第二百十八話
翌朝、陽が出てすぐにネグロスに起こされると、テラコスの商隊のメンバーも徐々に起きてくるところだった。
「おはよう」
「おはよう。
昨日はどうだった?」
「特に何にも……。
地道に原生樫の剣を磨いてただけだよ」
私はレスターが話し相手になってくれたけど、ネグロスのときは話し相手がいなかったようだ。
可哀想に……。
「今日はどうする?」
「昨日頑張ったから、今日はのんびりといこうぜ」
「あぁ、それもいいな」
ただの気分だけど、今日はテラコスたちの商隊と一緒に行動してみることにする。
昨日の夜は頑張ったけど、今日は周りの護衛に頑張ったもらって、皆んながどんな風に旅をしてるのか観察するのもいい。
昨日の余り物の肉を齧りながら、レスターたちを観察すると、向こうのメンバーはちゃんとしてる。
御者と護衛で役割分担がはっきりしてて、どの馬車も同じように着々と準備が進んでいく。
朝食後にはミーティングをして、荷馬車と馬の担当を入れ替えたりして疲れ具合に対応したり、マンネリにならないように工夫してる。
「俺たちは目的地へ一直線な旅ばっかりだから、こんな風景は新鮮だな」
ネグロスがしみじみと言うと、かなり疲れてるのかと不安になる。
「そうだな。
冒険者と商売人じゃ旅の仕方も違うさ。
馬車で旅するより、馬で走る方が好きだし、ついでに狩りができる方を選んでるからな」
「確かにそうだな。
学院の休みに狩りをしてる方が楽しいし、性に合ってる」
「急にどうしたんだ?
疲れてるのか?」
「いや、昨日の夜、原生樫の剣を磨いてたんだけど、アザリアさんの使った日蝕斬が気になってさ……」
「あの白鬣大猩々を倒した一撃か?」
「そうだ。
どうしたらあんな斬り方ができると思う?」
「剣を伸ばして斬ったのか?
あるいは斬撃を飛ばしたか?」
「剣を伸ばす、のも可能性としてはありか……」
「そんなに真剣に考えて、どうしたんだ?」
「真似できないかと思ってさ……。
風ならできそうな気がしないか?」
「う〜ん。
突風とか鎌鼬とか?」
「旋風を剣で作ればいいんだよな……」
「……」
「今までは俺の身体から風を出して、俺自身を吹き飛ばすように加速していた。
これを剣から風を出すようにする」
「……」
「魔法の使い方が逆だから難しいのか?
押す、じゃなくて、風を飛ばすイメージか?」
「……」
……完全に独り言だ。
私がいてもいなくても関係ないようだ。
自分の世界に入って色々と考えてるので放っておこう。
「おうっ、ユンヴィア。
こっちはそろそろ出発するけど、今日はどうするんだ?」
ネグロスが俯いてブツブツと呟いてるので、レスターは私に声をかけてきた。
「今日は皆さんの後ろにくっついてゆっくりと移動しようと思います」
「それがいい。
お前らがいると護衛が楽だからな。ははっ」
レスターが笑いながら商隊に戻って行くけど、あぁして心配してくれている。
マメな獣人だ。
こちらの様子を確認して自分の持ち場に戻って行く。
テラコスとアザリアは中心の方で打ち合わせをしていて、距離はあるけど目が合うと二人とも会釈を返してきた。
出発の準備が整ったらしい。
テラコスたちの商隊が動き出すと、他の馬車も順に動き始める。
たまに馬で駆けていく旅人もいるけど、今日はテラコスたちが先頭のようだ。
先頭は自分たちのペースで移動しやすいけど、ちょっとした露払いが必要なときもある。
魔物や倒木、水溜りの迂回など、何があるか分からない。
そんなときに先頭を進んでると順に対応しなきゃならない。
先頭で自由に進むか、中団でペースを合わせて進むか、最後尾でゆっくりと進むか。
商隊の規模や護衛の数で変えるんだろうな。
漠然とそう考えたとき、あぁこれは私たちも戦力に含めて盗賊や魔物が北進公路上に現れた場合に率先して倒して進むってことか、と納得した。
「テラコスさんとアザリアさんに上手くやられたな……」
軽く呟くとネグロスが反応する。
「どうした?」
「いや、護衛依頼を受けてないけど、テラコスさんの商隊だけじゃなくて後ろに続いてる馬車みんなの護衛として期待されてるな、って」
「ん? あぁ。
いいんじゃないか。
後ろにいたんじゃ、前で何が起きてるか分かんないし。
何か面白いことが起きるかも知れないし。クシシ」
ネグロスは気にも留めてないらしい。
どうせ戦闘になれば、前にいようが後ろにいようが戦うのだし、私も水魔法で斬撃を飛ばす方法でも考えてみよう。
風は自由に形を変えて動かせるけど、水も同じようにかなり自在に扱えるはずだ。
上級学院では先生のジュビアーノが粒水噴流でハクの作ったミニ方尖碑の表面を削っていた。
水球を作ってぶつけるだけじゃなくて、形やスピードを変化させることができる。……はず。
形を大きくするよりも、まずは小さな水滴を自在に動かす。
いや、取り敢えず早く飛ばす方がいいか。
確かハクにもらった杖も魔法鞄に入れたけど、杖を振り回すと怪しいな。
上手くいくか分からないけど原生樫の剣で魔法が使えるか試してみるしかない。
水球は作れるからもっと小さな水滴を飛ばす練習から始めるか。
……馬に乗りながら剣を出して練習してみると想定外に難しい。
自分の足で歩きながら練習するのとは全然違う。
馬の走るスピードでバランスを取りながら集中しようとすると、ちょっとしたところで馬とタイミングがズレて落ちそうになる。
これは無理だ。
今の私には難し過ぎる。
剣は握らずに、手綱をしっかりと握らないと振り落とされる。
この状態で水滴を出すには、どうすればいいだろうか?
杖も剣も無いけど、視線の先に杖があるとイメージするしかないな。
空中に小さな水滴を生み出す。
今まで何度も水球を作ってるしいけるだろう。
宙を睨んで、空中に水滴を浮かべる。
おおっ!
ちゃんとできた。
今までのようなひと抱えもある水球ではなく、指先ほどの小さな水粒が宙に浮いている。
今まではこの水粒を壊さないようにそっと動かして皆んなに飲んでもらっていた。
今回はこの水粒を前に飛ばす。
パシャッ。
水粒が弾けて割れた。
新しい水粒を作って試すけど、同じように割れる。
なかなか難しい。
力加減だろうか?
飛ばそうとして力を込めると割れる。
水粒を投げるイメージか?
またしても割れる。
水滴を押すイメージだと、前に進むけど遅い。
爪で弾くイメージだとパンっと割れる。
口で吹くイメージだと霧になる。
吹き矢のイメージだとちょっとはマシになった。
……ただ、つい自分の口までタコ口になってしまう。
前には飛ぶんだよ。
しかし、戦闘に使えるような技じゃない。
割れないように硬い水をイメージする必要があるのか?
水でできた石。
石のような水。
何となく今までの柔らかい水じゃなくて、しっかりとした水弾になったような気がする。
あぁ、水にも色々あるらしい。
柔らかい水、硬い水、粘性のある水。
色、味、香り。
面白いほど応用が効く。
……そういえばハクも熱に強い金属とか、軽い金属とか言ってたな。
重い水、軽い水なんかも作れるかも知れない。
熱い、冷たいはハクが剣を冷やして実演してたし。
ふふふっ。
楽しくなってきた。
まずは硬い水だ。
これを弓のような速さで飛ばすことができれば、何でもできる。
弓か。
弓弦を引いてから射るイメージの方が合うか。
力を溜めて放つ。
ピシュン。
お、上手くいった。
バレないように、もっと小さな水粒をもっと速く撃つ練習をすればいいだろう。




