第二百十七話
「お二人とも素晴らしいです。
昼間の白鬣大猩々に続いて、三頭の森林熊狼を倒されるとは。
これで何人もの旅人が助かります。ありがとうございます。」
アザリアが魔法鞄から森林熊狼を取り出して説明すると、テラコスが感激してお礼を言った。
「冒険者として魔物を倒しただけです。
警戒してて良かったです」
テラコスの言い方だと、この熊狼に旅人たちがずっと悩まされていたというニュアンスだったけど、私たちにとっては夜間に襲ってきた魔物という情報以外、何も無い。
しかも事前に予想してて、予想が当たった。警戒していた通りに倒しただけだ。
「半年ぐらい前から、月に一回ぐらいの頻度でこの辺に現れるって噂だったんだ。
ただ、実際に確認した旅人がいなくてな……」
横にいるレスターが悔しそうに俯く。
恐らく逃げ出した獣人から聞いたのだろう。
夜中に森林熊狼が襲って来たら普通の商人や旅人ではどうしようもない。
……それにしても半年前か、嫌なタイミングだ。
「私たちは暗いところでの魔物との戦いに少しは慣れてますから」
「それでも森林熊狼と言えばBランクの冒険者が複数パーティで山狩りを行なって討伐するような魔物です。
お二人がBランク間近と言われても簡単に倒せる相手ではありません。
本当におめでとうございます」
……今回は武器が良かったから、なんて言える雰囲気じゃないな。
「私一人では三体を相手にできません。
私を置いて行かれたのは、本当に策がおありだったのですね」
アザリアもハッタリが効きすぎたぐらい神妙にしてる。
「素晴らしい功績のところでお金の話をして申し訳ないのですが、今回の買取はいかが致しましょうか?」
テラコスがクフフと笑いながら、揉み手して聞いてくる。
「相場が分からないので、お任せでお願いします。
どんな素材として使えるかも知らないんです」
「あら、ユンヴィア様にしては珍しいですね。
森林熊狼の毛皮は大きくて丈夫なので、荷馬車の幌や船の幌に使われます。
使い道が限られますが長期的に使われる素材なので、高値になりますの。
それから、脚の骨は長くて硬いのでこれも馬車などで使われる部品に加工されます。
なのでユンヴィア様が切断された前脚は減点ですね。
脚を斬り落とせる冒険者も少ないと思いますが、今後注意して頂けるとより高値の買取になります」
「はぁ、それは残念でした。
咄嗟にそんな余裕はありませんが、覚えておくことにしましょう」
「一頭あたり金貨二百枚でいかがですか?」
竜の洞窟で狩った重野牛や闘水牛が一頭あたり金貨五十枚だった。
あれは肉も皮も素材として需要があった。
「少し高過ぎるような気がしますが、何か理由が?」
「実はこの尻尾も魔除のアイテムとして人気があります。これだけ立派な尻尾なら、高く売れますわ」
悪戯がバレた子供のような顔をしてテラコスが笑うので、高過ぎる買取額ではないようだ。
「その金額でお願いします」
「買取証を発行しますので、お支払いはニーグルセントに着いてからでもいいでしょうか?」
「結構です。
護衛を受けなくてもニーグルセントへは行きますので、向こうで払ってください。
私も金貨のような重いものを増やしたくないです」
「私も旅の途中であまり持ち合わせが無くてすみません」
魔法鞄のような物を持ってないと、仕入れ時の支払いだけでも大変なことになる。
普段から買付け用に金貨を持ってないといけないが、大量の金貨は重い。
テラコスは持ち合わせが無いと言ってけど、多分、これぐらいの金貨は持ってるはずだ。
魔法鞄にどれぐらいの金貨を持ってるか見せるのを避けたのだろう。
今まで意識してなかったけど、こんな道中で何百枚もの金貨を持ち歩き、魔物の死体を買取るテラコス商会は確かに豪商なのかも知れない。
森林熊狼を倒したことで、テラコスたちは余裕ができたのだろう。
中座した食事を再開してゆっくりと時間を過ごしてから解散した。
私たちは二人で交代して夜の番。
テラコスの商隊は護衛たちが二人ずつ、三交代で火の番だそうだ。
私が先に寝ずの番をしていると、向こうの第一陣が焚き火のところにやって来た。
「よぉ、ホントに休んでていいんだぜ?」
「えぇ、ありがとうございます。
まぁ、北進公路の様子が分からないので夜番してみます。何か気づくことがあるかも知れないですし」
レスターがもう一人護衛を連れてきて言った。
夜番についてはテラコスも、テラコスの商隊で交代で実施するので休んでください、と言っていた。
何かあれば気づくだろうし、そうしようかとも思ったけど、北進公路の初日だし様子見のために夜番することにしただけだ。
「私たちが倒したような魔物が夜中に襲ってきたらどうするんですか?」
「まぁ、今回、お前たちが倒してなかったらどうしてたかな……。
二人組、三交代は変わらないが、休むメンバーも装備はつけっぱなしで、半数はテントの外で寝てただろうな」
「それは森林熊狼を警戒して、ですか?」
「そうだ。
前から出るって噂だったし、ここにテント貼るんだったら警戒して当たり前だろう?」
「それじゃ、何でこんな危ない場所に合流したんです?」
「……それは、たまたまだ。
お前たちと別れて、お前たちに何かあったら辛気臭いだろうが」
「ふ〜ん。
そうですか。ありがとうございます」
テラコスたちは元々森林熊狼を倒すつもりだったということだろう。
こちらから巻き込んだとしたら申し訳ないけど、元々そのつもりがあったのならそこまでの気遣いはいらない。
「それにしても、まさか二人で森林熊狼を退治するとはな。
お前ら一体、何者だ?」
「Cランク冒険者ですよ」
「森林熊狼はCランクには倒せない。
Bランクでもちゃんとパーティ組んでなきゃ倒せないんだよ」
「まぁ、私たちはもう少しでBランクですから」
「誰かの依頼か?」
「誰か?」
「この北進公路の流通を止めたくない貴族からの依頼とか?」
「へぇ、そんなに依頼もあるんですね」
「あるいはどこかの商会からの依頼か」
「ある意味現実的ですね」
「でなきゃ、急に現れて昼間に調査して、夜、出現と同時に退治っておかしいだろ?」
「確かにそう考えると私たちは怪しいですね」
「だろ?
もう魔物を倒したんだから、コソッと教えてくれよ」
……レスターってこんなキャラだったのか?
ずんぐりして人懐っこいキャラだったのに、森林熊狼を倒して逆に怪しまれた感じか?
「偶然ですよ。
私たちみたいな子供にそんな依頼を入れる貴族や商会はいませんよ」
「……ん〜。
そうだよな。お前らみたいな子供なのに凄腕の冒険者がいたら絶対噂になってるし、余計に目立っちまう。
今回は俺らだったからいいけど、他所の商会だったら手柄や素材を奪おうとして争いになってる可能性もあるよな」
「やっぱり。……そうですよね。
私たちだけだと、襲われる可能性もありますよね?」
「はぁ?
よく分かんねぇけど、お前らみたいなガキが森林熊狼の死体を持ってたら、襲いそうなヤツらはいるだろう。
自分では倒せなくても、お前らみたいな子供相手だったら何とかなるって勘違いするヤツもいるからな」
「面倒ですね」
「そうだな、って結局、依頼はどうなんだよ?」
「依頼なんか受けてませんよ。
たまたま北に行ってみようと思っただけですから。
ついでで倒した魔物は売り払って終わりです」
「そうなのか?」
「そうですよ。
なんてったって北進公路は初めてですから。
こんな野営地に昼間の白鬣大猩々みたいな魔物が襲って来たら大変だろうなって調べただけですよ。
警戒だけで、まさか本当に現れるとも思ってませんでしたし」
「そいつはまた、運が悪かったな」
「えぇ、何もなければ良かったんですけどね」
「ふはは。
お前たちの運が悪くて良かったぜ。
お陰で俺たちはゆっくりと休めるんだからな」
レスターが妙に晴れ晴れとした顔で言うと、脇の方で炙ってた肉を削いで一切れ串に刺して寄こす。
「これはお礼だ。
ありがとうよ」
「そうですか。
それじゃ、遠慮なく頂きます」
レスターのくれた肉は少し胡椒の強い肉だった。




