第二十二話
レオパード伯爵領軍の迷宮探索七日目。
五日目にレゾンドの提案で編成部隊を見直してからサラティとシルヴィアは探索の状況が分からなくなった。
おまけにスファルルを含めた三人の内、誰かがメィリーに付き添うように言われたこともあって、あまり自由な時間が取れなくなった。
「ハクは無事かしら?」
「無事です」
サラティの呟きをシルヴィアが拾って、強く断言した。
街の門から平原と遠くの迷宮を見る。
平原は主にレゾンドの率いて来たレオパード領軍が展開してる。
迷宮に対して土塁を作り、街にも土塁を築き始めている。
迷宮から魔物が溢れ出ないようにする土塁と溢れた場合に街を守るための土塁だ。
平原を挟んで迷宮側と街の方に二つの土塁が作られている。
後から参陣したテンペスの率いるクーガー領軍は近隣の森に行っている。
狩りと伐採のためだ。食料を確保しつつ、街に復興に使う木材の伐採を行なっている。
食料はメイクーン領からも提供しているが、想定してた状況とは違うだろう。
集団暴走の被害を抑えるために参陣したのに、ほぼ魔物は討伐済み。
被害は多かったが、収束に向かっている。
原因となる迷宮は見つかったけど、攻略が進んでいない。
そもそも大勢で攻略できるような迷宮ではないのだ。
「レゾンド様、ダグラス様、そしてテンペス様はどんな様子かしら?」
「レゾンド様とダグラス様は堅実に進まれているでしょう。
五日目に三階層に入ったところで別れました。
五日目に三階層、六日目に四階層、今日あたりは五階層に入っているのではないでしょうか?」
「五階層、それなら魔石亜人形ですね」
「はい。テンペス様の方が有利でしょう」
長剣を持つダグラスと短槍を持つテンペス。
本来であれば槍の長さは二メートルを超える。しかしテンペスが使っているのは短槍。長さが百五十センチメートル弱のものだ。対してダグラスが使うのは百三十センチメートルほどの長剣。テンペスの方が遠い間合いから戦える。
そして、魔石亜人形の硬さ。
斬るよりは突く戦い方の方が倒しやすいだろう。
「もう少し他の魔物も出て来るとまた変わりますね」
「もし、テンペス様が亜人形以外の魔物に出会われていたら、短槍を持っていることを嘆いておられるかも知れません」
「レゾンド様もテンペス様も何かしらの成果として形を残して軍を引きたいのでしょうが、十階層まででは難しいでしょう」
「そうですね。
これを倒せば終わりという魔物もいませんし、蒼光銀が出る可能性も低そうです」
シルヴィアが少し意地の悪い笑みを浮かべた。
限定特典は既にハクが取得済みだ。
「五階層、六階層でも蒼光銀が見つからないとなると、どんな顔をされるでしょうか?」
「探し方が悪いと隅々まで探されるか?
或いは先に進めばいつかはあるはずと先を急がれるか?
恐らくそのような感じでしょう」
「どちらかが宝を見つけたけど隠してると騒がれる可能性もありますね……」
サラティも意地悪なことを言った。
二人の功に興味がなさそうなのは、二人に魅力がないからか、それ以上にハクが心配だからか?
同日、迷宮六階層。
「今日こそは蒼光銀を見つけるぞ!」
テンペスが探索隊のメンバーに声をかける。
テンペスの隊は六人編成。
斥候が二名、魔術師二名、騎士がテンペスともう一人。合わせて六名の攻略スピードを重視した編成だ。
昨日五階層に入りテンペスが魔石亜人形を倒した。勢いに乗って六階層まで来た。
だが未だに鉄の塊さえ見つけていない。
亜人形ばかりの迷宮で何の素材も出てこない。粘性捕食体は倒したら溶けてしまうし、亜人形の体を作っている泥や石など、わざわざ迷宮から持ち出すようなものでない。
テンペスとしては領軍を維持するにもお金がかかるので、さっさと引き上げたいところだが、何の成果も無しで帰る訳にも行かない。
さっさと蒼光銀を見つけるのが一番だった。
その次がハクの救出。
最悪なのは、そのどちらもレゾンドに先を越されてしまうこと。
今のところ向こうの陣でもお宝を見つけたと話題になってないので、先を急ぐために編成したメンバーだった。
「斥候の二人は魔泥亜人形と魔石亜人形は放置して、マッピングと探索を優先だ。
魔術師はオレの後ろで待機。
オレが道を開く!」
それでも探索を優先するために、戦闘を引き受け片っ端から亜人形を倒していく。
「ギッシュとラストンは足を止めるな。
この迷宮に罠は無い。
とにかく広く見て、階段を見つけろ」
テンペスは二人の斥候、ギッシュとラストンに指示をしながら前に進む。
粘性捕食体が出た場合は魔術師に指示を出し、自分が壁になって守りながら魔法を打たせるなど分担を明確にしている。
同じ敵との長丁場なので、疲労を抑えるために計画を組んできたのだろう。
しばらくすると、狙いが当たり七階層への階段をギッシュが見つけた。
「こっちです。この通路の先です」
「よく見つけた。
全員で先に進む!」
もう一人の斥候ラストンが戻って来るのを待ってから、装備を確認して七階層に下りて行く。
「新しい階層だ。
新しい魔物を見つけたら距離を取れ」
テンペスは先行するギッシュとラストンに声をかけると、魔術師たちを連れて進む。
迷宮の通路は広く四人が一塊りで歩いていても問題ない。
二人に続いて広間に入ると、ギッシュとラストンの二人が警戒しながら左右に広がって行く。
「がはっ!」
「ギッシュ!」
突然、左に走って行ったギッシュが声を上げて倒れ込んだ。
テンペスが慌てて駆け寄ると視界の端の方で黒い影が動いた。
猪? 兎? 鼠?
幾つかの可能性を考えながら周囲を見渡すと壁際を歩く大きな鼠が見えた。
「左の壁際に魔物。
ホワイトナー、ギッシュの怪我の状態を確認してくれ」
もう一人の騎士、ホワイトナーにギッシュを任せるとテンペスは腰を落として距離を詰めて行く。
兎ではない。
鼠だろう。
黒い毛で覆われているので大きく見える。
爪よりは前歯、牙が危険そうだ。
テンペスは短槍を両手で構えて近づくと、一瞬で突きを放った。
テンペスの動きに気付いた狂黒鼠が横に飛んで狙いからズレた。
少し逸れた槍と短槍の穂先は狂黒鼠の毛皮に弾かれてしまい、体を捉えられなかった。
槍をかわし興奮した狂黒鼠がテンペスに向かって突進して来る。
短槍を引き戻すのが遅れたテンペスは短槍の石突きで狂黒鼠の横っ面を殴り飛ばす。
狂黒鼠はゴロゴロと転がるが、まるでダメージを受けていない。
一度距離を取り、短槍を構え直したところに狂黒鼠が再び突っ込んで来る。
テンペスは落ち着いて、カウンターを合わせ短槍で口から頭を貫いて狂黒鼠を倒した。
「これまでの亜人形とは違いスピードがある。
警戒を続けて、見つけ次第声を出せ。
暫くはギッシュとラストンも離れずに様子を見るぞ」
テンペスは新しく魔物の出現に警戒しながらも、探索に意欲を見せた。
狂黒鼠を無事に倒した事実が何とか余裕を持たせていた。
探索七日目、七階層を半ばまで探索したテンペスが地上に戻ると、ハクが見つかったと言われ、唖然とするのだった。




