第二百十六話
「すみません。
少し席を外させてもらいます。
テラコスさんは馬車で待機しててください。
念のため、いつでも逃げ出せるように馬車の準備を。
アザリアさんとレスターさんはここから先、森に向かって焚き火を何ヶ所か広げて警戒をしてください。
マズそうな場合は必ず連絡します」
「えっ?」
「ちょっと待て。
魔物か?」
「二人では危険だ。
私も行く」
「暗闇の中なので、確認しに行くだけです。
昼間少し気になる足跡を見つけたので、警戒してたんです。
何かあった場合、アザリアさんには森の中ではなく、森から出て来たところを叩いて欲しいので、フォローをお願いします」
「……いや、来るとしたら森林熊狼だ。しかも、複数。
二人では無理だ」
私から簡単に計画を説明したけど、アザリアが即座に反対する。
「やっぱり熊狼でしたか。
足跡の形と大きさでそうかなぁと思ってたんです」
ネグロスが間に入って一旦間を取ると、私が再度計画を説明する。
「一応、そうかなぁと思って罠を仕掛けてあるんです。
三人で行っても連携できないと危険なので待っててもらえませんか?」
「しかし、昼間の白鬣大猩々では、とどめは私が……」
「実は秘密の技があるんです。
だから二人だけの方がありがたいです」
「しかし、……」
「ではテラコスさん、こちらは任せますので、宜しく頼みます」
アザリアはまだ納得していなかったけど、後をテラコスに任せて二人で森に向かう。
レスターはすぐに護衛のメンバーに声をかけて動き出した。
それ以外は見ずに、アザリアを置いて二人で走り出す。
「あんなに言って大丈夫か?」
「まぁ、敵わなかったら、ごめんなさいってすぐに戻るさ。
その場合はまた別の作戦を考えないとな」
「そうだな。
アザリアさんも複数って言ってたし、昼間みたいな間抜けなのは避けたいからな」
「あぁ原生樫と十字戟でどれだけ違うか分からないけど、サポートを断ってやるからにはしっかりと倒さないとな」
そう言いながら、昼間に見つけた足跡に向かう。
恐らく、足跡と同じルートで降りてくるはずだ。
森林熊狼は熊のように大型で脚の太い狼で、今回の獲物は足跡からの予想では全長三メートル、体重三百キログラム。
三頭で群れを作って行動している。
サイズ的には昼間の白鬣大猩々と同じような魔物だ。
昼間は原生樫の剣が弾かれてダメージが入らなかった。
できれば原生樫を使いこなして倒したいところだけど、そんな余裕は無いので、私は十字戟、ネグロスも双牙刀で行く。
夜中だし、森の中だし、二人だけだから解禁する。
これで歯が立たなかったら、本当に間抜けだ。
「いたぞ。三頭」
「確認した。
落下池」
こちらに向かって獣道を降りて来る三頭の森林熊狼の足元に落し穴ならぬ、落し池を作る。
落下池の大きさは直径五メートル。
三頭の内、中央の一頭が池に嵌まり踠いている。
コイツは無視だ。
「右へ行く!」
「分かった。左へ行く」
左右に別れた二頭をネグロスと私が個々に対応する。
右の一頭はネグロスに任せて左の一頭を追おうとしたら、その一頭がすぐにこちらに向かって来る。
……落下池に腹を立ててるのか、短気な熊狼だ。
トンッ、トンッ、ここ!
森林熊狼が土を蹴るタイミングに合わせて前脚を払うようにして斬ると、両前脚を失った熊狼が派手に横転する。
三百キログラムの塊が大木にぶつかったところで、その体に飛び乗る。
首元を掻き斬るようにして十字戟を一気に薙ぎ払うと、熊狼の首が飛んだ。
よし!
これならネグロスも問題無いだろう。
落下池に嵌った一頭を仕留めるために、そちらに向かう。
ちょうど、反対側からネグロスが戻って来る。
「順調だな」
「あぁ、思ったよりも簡単だった」
二人してお互いの状況を把握すると、そのまま落下池に向かうと、一頭の熊狼がまだ池の中を犬掻きしてる。
「この落下池は結構深いんだな」
「そうみたいだ。こんなに使いやすいとは思わなかった」
「どうする? しばらく待つか?」
「……攻撃が届かないな」
「あ、ちょっと試してみてもいいか?」
「あぁ、いいけどあまり変なことを試すなよ」
「当然だろ。
疾風圧壊!」
魔法を唱えると、ネグロスが風になって熊狼に突っ込み、二刀の突きで頭を砕き破った。
「げぇっ」
……力任せの突撃技だ。
あれは使いどころが難しい。
何はともあれ、三頭の森林熊狼は倒した。
これで今夜は平和に休める。
問題は、三頭をどうやって野営地まで持って帰るか?
こればっかりはどうしようもない。
魔法鞄を持ってることをバラしてしまうか?
それか、三百キログラムを担いで運ぶか?
……仕方ない。
少しでも隠しておいた方が無難だ。
三百キログラムの熊狼を担いで戻ろう。
「魔法鞄は隠しておきたいから、担いで帰ろうか」
「そうだよな。
仮にバレてたとしても、もうしばらくは装備を隠しておいた方がいいと思う。
……ということは、三頭目は?」
「流れだと、私が運ぶのが順当だな……」
「そうだよな。
二頭倒した俺と一頭のユンヴィアだと、俺の勝ち。
負けたユンヴィアが運ぶ流れだなぁ」
ネグロスがニヤニヤしながら寄って来る。
「だからネグロス、テラコスとの買取交渉を頼む。
森林熊狼が三頭だから大したことないと思うけど、都度都度の買取交渉にしたから、買取ってもらうか、ここに捨てていくか交渉しなきゃならないんだ」
「ぐへぇ」
一応、下手に出て伝えてみたけど、ネグロスが変な声を出した。
「俺、無理。
あんな面倒なことしたくねぇ。
いっそのこと、ここに捨ててくか、魔法鞄に入れて隠しとこうぜ」
「その場合も、アザリアさんが探しに来るだろうし、その後で礼金交渉があるよ。
隠したら追及されるだろうし、もっと面倒だ」
「分かったよ。
それなら一頭ずつだけ持って帰ろうぜ。
最後の一頭はユンヴィアが買取交渉してる間に、俺がアザリアさんと一緒に来て魔法鞄に入れてもらおう」
「まぁ、それでいくか。
取り敢えず、この池の一頭を引き揚げよう。
引っ張り上げないとどうしようも無い」
……それから、倒すよりも苦労して森林熊狼を引き寄せると、ネグロスがビシャビシャな死体を担いで野営地に戻った。
自分の倒した獲物を運ぶのが基本だろ、とネグロスが言ったからだ。
私は自分の倒した前脚の無い死体を担いで、二人で獣道を帰った。
「おいっ!
バレットとユンヴィアか?」
暗闇の中、森から森林熊狼を担いで帰って来た私たちにレスターが怒鳴り声をかける。
「えぇ、バレットとユンヴィアです。
そこに獲物を置くので危ないですよ」
レスターが心配して駆け寄って来るけど、それよりもまずは獲物を下ろしたい。
三百キログラムは流石に重い。
私たち二人が獲物を下ろすと、アザリアも寄って来て安堵の息をつく。
「無事で良かった。
本当に森林熊狼を倒したんだな」
「まぁ、何とか倒せました。
私はテラコスさんに報告に行くので、レスターさん、案内をしてください。
アザリアさんはもう一頭の死体をネグロスと一緒に行って持って来て頂けませんか?」
「やはり、……もう一頭も倒したのか?」
「はい。倒しました。
ただ、運べなかったので、森の中に置いたままです」
「そうか。
だが、その一頭は明日の朝だな。
まずはこのまま二頭を運んでテラコス様に報告だ」
アザリアが一声かけてから魔法鞄に二体の森林熊狼を仕舞う。
三頭目の死体はいらないのか? と不思議に思ったけど、アザリアだけが隔離された状態になることを避けたんだと、後になって気づいた。
こちらが完全に気を許してないのと同じように、テラコスたちも私たちを警戒しながら距離を縮めてる。
アザリアがテラコスの側を離れるのは、完全な信頼を得ないと有り得ないだろう。




