第二百二十五話
バスティタ北部の街ニーグルセント。
セルリアンス共和国の北部を代表する都市の一つで、東に伸びる北都古戦道を進むと古戦都市エフェメラに接していて昔から商業が発達している。
ニーグルセントの西側には黒霧山が広がっているので魔物の襲撃を防ぐと言う意味でも重要な都市だ。
ニーグルセントの居住圏はかなり広いようで、私たちが北進公路を北上すると徐々に大通り沿いに家屋が現れて来た。
「もうじきニーグルセントですか?」
「いや、まだまだだ。
この辺りはかなり外れだけど、昔から住んでる獣人もいるからな」
前で馬を走らせるレスターに尋ねると、予想に反してまだ距離が遠いらしい。
私たちが先頭を走り、その後ろに三台の荷馬車が続いて最後尾にテラコスの馬車がいる。
周囲にはポツリポツリと民家があってその横や後ろに大きな建物が併設されている。
「似たような大きな建物がありますが、何かの作業場ですか?」
「あれはただの倉庫だよ。
この辺りは季節によって豪雨があるから、食料や薪なんかを保管しとくんだよ。
ニーグルセントまで遠いから予め保存しとくんだ」
「へぇ、結構大変なんですね」
「レドリオンから北は魔物も多いし、中央に比べたら不便だな。
しかし、苦労して切り開いた大事な土地だから、しっかりと守っていかないとな」
豪雨のせいだと思うけど高台のような土地には家屋が多くて、少し低地になっている場所は放置されて雑草が生えている。
空から見たら広大な土地を一本の北進公路が南北に走って、その周辺に斑らに家屋が集まっているのが分かるはずだ。
そんなことを考えながら家屋の立ち並んだ通りを移動してると、左右の家屋から急に矢が射られた。
矢は右から四本、左から三本。
「襲撃だ!」
「弓!」
「前後を警戒しろ!」
レスターが剣を使って弓矢を打ち払うと、ネグロスが何かの魔法を唱えてまとめて空中の矢を吹き飛ばす。
右からの一本が荷馬車の盗賊に当たったようで野太い悲鳴が上がった。
左右から第二射が飛んでくると同時に右から火球が飛んでくる。
「魔術師がいる!」
「水球」
火球を水球で迎撃すると、黒ローブで顔を隠した獣人が一人家の影から現れた。
「ガキが……。
少しぐらい魔法が使えるからっていい気になるなよ。
運が悪かったな、ここで死んでもらう」
そう言って私に向かって走って来るのはサバンナ種の猫人。
大きな口から牙が剥き出しになっている。
火魔法使いじゃないのか?
魔術師が突撃してくるという不思議な光景に一瞬パニックになる。
その間に黒ローブの獣人が低い体勢から細剣を突き出してくるので、咄嗟に木剣で横に払い、二足立ちになった馬を宥める。
くっ。
黒ローブは馬の体を壁にしながら、突きを連発してくる。しなやかに動き鋭い突きを放ってくるので防戦一方に追い込まれた。
「魔法が使えても、懐に入られると何もできないってか」
黒ローブが細剣で突きを放ちながら、挑発してくる。
「ほら、足元がお留守だぞ」
黒ローブが馬に乗る私の足と胴を狙ってくると、馬を操り突きを払うので精一杯になる。
その間も左右から護衛たちに向かって矢が降り注ぐのをネグロスが風魔法で振り払い、レスターが護衛たちに防御の指示をしてる。
コイツらは昨晩の一味か?
荷馬車の盗賊を救出に来たか、または口封じに来たか。
昨日は魔術師はいなかった。
コイツは援軍か?
足元から何度も突きを放ってくる黒ローブの細剣を何度も原生樫の木剣で弾き、反撃のタイミングを計る。
「水粒射」
とにかく動きを止めるために胴体目掛けて水粒射を放つと、鈍い衝撃音がして黒ローブが吹き飛んだ。
「クソッ!」
黒ローブを吹き飛ばすと、同時に黒ローブが投げてきた短剣が馬に当たり、嘶きとともに振り落とされてしまった。
がふっ!
地面に叩きつけられた私に再度黒ローブが飛びかかって来る。
「舐めた真似をしやがって」
今度は木剣を両手で握り、突きを打ち払う。
が、ヤツの突きが速くて、腕や足の皮を何カ所か斬られて血が飛んだ。
「おい、コラ、どうした。
泣いて詫びろ」
マズい。
剣対剣では向こうの方が上手だ。
致命傷は避けているけど、相手の速い突きに防御が追いつかない。
「命乞いすれば、見逃してやるぜ」
黒ローブからギロリと瞳が睨んでいる。
必死に突きをかわしながら、何とか細剣を払ってガードする。
「水粒射」
「水粒射」
突きをかわしながら、タイミングをみて魔法で反撃する。
当たらなくてもいい。
距離ができればいい。
ここだ!
何発かの水粒射で黒ローブを後退させ、距離が開いたところで魔法を唱える。
「北風の雹嵐」
この距離から範囲攻撃の北風の雹嵐をかわすのは不可能だ。
一つ一つは小さな雹に過ぎないが、何発もの連射を全て弾くことはできない。
「ぐばばっ!」
黒ローブの身体に何発もの雹が埋まり、黒ローブは近くの家の石壁に叩きつけられた。
一気にとどめを刺そうと木剣を振りかぶると、黒ローブが何かを呟く。
直後に目の前に現れる火球。
間に合わない!
水壁が間に合わないと判断して、原生樫の木剣で弾く。
咄嗟の判断で被弾は避けたが、そのまま火球に吹き飛ばされて、今度は私が宙を舞って地面に叩きつけられた。
「ふざけやがって!
火球!」
原生樫の木剣を弾き飛ばされて、丸腰になった私に再び火球が迫る。
だぁっ!
十字戟を取り出して火球を斬り裂く。
手の内を隠してる場合じゃない。
「水球!」
魔法の水球が直接黒ローブの顔を包む。
移動中に考えてた技だ。
声を出せなくして、気絶させる技。
水球をぶつけるのでは無く。水球で頭を覆う。
「んがごっ……」
想定通り黒ローブが慌ててガハガハやってるけど、粘度の高い水だから割れないし振り解けない。
さっきみたいな至近距離での魔法は嫌なので、更に保険をかける。
「北風の雹嵐」
壁際にいた男を壁に縫い止めると十字戟で胴を横薙ぎにして両断する。
「ぐぼぁっ!」
血を噴き出した黒ローブから距離を取って万一に備えるけど、謎の男は上半身と下半身を真っ二つにされて動かない。
周囲を確認すると弓は収まっている。
ネグロスが上手く対応してくれたらしい。
それでも反対側で剣撃の音がするので、馬車の向こうで戦闘が続いているようだ。
そこで、ふと思い当たる。
テラコスは?
矢が腕に刺さった護衛や、荷馬車から転げ落ちた盗賊を横目に後ろにいたテラコスの馬車へ向かう。
馬車の後ろではアザリアが例の商人風のサバンナ種と打ち合っている。
前回取り逃がした万華変剣の使い手だ。
「貴様は何者だ?」
アザリアが怒鳴りながら黒剣を振るう。
「正義の味方だよ」
男がニヤニヤと笑いながら答える。
「ふざけるなっ。
盗賊を使って、我々を襲撃して、何が目的だ!」
後ろに下がる男を追いながら、斬りかかるアザリア。
しかし剣は届かない。
「そんな剣じゃ、届かないな」
「待てっ」
踏み込んだ足を止めるとテラコスの馬車を振り返り、男を追うか、馬車を警護するか悩むアザリア。
私と目が合うと、アザリアは男を追った。
「さぁ、こっちだ黒剣」
男が誘うようにして、横の倉庫に入り込む。
「逃すかっ!」
アザリアが男を追って倉庫に入ると、急に反対側の建物から商人風の獣人が複数現れて来る。
「助けてくれぇ」
助けを求めるように見せて、獣人たちが剣を振り上げてテラコスの馬車に殺到する。
「止まれっ!
止まらないと……。
水球!」
先頭の一人に水球を当てて吹き飛ばすと、巻き込まれた二、三人が倒れて獣人たちが足を止めた。




