第二百二十二話
テラコスの馬車を俯瞰するようにして、少し離れた野原に寝転がり警戒をしていると、突然、森の方から火矢が飛んで来た。
弧を描いて飛んで来る四本の火矢。
「水壁」
たった四本ならどうにでもできる。
縦横五メートル四方の水壁を空中に作ると、火矢は壁に当たって地面に落ちる。
一射だけということは無いはずだから、第二射に備えてると読み通り第二射が来た。
今度は少し軌跡が高い。
「水壁」
第二射の軌道に合わせて水壁を展開すると、第二射の四本も水に流されて地面に落ちた。
「何やってる!
タイミングをズラせ!」
森から駆け出して来た獣人が叫んだ。
火矢で先制してから襲いかかるはずだったのに、火矢が落とされて怒ってるらしい。
第三射は二本だけ。
弓士は指示に従ってタイミングを分けてきた。
しかし、火矢は空中で急に失速してそのまま地面に落ちる。
……多分ネグロスだ。
風魔法で火矢を止めたらしい。
そして続く二本の火矢。
「水壁」
軌道に合わせて水壁を出すと三射目も地面に落ちた。
弓士はネグロスに任せて、駆け出して来た獣人に対処しないと。
「落下熱池」
駆け出して来た獣人の前に大きな池を作る。
昨日作った落下池との違いは、中が熱湯になっていること。
獣人が落ちれば全身火傷で当分動けなくなる。
「ギャー!」
「ぐわぁ〜!」
「熱っ!」
「殺してやる!」
「水粒射」
火矢を放って来るようなヤツらだ。手加減する必要はない。
完全に戦闘力を奪うつもりで水粒射を放つ。
まずは頭領格のジャッカル、それから順に元気そうな獣人を撃っていく。
ジャッカルには念を入れて、水面から上に出てる両肩を撃ち砕いておく。
そう言えば火矢の第四射が飛んで来ない。
四人の弓士はネグロスが倒したようだ。
案外あっさりと片付いてしまった。
ネグロスが森の中に潜む野盗の大半を倒した計算になる。
後は野営地から襲って来る冒険者がいるかどうか?
様子を確認するためにも幻影腕貫を使って気配を消し、テラコスたちの馬車に戻る。
レスターたちは先ほどの火矢で森を警戒しつつも、何も起きないので馬車の側で待機してる。
「火矢を防いでもらったからと言って気を抜くなよ。
まだ続きが来るぞ」
レスターのようなベテランの護衛になると、ちゃんと分かってるようだ。
火矢は混乱を招くため、序盤に過ぎない。
これから起きることが本番だ。
ジャッカルたちが本隊だとしても、それが防がれたときのためにもう一枚ぐらいカードを残してあるはず。
ネグロスが森の方にいるので、馬車の影に隠れて野営地側を警戒していると、三人の獣人が近寄って来た。
冒険者や護衛とも違う。
綺麗な服を着た商人風の獣人。
ただし、体格は大きめ。
上品なのか、武芸の心得があるのか分からないけど、隙の無い綺麗な歩き方をする。
「すみません。どちら様ですか?」
レスターが気付き、横に三人の護衛が広がって対応する。
冒険者相手ならぶっきらぼうな受け答えになるところだけど、商人が相手だと内容を確認するまでは無碍にはできない。
「少し検討して頂きたい案件がありまして……」
中央の男が低い声で答えつつ後半は少し間を取った。
サバンナ種だろう。
短毛で筋肉質。グレーの虎模様で黒い斑点が腕に浮かんでいる。
瞳は金色で鼻筋には黒いシャドーが入っている。
「ご商談ですか?
お名前を教えて頂けますでしょうか?
申し訳ありませんが、夜分は面談をお断りさせて頂いていますので、明日、改めてご連絡させて頂きます」
「そうですか。
では、力尽くで通らせてもらう」
三人が同時に抜刀すると、レスターが飛び退く。
キンッ!
かろうじてレスターが男の剣を弾いたけれど、左右の二人は相手に腹を刺された。
「貴様、何者だ!」
再度、レスターが飛び退いて無傷のもう一人と並んで壁を作る。
「水粒射」
キンッ!
レスターと男の距離が開いたタイミングで水粒射を放ったけど、剣で弾かれた。
高速の水滴を剣で弾くって、どういう反射能力だ。
「水粒射
水粒射」
「がっ!」
「ぐふっ!」
サバンナの男には効かなくても、その両側の男は二人とも水粒射を腹に喰らうと、吹き飛んで腹から血を流してる。
「強者がいるな」
サバンナの男が呟く。
どうする?
姿を晒してでも、男を止めるか。
しかし、子供の姿を見られてしまうのはあまり良くない。
身を隠したまま魔法で倒すのが一番だな。
大量の雹をお見舞いしてやる。
「北風の雹嵐」
単発の水粒射は弾けても、連射かつ範囲攻撃はどうだ?
サバンナの男の周辺に雹が滝のように降り注ぐと、男は素晴らしい反応で飛びすさる。
それでも雹が身体のあちこちに当たり、頭と両腕から血を流して上半身は真っ赤に染まった。
「今回は失敗か。
しかし、貴様の首はもらうぞ。
万華変剣」
「させない!
日蝕斬!」
キィン!
サバンナの男が剣を抜くと剣が眩く輝き、光の剣がレスターに向かって飛び、それを背後から飛んで来た黒い剣が弾いて消滅した。
「レスター、無事か?!」
「ほう。黒剣のお出ましか。
いい気になって気を抜くなよ」
「北風の雹嵐」
「ふっ」
万華変剣に反応できなかったけど、男を逃すわけにはいかない。
再度、魔法を放ち男を追い込もうとしたけど、軽く笑ってかわされてしまった。
「今回はこの二人のために引かせてもらうが、次はそうはいかんぞ」
男は倒れてる二人の男の服を掴むとそのまま、隙を見せずに闇に消えるようにして逃げて行った。
「レスター!」
「俺は無事です。ボルダー、キッシュの様子を。
俺はニーベルトの方を診る」
「はい」
アザリアが前を向いたまま、庇ったレスターに様子を確認する。
レスターは無傷のキッシュに声をかけて、腹を刺されたキッシュとニーベルトの傷の具合を確認し始める。
私はそっと姿を現し、アザリアに声をかける。
「すみません。
私のカバーが遅れました。
私も傷の具合を確認していいですか?」
「いえ、ユンヴィアさんたちの話と活躍が無ければどうなっていたか分かりません。
助かりました。ありがとうございます」
アザリアが深く頭を下げて礼をする。
どこまで見てたか分からないけど、状況はしっかりと把握してたようだ。
「テラコスさんは?」
「テラコス様は無事です。
それよりも今はキッシュとニーベルトです。
レスター。様子を」
「ニーベルトは腹を刺されていますが意識はあります。
キッシュも同じ程度の気づいたのかですが意識を失っているので、魔水薬を飲ますのに苦労するかも知れません」
レスターが報告してる間に私も直接、お腹の刺し傷を確認する。
肋骨のすぐ下を刺し貫かれている。
幸い心臓と肺は外れているので魔水薬で治りそうだけど、ちょっとだけ実験させてもらう。
「活性水」
まずは意識のあるニーベルトの傷を見えるようにしてから、そこに直接活性水かけるようにして作り出す。
コップ一杯の活性水をかけると、刺し傷が埋まり血が止まった。
体内の方が心配だけど、多分体内にも入ったしこの後魔水薬を飲めば大丈夫だろう。
問題は意識の無いキッシュ。
意識を失っているので魔水薬を飲むのも上手くできない可能性が高い。
できる限り上手く活性水を傷にかけて治癒したいところだ。
アザリアが出した魔水薬をレスターが準備してる間に、キッシュの傷口をしっかりと確認して魔法を唱える。
「活性水」
傷口から活性水か溢れ出る。
それからじわじわと傷口が癒着していくのを確認して、再度活性水で表面の血を洗い流す。
うん。大丈夫だ。
上手く治癒できていると思う。
「おいニーベルト、魔水薬だ。
ゆっくりと飲め」
隣でレスターがニーベルトの口元に魔水薬を押し当てている。
経口摂取ができれば治癒の方は問題無い。
ホッと胸を撫で下ろし、先ほどの自分の失敗を悔やんだ。




