第二百二十三話
一晩かけて三十人の野盗を捕まえた。
森の中に潜んでいた弓士の負傷が酷くて、腕や足を失くした獣人もいるけど全員生きている。
ネグロスが遠距離から風魔法で弓士の指や腕を切り落としたのが原因でもあるけど、それがあったからこちらの被害を抑えられた。
尋問を行ったけど、最後に現れた商人風の男の情報は無いし、依頼についてもテラコス・バーシェンの所持している魔法鞄というだけで、それ以上の情報は得られなかった。
テラコスの護衛の内、怪我をしたのはレスターと共にサバンナ種の男の対応をしたキッシュとニーベルトだけで、その二人も魔水薬での治癒が上手くいって傷跡は残っていない。
一応は襲撃を無傷で撃退し、そのほとんどを捕まえたという状況だ。
「野盗はどうしますか?」
私たちは荷馬車から離れたテラコス専用の馬車の影で話をしてる。
襲撃犯たちから有益な情報が手に入らなかったので後はもうどうでもいいけれど、無罪放免にして付き纏われても困るので確認のために盗み聞きされない位置に集まった。
その上で、こんな場合はどうするのかテラコスとアザリアに聞いた。
「今回は積荷の麦を知り合いの商家に譲り、当家の馬車で盗賊を運ばせて頂きます」
テラコスが額を抑え溜め息をつきながら教えてくれた。
「それは、すみません」
「いえ、盗賊の中には頭領と呼ばれるパンスリーもいましたし、街道およびニーグルセントの安全のためには必要なことです。
このように無力化して捕まえられて良かったです」
「あの数で一斉に襲われたら、私たちも無傷ですみませんでした。
ユンヴィア様とバレット様のおかげです。
ありがとうございました」
テラコスが街道の安全に触れ、アザリアは改めて頭を下げて礼をした。
「いえ、たまたまです。
それにしても、標的がテラコス・バーシェンの持つ魔法鞄。
テラコスさんの生死は問わない。とは物騒な依頼ですね」
含みを持たせてテラコスに返すと、彼女は平然と笑い返す。
「何を勘違いされたのか分かりませんが、迷惑なことです。
魔法鞄の持ち主が亡くなれば、中身も消えてしまいますわ」
演技なのか、本心で思っているのか判断できない。
命を狙われて怖くないのだろうか?
「それでも狙われているのに変わりありませんよ。
鞄を欲しがるヤツらの狙いに心当たりは無いのですか?」
「そうですね。
思い当たる節が多すぎて分からないです」
テラコスがはぐらかすので、こちらとしてもどうするか迷ってしまう。
「ユンヴィア様とバレット様がニーグルセントに行かれる目的は何ですか?」
途方に暮れそうになると、アザリアが横から聞いてくる。
「私たちはある冒険者を探してます」
「冒険者ですか?」
「えぇ、グルーガというサバンナ種の冒険者です」
「サバンナ種は珍しいですね。
その冒険者がどうかしたのですか?」
「少し危険な冒険者で、裏の仕事をしてるようです。
ちょっとした事件に関係して動きを追ってます」
どうせニーグルセントで調べるときには名前を出す必要もあるので、テラコスたちに名前を教えて反応を見るが、目立った反応は無い。
「ユンヴィア様にしては曖昧な表現ですね」
テラコスは私の表現に興味を持ったようだ。
曖昧な表現をせざるを得ないところに、不審を抱かれたらしい。
「そうですね。
こちらでも情報を掴めていないので、曖昧になってしまうのです」
「ふぅ〜。
実は今回捕らえたパンスリーはニーグルセントで裏稼業をしてる者たちからは結構恐れられています。
伊達で一団を率いるような男ではありません。
そのような男を一方的に押さえつけた方のお言葉とは思えませんが?」
昨夜の騒動を経てテラコスとアザリアは明らかに私たちとの接し方が変わった。
何と言っていいか分からないが、子供相手ではなくなった。
「昨夜は運が良かったですから」
「そうですか……。
アザリア、お二人の強さはどれぐらいだと思いますか?」
「冒険者ランクだとBランクよりも上と思われます」
「理由は?」
「恐らくユンヴィア様は水魔法を使われます。
その上、原生樫の剣を使いこなしておられるので、レスターでは歯が立たないでしょう。
バレット様はかなり上級の偵察かと。
お一人で森の中で十数人を一気に行動不能にされてますので、いくつかの投げナイフを自在に使われるようです」
「アザリアが戦ったら?」
「戦いたくはありませんが、お一人を止めるのが精一杯かと……」
テラコスの問いにアザリアが淡々と報告するのでイマイチ実感が湧かないが、かなり評価されてるらしい。
「そうですよね。
この北進公路で偶然お会いしたお二人ですけど、お二人がいなければ、昨晩、私が殺されていた可能性が高いです。
恐らく陽動を仕掛けてきたパンスリーにアザリアが応戦した時点で詰みです。
最後に現れた正体不明のサバンナ種の商人に殺されていたでしょう。
助けて頂き感謝します」
テラコスが礼をし、再び顔を上げるとキッとこちらを強い瞳で見つめる。
「仮に偶然出会ったお二人が刺客だった場合、頼みのアザリアが護衛してくれている今も、私の命は天秤の上でかろうじて生きながらえている状態です……」
こちらが戸惑っていてもテラコスが続ける。
「お二人は何者ですか?
そして何が狙いです?」
昨夜の行動で警戒されたらしい。
「私たちはただの冒険者です。
まだ子供ですがレドリオンで迷宮攻略を行なっています。
他に何が知りたいのです?」
テラコスが警戒しているのは分かるが、何を伝えたら安心してくれるのか分からないので、答えようが無い。
「そうですね。
……今でも護衛依頼は有効ですか?」
「あぁ、正式には請負っていないですね」
「確か無事にニーグルセントに到着したら金貨百枚でしたわね。
ニーグルセントに着いたら盗賊の報償金を全額お支払いするとして、金貨二百枚を追加します。
更にニーグルセントでのグルーガの捜査に協力しますので、どうか護衛を受けて頂けませんか?」
「ネグロス、どうする?」
私としては条件にこだわりは無いが、元々ネグロスが出した条件なので確認する。
「その内容であればお断りします。
俺が依頼を保留したのはテラコスさんの商売の目的が分からなかったので、保留させてもらいました。
昨晩はテラコスさんだけではなく、野営地にいる大勢のために騒動を治めました。
俺たちはお金なら稼げます。
テラコスさんは何を運ぶ必要があるんですか?」
かなり強い言い方だ。
ネグロス自身、改めて依頼されなくてもこのまま護衛を続けただろう。
しかし、改めて依頼されるとその依頼内容を見極めるつもりなんだろう。
「私は……」
何かを言いかけたテラコスが口籠もる。
「ここではお伝えできません。
私の馬車にお越しください」
テラコスはそう言うと踵を返して馬車に向かう。
「テラコス様?」
慌ててアザリアがテラコスを呼んだが、テラコスは振り向かずに馬車に乗り込んでしまった。
ネグロスと顔を見合わせて、続いて私たちも馬車に乗り込むとアザリアも馬車に乗り込んでしっかりと扉を閉め、カーテンをかける。
「私には覚悟が足りなかったようです。
こと、ここに至ってようやくその重大さに気づかされました」
何のことを話してるか分からないが、重要なモノを運んでいるらしい。
「私は何としてもコレをニーグルセントに持ち帰る必要があります」
テラコスが魔法鞄から大きな荷物を取り出すと、両手で抱えて我々に見せてくれた。
それは大きな赤色の魔晶石だった。




