第二百二十話
北進公路の脇の野営地。
そこから夕食の獲物を狩るために森に入った私たちは獲物の代わりに三十人ほどの冒険者の一団を見つけた。
冒険者にしては挙動不審で怪しい。
しかし盗賊と判断するには確証が無い。
放っておくこともできずに後を尾行けてると、野営地からテラコスの商隊で護衛を務めるレスターが私たちを探して森に入って来た。
レスターと鉢合わせした正体不明の一団は、大半が木々の間に隠れて、唯一中央に残った二人だけがレスターと距離を取ったまま会話をしている。
お互いに警戒して会話をするレスターと冒険者。
そんな状況で森の中に隠れてる獣人が弓を構えたまま位置を移動し始めた。
放っておくとレスターが危険に晒される。
「水粒射」
ここまで練習してきた水粒を高速で撃ち出す魔法で、隠れてる射手の肩を狙う。
空中に作った指先ほどの大きさの水滴をギュッと固く圧縮し、それを弓弦を引き絞り一気に撃ち出すイメージ。
例えるならスリングショットで小石を飛ばすような魔法だ。
ピシュッ!
パンッ!
微かな音で打ち出された水滴が、一瞬で射手の肩に当たり弾ける。
水粒に打たれた獣人が血を吹き出しながら肩を変な方向に曲げて吹き飛ばされる。
構えていた弓も空中に放たれて、突然の混乱が押し寄せる。
「ぎゃあぁぁぁっ!」
「何だ!」
「どこだ!」
「逃げろ!」
最後の声はレスターだ。
突然、周囲から湧き起こる声に反応してレスターが逃げるように指示した。
その声に反応して隠れてた獣人たちがレスターたちを追いかける。
五人ぐらいの獣人が駆け出すと、残った八人ほどの獣人が周囲を警戒してジャッカルを中心にして円形の陣を敷いた。
やってしまった。
さて、どう言い繕うか?
「このまま逃げて、レスターと合流する」
ネグロスがそう言って縞馬外套で身を隠す。
上手く顔を覆ってるのだろう。ほとんど視認できない。
「分かった」
私も幻影腕貫を使い、再び身を隠す。
森の中は既に闇に包まれているけど野営地の方向は分かるし、ネグロスの気配も把握できる。
大丈夫だ。
自分に言い聞かせて森の中を走り出す。
それにしてもヤツらは何者だ?
三十人ぐらいの規模で森の中を徘徊してた。
夜になると、三つに別れて移動を開始して野営地に向かった。
野営地には百人を超える商人や旅人、そして護衛がいる。
三十人で何をするつもりだ?
野営地を襲っても、三十人では負けてしまう。
危険は大きく、得るものは少ないだろう。
それとも、狙った商隊がいるのか?
特定の馬車だけ襲い、高額な商品だけ奪うのなら成功率は高いかも知れない。
分散して襲撃し護衛陣を撹乱すると、目的の商隊の護衛が手薄になる。
……ただ、そんなことのために三十人を動かすとなると余程の高額商品でないと収支が合わない。
何人かの獣人が殺されても割が合うほどの商品があるのか?
あとは、ただの冒険者の一団で、この野営地で合流することにしてた場合。
それなら森の中から大勢で移動して来ても変じゃないが、森の中で何をしてたかが不思議だ。
得体の知れない気味悪さを感じながら森の中を走る。
ヤツらを振り切ったようで静かな森を木々を擦り抜けて前に進む。
「ヤツらの目的は何だ?」
「分からねぇ。
ユンヴィアは何か思いついたか?」
「今ひとつピンとこない。
ただ危なそうだからテラコスたちに伝えてから考える」
「そうだな。
俺たちで全部判断する必要もないか」
「テラコスたちの素性も分からないけど、アイツらよりも信じられる」
「確かに、何かありそうなんだよな」
「あぁ、ただ麦の行商をしてるとは思えない。
正体が分からない」
「でも、そんな悪そうも見えない……」
「そこだよ……」
「今回で何か分かるかもな」
「そうだといいな」
「ま、なるようにしかならん」
「ふっ。そうだな」
テラコスたちが何をしてるか分からないけど、探しに来てくれたレスターやその指示、許可をしたテラコスやアザリアを放っておけない。
森を突き抜けるとテラコスの護衛たちが横に広がり、総出で森の方向を警戒している。
「不審者が来ます!
警戒怠らないで!」
ネグロスが縞馬外套の迷彩を解いて大声で注意を促す。
「レスターさんは?」
慌てて私も幻影腕貫へ魔力を流すのを止めてその機能を止める。
「レスターさんはテラコスさんのところだ」
「私たちからも情報があります。
こっちですか?」
腕を上げテラコスのいる方向を確認すると、そのまま走る抜ける。
少し先に馬車のシルエットが見えるので、そこを目指す。
「レスターさ〜ん!」
馬車のそばにある四、五人の影に向かって声をかけると、そこの獣人がこちらを振り向いた。
「お前ら、無事だったか?」
手前にいる丸い影がレスターだ。
「良かった。お二人が見つからなくて、心配しましたよ」
奥からテラコスが安堵の声を漏らして、アザリアさんと御者のサーペンティの顔も見える。
「三十人ぐらいの冒険者が森の奥にいました。
レスターさんが合った獣人もその一味です。
恐らくいくつかに分かれて森から出て来ます」
持ってる情報を一気に伝えると余裕が無いことを自覚する。早口で喋ってから、皆んなの表情を不安に覗き込む。
「レスター?」
「恐らく野盗です。
しかし、三十人?」
テラコスがレスターに尋ねると、レスターが推測を述べる。
その上で疑問を顔に浮かべてアザリアを見る。
三十人規模の野盗?
野盗以上の何かを警戒したのかも知れない。
「森の中ではお互いに警戒してました。
旅人なら襲われてしまったかも知れませんが、しかし、三十人?」
やはり、三十人規模ということに引っかかっている。
「この辺で大物の魔物を狙ってるということは?」
「……無いだろう。
ここはレドリオンよりはニーグルセント寄りだ。
冒険者も少ないエリアで、だから野盗がたまに出たりする。しかし、大勢で狙うような魔物がいればどこかの商隊に情報が入っているはずだ。でもそんな情報は入っていない」
答えたレスターが再びアザリアを見る。
「私の方にも届いていない。
しかし、……」
「どうしました?」
アザリアの言葉が途中で途切れたので、テラコスが促す。
「襲って来たら応戦できますが、そうじゃ無い場合はこちらから仕掛けると問題になる可能性があります」
「やはり……」
「ユンヴィア、どういうことだ?」
アザリアの言葉に相槌を打った私にネグロスが問いかける。
「一目で見分けられるような一団じゃ無かったし、途中で分散してたからな。
暗闇で陽動をかけ、本命の商隊だけ襲うんじゃないかと思って……」
「どういうことだ?」
「例えば、森から四人組が現れる。
不審に思ったこちらが警戒してると、他のところでも騒ぎが起きたりして、よく分からない内に本当の狙いの商隊が更に別の一味に同時並行で襲われて、襲撃が終わったら別の商隊に仲間がいると言って逃げ出してしまうとか?」
「それだと、この野営地に商隊に偽装してる一味がいないと成立しないんじゃ?」
「……既に紛れ込んでるかも知れませんね」
「どいうことでしょうか?」
テラコスがこちらを見るので、さっきから考えてたことを説明する。
「流石に三十人でここにいる商隊、旅人を襲おうとは考えないでしょう。
そうではなく、今夜この野営地にいる中のごく一部だけが標的で、闇に紛れて同時にその標的だけを襲うんです。
他の商隊などに警戒された場合は、既に紛れ込んでる商隊に合流して誤魔化し、襲撃には参加しない」
「どうして、そんなことを?」
「そうでもしないと標的に近づけないんでしょう。
ある商隊がとても高価なアイテムを持っているのが分かっていて、それを狙っているとしか思えないんです」
「……」
「私たち二人で森に入りましたが、全然獣がいなくて、ドンドン奥に入りました。
そこで見つけた五人組の獣人。
不審に思い後を尾行けると、二十人ぐらいの一味に合流しました。
その後、さらに五人組が二つ合流しました。
その一味は分散してこの野営地に向かって移動を開始したんです。
途中で私たちを探しに来たレスターさんがその一味の一部と接触したので、そこからはこの野営地に走って来ました。
この後、何ヶ所かに別れてその一味がこの野営地に入って来るでしょう」
私が言うと、先ほどから森を警戒してる護衛が声を上げた。




