクーン子爵家のハク殿とお見受け致しますが、いかがでしょうか?」
「はい。メイクーン家のハクです。
この状況はどういうことですか?」
「はっ。我々は集団暴走発生に対して、レオパード領軍とサイベリアム領軍の合同部隊として参陣致しました。
現在はレゾンド・レオパード様とダグラス・サイベリアム様が探索隊を率いてハク殿の救出活動を行い、残った兵は迷宮の周囲に土塁を設営中です」
「ん? 僕の救出?」
「はい。我々が到着した時点で魔物の討伐がほぼ完了していましたので、レゾンド様がメイクーン子爵の要請によりハク殿の救出活動および迷宮の探索を行っておられます」
「その、レゾンド殿とダグラス殿はどちらでしょうか?
僕からご挨拶をさせて頂きたいのですが……」
「はっ。あの、ハク殿はレゾンド様と合流されてこちらに来られたのでは?」
「いや、誰とも合流してないけど……。
ひょっとして入れ違った?」
「はぁ、レゾンド様と合流されていないのであれば、恐らくは入れ違いかと……」
「うーん。どうするかな?
パックス、サラティ姉さんたちは?」
「当初はレゾンド殿たちと合同で探索を行なっておられましたが、三階層に入られてからは武器の都合もあり街で待機されています」
サラティ姉さんは蒼光銀のレイピアを持ってるのに戦力にしないで待機ということは、蒼光銀の武器を持っていないことにしたのかな?
そもそも、サラティ姉さんとシルヴィア姉さんが僕の救出を諦めるとは思えないし……。
探索と救出を援軍のレオパード領軍に任せざるを得なかった、ということか。
救出対象の僕が勝手に街に帰る訳にもいかない。
「それじゃ、僕が迷宮に入ってレゾンド殿と合流すればいいのかな?」
「いや、あの、救出に向かっておられるのはレゾンド様の部隊と、後から参陣されたテンペス様の部隊がありますので、その、どちらと合流されてももう一隊の方とは別ですし、ハク様に何かあっては困りますので……」
「テンペス様?」
「はい。ハク様が、その、迷宮ではぐれられた日にレオパード伯爵家のレゾンド様とサイベリアム子爵家のダグラス様が参陣されました。
その後、三日ほど遅れてクーガー伯爵家からテンペス様とラガドーラ子爵家からメィリー様が参陣されています」
「あぁ、それで平原のテントが多いのか」
「はい。それぞれ伯爵家が中心となって二百名ほどの兵士を率いて来られました」
「なるほどね。それで、今迷宮に入っているのは?」
「レゾンド様の隊が六名、テンペス様の隊が六名の二隊です」
「どれくらいの階層におられるか分かるかな?」
「恐らくは五階層から六階層辺りかと。
魔泥亜人形を倒すのに蒼光銀の武器が必要とのことで、二隊のみで探索中です」
パックスが申し訳なさそうに畏まって教えてくれた。
「それなら、ここで待機させてもらおうか。
誰か父さんのところに僕のことを報告に行ってくれる?
それから何か食べるものがあれば、少し分けて欲しいんだけど……。迷宮の中では水しか口にできなくてさ……」
「はっ! アデスに走ってもらいます。
それから何か食べ物を」
時間感覚がおかしくてよく分からなかったけど、お昼を少し過ぎた頃らしい。
アデスがすぐに街に向かって走り、別の兵士がパンと干し肉を持って来てくれた。
兵士は恐縮してたけど、久しぶりの食べ物なのでがっつくようにして食べてしまった。
パックスから僕が七日間も行方知らずだったと聞かされた。ラケルのせいで七日間も空腹でいたのかと思うと、もう少し殴っておいても良かったかも知れない。
七日間で六階層……、遅い気がするけどどうなんだろう?
一日、一階層。
救出のための探索だと隅々まで調べてたのかも知れない。
伯爵家で蒼光銀の武器を持ってなかったのかな?
二部隊しか探索してないし。
サラティ姉さんが蒼光銀のレイピアを伏せてたのなら、持って無かったか、あるいは蒼光銀の武器が全然出てこないんだろう。
僕も今使ってる長剣以外は伏せといた方が良さそうだ。
座って待ってるのも偉そうだし、かと言って立ちっぱなしも疲れるし、どうするべきかと考えてると街から騎馬が四頭走って来る。
四頭とも女性が騎乗してるように見えるのは錯覚だろうか?
「恐らくサラティ様たちですね」
パックスが横から教えてくれる。
姉さんたちだとしたら、四頭目は誰だ?
観察してる内に四頭の騎馬が土塁の中にある道を通ってこっちにやって来た。
「ハク! 無事でしたか?」
サラティ姉さんが騎馬から飛び降りると抱きついて来る。シルヴィア姉さんとスファルル姉さんが続き、もう一人知らない女性が続く。
「ご心配をおかけしました。
先ほど無事に戻ることができました」
「無事でっ」
「「ハクゥー!」」
サラティ姉さんの言葉を遮ってシルヴィア姉さんとスファルル姉さんが顔をペタペタと触ってくる。
サラティ姉さんは引き剥がされて代わりに二人に抱き締められた。
「シルヴィア姉さん、スファルル姉さん、無事だから!」
「気づかない内に怪我してるかも?」
「七日も彷徨ってたのよ!」
「いや、本当に大丈夫ですから」
二人を引き剥がすと、二人は僕をクルクルと回して調べ始める。
「本当に怪我はない?」
「ちょっと動いてみて!」
軽くトントンとジャンプして、クルリと回るとまた抱きついて来た。
あ〜、暫くは無理だ。
「それよりもサラティ姉さんたちもご無事で何よりです。その、はぐれてからどうされたのですか?」
シルヴィア姉さんとスファルル姉さんを放置して状況確認を進めることにした。
「えっと、ハクと、二階層ではぐれてしまったのだけど、割とすぐに迷宮から出ることができたの。
そうしたら、レゾンド様とダグラス様が参陣されて。
数日後にテンペス様とメィリー様が参陣されたのよ」
サラティ姉さんはここで、ふと思い出したように後ろを振り返った。
その視線の先に四人目の女性がいる。
「こちらはメィリー・ラガドーラ様。
ラガドーラ子爵家から参陣されたのよ」
「ハク様、初めまして。
メィリー・ラガドーラです。少し歳上になりますが、その分色々とお助けできることも多いかと思います。
これからのメイクーン領のために私にできることがあれば何なりと仰って下さい」
「「「なっ?」」」
メィリーの丁寧な挨拶に対して姉さんたちが絶句した。
「ハクはまだ八歳ですよ!」
「ハクにはまだ早いです」
「ハクとは年齢が離れ過ぎです」
一瞬で立ち直った姉さんたちが口々に捲し立てるが、姉弟としてちょっと恥ずかしい。
何をムキになってるんだか。
「この度は我が領の危機に駆けつけて頂きありがとうございます。これを機に引き続き交誼を結んで頂ければ有り難く存じます」
お礼を言って会釈で返した。
「せっかくのご縁ですので、これからはメルとお呼び下さい」
「「「むぅ」」」
「いえ、メィリー様、それは厚かましいというものでしょう。私は恩知らずと呼ばれたくはありませんので、礼節を大事にさせて頂きたいと思います」
「年齢の割にはお堅い方ですのね。
今回、兵を連れて伺ったとは言え、何もできておりませんのでお気遣いは無用ですよ」
シレッと押してきたり、笑顔で返してきたり、なかなか手強いお姫様だ。
「これは一体、何事ですかな?」
迷宮の入口から声がして振り返ると濃い青のローブを着た金髪の魔術師と、黄色い胸当てをつけた大柄な騎士が猫人の兵士と一緒に出てきた。




