第二百十九話
一日中平和な日だった。
朝から移動を開始して、お昼休憩を挟んで順調に北進公路を進む。
特にトラブルも無く護衛の必要もない旅路では、ネグロスと二人黙々と魔法の練習をしてた。
ときおり心配してレスターが様子を見にくるほど、惰性で馬を走らせた結果、ちょっとは新しい魔法が掴めてきたように思う。
そして夕方、テラコスたちの商隊と一緒にテントを張ると、今夜の食材を狩りに出かける。
「たまにはこんな日もいいな」
「あぁ、思いがけず魔法に集中してしまった」
「どうだ? 使いものになりそうか?」
「あぁ、いい感じの手応えがあるよ。
今までは水を作ることに必死だったけど、今日はどんな水が作れるか考えだしたら楽しくなった」
「へぇ、順調そうだな。
俺はイマイチだな。日蝕斬が邪魔してるのかも知れない。
あの剣技に引きずられてる、といえばいいのかな。
新しいことができそうなんだけど、しっくりとこない」
「身体を動かせば、また違うアイデアも出るさ。
行くぞ」
「そうだな。
さっさと狩って、さっさと帰ろう」
二人分なので兎を二羽狩れば終わりだ。
そう決めて森の方へ向かう。
獲物を狩ってから、帰りに薪を拾えばちょうどいいだろう。
……そう思って森に入ったけど、こんなときに限ってなかなか見つからない。
「焦るとダメだな」
「もう少し奥に行けばいるだろ」
昨日とは違う雰囲気に戸惑いながら森の奥へと進む。
兎や猪がいてもおかしくない景色なのに、獣の気配が全く無い。
試しに足を止めてじっと気配を観察してみても、栗鼠や鼠すらいない。
「一体、どうしたっていうんだ?」
「こんなに静かな森はおかしいな」
「少し気配を消してみるか……」
ネグロスが魔法鞄から縞馬外套を取り出したので、私も幻影腕貫を装備して気配を消す。
……それでも獣の気配が無い。
「ちょっと変だな。
あの左の大きな木の影に行くぞ」
ネグロスが小さな声で囁いた。
何か気づいたのか?
ネグロスが音を立てないようにして、木の影を選んで移動するのについて行く。
静かに、幻影腕貫に魔力を流して、気配を殺す。
ネグロスは大きな欅の根本に着くと、そのままジッとして何かを待っている。
私もネグロスの後ろに立って、様子を伺う。
と言っても幻影腕貫に魔力を流し続けていると周囲の様子もぼやけてしか見えないので、ゆっくりゆっくりと流す魔力を抑えていく。
「……来た」
ネグロスが前の方を見たまま、再び呟いた。
獣人だ!
獣の代わりに剣を構えた獣人が木の間から姿を現す。
一人、二人、三人。
更に木の影で待機してるのが二人。
……どういうことだ?
「……、……」
「……」
何かを喋ってるけど聞こえない。
しゃがみ込んで足元の土を調べてる。
足跡?
私たちの足跡を調べてるのか?
身なりは冒険者風。
商人や旅人では無い。
こんな森の奥で気配を消して何をしてたんだ?
「「盗賊か?」」
意図せずに二人でハモってしまった。
ただの冒険者なら問題ないけど、盗賊だとすると野営地が危険だ。
これから暗くなったときに闇に紛れて襲われたらどんな被害が出るか分からない。
相手の腕が分からないけど、放置はできない。
こんなときハクの使った鉄の腕みたいな、相手を拘束する魔法が使えたら便利なのに……。
犯罪者なら戦うことに躊躇いは無いけど、一方的な判断で相手を傷つける訳にはいかない。
……確証を掴むまでは様子を見るしかないか。
「怪しいだけじゃ戦う理由にならない。
しばらく様子を見よう」
「分かった」
相手は足元の葉っぱを何枚か拾って確認すると、何かを頷き合って引き返し始めた。
野営地とは逆方向だ。
再びネグロスと一緒に神授工芸品の力で気配を消して、後をつける。
三人は森に隠れたままだった二人と合流して、五人で移動する。
三人は剣を提げて、二人は弓。
森の中を歩く様はちょっと野蛮な冒険者パーティといった感じで、それなりに連携が取れているように見える。
森の中に獣がいなかったのは彼らが狩ったからか?
それにしては範囲が広過ぎる。
違和感が拭えない。
五人は静かに森の中を歩きどこかを目指してる。
適当にフラつくのでは無く、確実に決まった目的地に向かっている。
五人を尾行けて進むと、不意に開けた視界の向こうに二十人ほどの一味が集まっていた。
二十人ほどの冒険者の一団。
……違うな。
盗賊団だ。
夕暮れが近づく薄闇の中で静かに何かを待っている。
私の中の盗賊団よりも訓練され統率されている。
私たちを案内してくれた五人の内、一人の剣士が中央にいる大男に何かを報告すると、五人はそのまま一段に加わり一緒に待機を始めた。
何を待っているのかと不思議に思いながら、野営地に戻るかどうするか考えていると、また新しい五人組が野営地の方からやって来る。
何ヶ所かに偵察を放っているのか?
その五人も報告を終えると一団に加わって待機する。
一体、何組の偵察が先行している?
不安に思いながら彼らの狙いを推測できず判断に困っていると、更に五人組が帰って来た。
新しい五人組も中央の大男に報告をしている。
彼がこの一団の頭領のようだ。
縦縞のジャッカル種。目の周りの黒い縁取りが特徴的で幅広の剣を提げている。
と、新しい報告を受けると三十人を超えるグループが動き出した。
三グループに別れて野営地に向かい始める。
「どうする?」
「このまま後を尾行ける」
「あのジャッカルだな」
「あぁ、あのジャッカルが頭領だろう」
即断してジャッカルの率いるグループを追いかける。
人数も他の二グループよりも少しずつ配分が多移動ので、一番危険だ。
陽の落ちた森の中をジャッカルたちは自然に歩いていく。
かなり、歩き慣れている。
……やはりただの旅人じゃない。
道に迷わずにドンドンと進んで行く。
この一団が森の中を往復してたから獣がどこかに逃げてしまったのか?
五人組を組んであちこち調べたり、十人単位で森の中を移動していれば獣たちはもっと森の奥に移ってしまう。
そう考えるとこの一団は昨日、今日ではなく一週間程度はこの辺に潜んでいるのかも知れない。
「ぉ〜ぃ。
バレット〜」
マズい。
遠くで私たちを呼ぶ声がする。
私たちを探してレスターが森に入って来てる。
「……」
「……、……」
ジャッカルが隣の獣人と何かを話してるけど、聞こえない。
どうする?
レスターたちのところへ帰るか、それともジャッカルたちに声をかけるか?
悩んでるうちにジャッカルたちが広く散会して身を隠すと、二人だけが残ってそのまま警戒して武器を構えた。
……ネグロスと顔を見合わせるけど、いいアイデアが出ない。
「どうする?」
「仕方ない、このまま様子見だ」
「あぁ、だが何かあったら飛び出す」
「了解」
二人して武器を握り直すといつでも飛び出せるように、少し位置を変える。
「お〜い。ユンヴィア〜」
レスターの声が徐々に近づくと、中央に残った獣人が膝を曲げ重心を下げる。
かなり警戒してる。
周囲を見回すと隠れた獣人の内何人かは弓に矢をつがえて構えてる。
ヤバい。
臨戦態勢だ。
「お〜い。
おっ!
お前たちは何してる?」
レスターが中央の二人に気づいて、距離を保ったまま声をかけた。
レスターの姿は見えないけど、警戒感丸出しだ。
「おいっ!
こんな森の奥で何してる?」
レスターの声が低くなった。
「悪い、警戒させたか?
狩りをしてるところだ」
「そうか、煩くしてすまなかったな。
この辺で子供を見なかったか?」
「子供?」
「そうだ。旅人の子供」
「見てないな。そいつがどうかしたのか?」
「森に入ってないか、心配して様子を見に来ただけだ」
「そいつは残念だったな」
レスターは中央のヤツと話を続ける。
ここからだと一人なのかどうかも確認できない。
お互いに警戒しながらの会話は見てるこちらも緊張する。
改めて周りの獣人の様子を確認すると、弓を構えた獣人が少しずつ位置を変えてる。
弓はレスターの方に向けまま。
くっ。
どうする。




