第二百二十四話
「この魔晶石はニーグルセント伯爵からの依頼品です。
伯爵が何に使われるかは存じませんが、伯爵領にとって小さく無い出費です。
この魔晶石が失われれば、北部諸侯のバランスが崩れるのは間違いありません」
……?
ニーグルセント伯爵が魔晶石を頼んだ?
魔晶石が失われるとバランスが崩れる?
ネグロスが俺の役割は終わったとばかりに、こちらに視線を飛ばす。
いや、まさかこんな展開とは思ってなかっただろ。
「コレはそれほど高額なのですか?」
パッと見では、先日水神宮で見た魔晶石と同じぐらいの大きさだ。
「白金貨百枚です。
コレを失う訳には参りません。
どこかから情報が漏れてコレを狙っている者がいるのであれば、なんとかして守り抜く必要があります」
どうも金銭的な価値が麻痺してるようだ。
水神宮でハクが魔晶石を取り出してたし、その後で火竜のようなバカでかい魔物を見たので、貴重さについても感覚がおかしくなっている。
「分かりました。
そう言うことであれば、護衛の依頼を受けましょう。
と言っても、今日の夕方にはニーグルセントに着くでしょう」
「すみませんが、宜しくお願い致します」
テラコスが魔晶石を仕舞うと頭を下げた。
一礼して私とネグロスは馬車を降りる。
アザリアはまだテラコスと打ち合わせをするようで馬車に残った。
「何だか大きな話だったな」
「あぁ、最近感覚が麻痺してきたようだ。
今まで聞いたこともないような話ばかりで、どうにも現実味が無い」
「ふふっ。そうだな。
まぁ、できることも限られてるし、話半分で聞いておけばいいんじゃないか?」
「あぁ、そうするよ。
それじゃ、元の計画通りニーグルセントに行ってグルーガの情報収集してくるか」
「それでいいんじゃないか」
ちょっと衝撃的な話だったけど、私たちの手には負えなさそうだったので棚上げしてニーグルセントに向かうことにする。
荷馬車に三十人の盗賊を詰め込んで出発した。
元の麦を降ろして盗賊を押し込むのはかなり大変だったけど、寿司詰め状態で何とか押し込んだ。
盗賊たちには治療らしい治療をしていないので未だに血を流してる者もいて呻き声が煩いけど、逃げ出そうとしたら殺すと脅し大人しくさせている。
他の商会の馬車でもパンスリーが襲撃して来ないか警戒してた商会もあるようで、護送に協力してくれた。
だから、実際彼らが武器も無く暴動を起こしたところで、周囲には私たち以外の商会の護衛も多くいるので、逃走は難しい。
「俺たちが護衛する必要があったのか?」
周りを囲まれているネグロスが面倒そうに私に聞く。
「まぁ、テラコスたちにはメリットだらけだな。
まず実際に北進公路が安全になる。
それからパンスリーを捕らえたと功績を誇ることができる。これにより貴族や取引先から信用される。
捕らえたのが私たちだとしても、一緒に行動していれば協力者と見做される。
一日だけでも襲撃の危険を減らせる」
「そうだよな。
俺らは隠密の意味がないんじゃ無いか?」
「あぁ、それは仕方ないな。
白鬣大猩々のときに注目を集めてたから、結局は一緒だよ」
「こんなに集まられたら魔法の練習するにも邪魔だし、面倒だな」
「ニーグルセントの調査の一環だと思うしか無いな」
昨日のように先頭を移動してる訳では無いので、気分はピクニックだ。
周囲には他の商会の馬車がいて護衛たちがいる。
北進公路は緩やかに蛇行しながら北に向かっている。
「アザリアさんの日蝕斬の謎は解けたのか?」
「いや、まだだ」
「そうか。
襲撃犯も万華変剣って言う技を使ってた。
剣技って何なんだ?」
「へぇ、見てみたかったな。
……魔法で剣技みたいなものは飛ばせるんだ。
ただ、それだったら魔法と何が違うんだって感じだな」
「剣ではの効果ってことか?」
「う〜ん。どう言っていいか分かんないけど、剣に魔法の威力を載せたいって言うのが俺の目的だな」
「剣に魔法の威力を載せる?」
「シルバーみたいなヤツは置いといて、どうしても剣の威力って使う武器に左右されるじゃないか。
それだと勝てない敵がいるから、何とかして上乗せできる方法がないかと思ってたんだ」
「それが日蝕斬?」
「うん。
多分、永精木の違いだけじゃないと思う。
そうじゃないと威力の違いを説明できないんだよな」
「結構難しいことを考えてたんだな」
「たまにはいいだろ」
ネグロスの話を聞いて、昨晩の謎の男を思い出す。
商人風のサバンナ種の男。
万華変剣。
確か男はレスターに襲いかかって、初撃はレスターが防いだ。
その後で出した万華変剣が日蝕斬で相殺された。
ヤツはどんな剣を使っていた?
暗闇の中で剣を振っていたからか、記憶に残ってない。
でも、蒼光銀のような綺麗な光は出ていなかったはずだ。
いくら何でも、そんな光が出れば気づくはず。
……と言うことは永精木の剣が妥当か。
水粒射が弾かれて、北風の雹嵐はかわされた。
威力の問題か、速度の問題か?
水粒射の威力を上げると使いやすいが、どうやって威力を上げる?
射出速度?
水粒の形?
水粒の硬さ?
上級学院のジュビアーノが使った粒水噴流の方が使いやすいのか?
水粒を大きくするか?
いや、今欲しいのは貫く硬さより吹き飛ばす重さだな。
どんなに硬くても、上手く弾かれたら終わりだ。
そうではなくて、弾かれにくい粘液弾、あるいは衝撃弾のような体勢を崩すための技が欲しい。
北風の雹嵐は上手くできたと思ったけど、あっさりとかわされた。
対人戦だと範囲魔法は使いにくい。
威力も強過ぎるし、味方を巻き込む恐れもあるので、タイミングが難しい。
遠距離から相手を拘束するような魔法の方がいいか?
何だかよく分からなくなってきた。
地道に水を操る練習をした方が良さそうだ。
水を理解すれば、水の扱いも上手くなるだろう。
馬を歩かせながら、目の前一メートルほどの空中に水滴を作る。
この水滴を冷やすと氷になり、熱すると熱水になって、蒸気になる。
北風の雹嵐は雹だから、氷も作れるだろう。
落下熱池を作れたから、熱水も大丈夫だ。
では、蒸気はどうか?
この水滴を熱く熱していけばいいのか?
馬を走らせながら宙に浮いた水滴をジッと見つめる。
水滴が徐々に熱くなり、沸騰して、蒸気になる。
沸騰、沸騰、沸騰。
まだか?
沸騰、沸騰、沸騰。
……できないのか?
沸騰、沸騰、沸騰。
パンッ。
……失敗だ。弾けてしまった。
沸騰と割れるのは違う。
空中だと温度変化が分かりにくいな。
掌で熱くなるかどうかだけでも確かめるか?
左手で手綱を握ったまま、右手の手綱を離して掌をお腹の前に持ってくる。
分かりやすいように拳大の水球を掌の上に作る。
水なのに泥団子のように硬い。
水球は形を維持して丸いままなので、手で握ることもできるし不思議な感じだ。
この水球を熱くする。
熱っ!
熱するのはできてる。
あまりの温度変化にびっくりしてしまった。
今は熱くなり手を離した水球がお腹の前に浮いている。
軽く人差し指で触ると熱い。
これを更に熱する。
おっ。
掌を水球の上に持ってくると、微かに蒸気を感じる。
熱するのと、蒸気への変化は別物なのか?
まぁ、できてるみたいだからいいか。
次はこの水を冷やして、氷にする。
氷にする。
指先で触るとかなり冷たいけど、まだ氷じゃない。
待ってると少しずつ凍っていく。
一瞬で氷にするのは難しいようだ。
北風の雹嵐は最初から雹だし、水を凍らせるのと、氷を出すのでは少し違うようだ。
温度変化は比較的容易でも、状態を変えるのは難しいのかも知れない。
意識してなかったから知らなかった。
やはり、もっと水について理解すべきみたいだ。




