第二百十五話
「うふふ。
私はただの行商人ですよ」
いつの間にか夕焼けが辺りを赤く染めている。
その夕焼けに照らされながらテラコスが妖艶に微笑む。
「アザリアさんはまだ来られていないので、陰口みたいでイヤなのですが、……彼女は何者ですか?」
「気になりますか?」
「そうですね。
あれだけ強い方には数える程しかお会いしたことがありません」
「ふふっ。
お上手ですわ。
初めてでは無いのですね。
私も彼女ほどの猛者は数人しか知りません」
お互いにはぐらかしながら、手の内を探る。
こちらにはテラコスにとって有益な情報は無いし、向こうもこちらに明かす必要は無いので、本当にお遊びのようなものだ。
切れるカードが無い状況で、何がカードになるかを探る。
「麦の行商を行いながら趣味で何か集めておられるのですか?
彼女と一緒に迷宮に潜れば、もっと高値で売れる貴重な神授工芸品が手に入りますよ」
「神授工芸品ですか?
確かに欲しいものはありますが、手に入るかどうかは運次第とお聞きしました。
運に自信が無いので、地道に行商をさせて頂いていますの」
ふふっと笑う顔はやはり楽しげだ。
彼女もゲームと分かって付き合ってくれている。
「これはなかなか手厳しい。
私たちのような冒険者でも、ときには一日で金貨五百枚ほど稼ぐこともありますよ」
「えぇ、それは存じています。
そしてそれは偉大な活躍だと思っています。
ですが、私にはできませんし、アザリアには個人的な活躍よりも皆んなを助けるような手伝いをしてもらいたいと思っています」
それは謙遜や自虐でも無く、自信の現れだろう。
クスリと笑って私の目をジッと見るテラコスの信念に近いものを感じる。
テラコスはただ儲けのために行商をしている訳ではなく、個人と個人を繋ぎ助けたいからこうやって荷馬車で移動している。
「出会えて良かったと思います。
そのような信念をお持ちでしたか。
決して行商を軽んじた訳ではありませんが、先ほどの失礼な物言いをお許しください」
「いえ、気にしておりません。
むしろ、こんな行商人の戯言を真に受けられるとこちらの方が照れてしまいます」
そう言って少し顔を伏せる。
確かに言葉の上でだけ人を助けたいと言っているのかも知れないし、私が騙されている可能性がない訳ではない。
しかし、アザリアが商隊を離れて白鬣大猩々を倒しに行っても止めなかった。
今、敢えてこの野営地の全体の中では危険度の高い場所にテントを張っていても、文句を言わないでいる。
……きっとこの北進公路を何度も通っててこの野営地についてよく知ってるのに何も言わずに危険を引き受けている。
私たちのような子供の冒険者と仲良くしてもいいことはないのに、アザリアの見立てだけでわざわざ私たちを探して合流するような物好き。
もう少し付き合ってみてもいいだろう。
そこへ他のメンバーの食事の準備が終わったアザリアとレスター、御者のサーペンティが加わって来る。
「テラコス様、遅くなりました。
食事の方は進んでいますか?」
「えぇ、お二人の稼ぎを伺っていたところです」
テラコス戯けて見せると、焚き火の周りをテラコスの隣にサーペンティ、アザリア、レスターと座って、ネグロスに続く配置になった。
「いやぁ、バレット、ユンヴィア、狩りが順調で良かったな。肉のお礼に今晩は俺たちがお前たちの分も夜の番をするから、ゆっくり休んでくれ」
木の板に座ったレスターがガハハと笑いながら猪の腿肉に齧り付く。
「お肉はどんどん食べてください。
夜の番は俺とユンヴィアも混ざるので気遣いは入りませんよ
初対面の獣人に夜の番を任せる方が怖いです」
さっきまで黙っていたネグロスがレスターに答えて笑い返す。
「それにしても、俺たちと別れてからここまで来て、狩りをして火を起こして、……お前らどんだけ頑張ったんだよ?」
「迷宮潜ってたら戦い続けみたいなときもありますから、それよりはマシですよ」
「腕前は見たけど、本当に冒険者だったのか?」
「そうですよ。
これでも冒険者です。ライセンス証もありますよ。
……見せませんけど」
「何だよ、見せてくれねぇのか?」
「それじゃ、レスターさんのライセンス見せてくれますか?」
「う〜ん。また今度見せてやるよ」
「ほら、自分だって一緒じゃないですか?」
「ランクとか発行ギルドとかって恥ずかしいだろ?」
「ランクだけ教えてくれたら後は聞きませんよ」
「ランクはCだ。
でも、言っとくけど昔の話だからな」
「分かりました。
俺もCなんで、同じですね」
「くっそ〜。
これだからガキは嫌なんだ。
ランクが同じでも経験とか持ってるものが違うんだよ」
「本当にCランクですか?」
ネグロスたちの会話を聞いていたテラコスが、小声で私に確認してくる。
「えぇ、私もバレットもCランクです」
「いえ、商売柄、お二人のような年齢でライセンスを取得した。またはCランクになったとなればすぐに噂になりそうなのですが、聞いたことがなかったので……。
てっきり、ライセンスをお持ちじゃ無くて冒険者の知り合いがおられるだけだと思ってました」
「あぁ、確かにそうですね。
多分、私たちはまだ噂になってないと思います。
でも冥界の塔で階層主の双頭番犬を倒しましたよ」
少し自慢げにこちらのカードを切って見せる。
「双頭番犬?
まだ数件しか討伐例が無いはずですが……」
あのときの討伐証明はハクが持ってる。
ここで見せたら面白かっただろう。
代わりに冒険者ギルドのライセンス証をテラコスだけが見えるようにして、手元に出して見せると、テラコスがハッとした。
「レドリオン領で発行?」
「えぇ、そうです」
「いえ、そんな。
Cランクでなくても、お二人のような年齢だったら必ず情報が入ってきます」
「私たちがライセンスを取ったのは二週間ほど前です。
タイミングがズレたのかも知れませんね」
テラコスの慌て方が面白くてつい追加の情報を出してしまった。
「えっ? ライセンスを取ってそんな短期間ですぐに昇級しないはずです」
「そうですね。
でも私たちは最初からCランクのライセンスなので問題ありません」
「まさか……」
「本当です。
ついしゃべり過ぎてしまいましたが、本当ですよ。
今度レドリオンに行ったら調べてみてください」
「えぇ、そんな新人が現れたら必ず噂になっています。
すぐに確認できますわ」
テラコスは少し冷静さを取り戻したようだけど、ただの麦の行商が冒険者の情報にそんなに敏感なはずが無い。
彼女は神授工芸品を取り扱ったり、行き先によっては冒険者ギルドで護衛を依頼することがあるみたいだ。
きっと新人が現れたら情報を調査して信頼できるかどうか精査してるのだろう。
問題はどんな仕事を依頼しているか? だけど、まだ情報が少なすぎる。
アザリアほどの騎士? を側仕えにするにはそれなりの理由があるはずだし、それはかなりの危険があるからアザリアが必要なはずだ。
今日、北進公路を往来する馬車を観察したけど、テラコスたちのような中規模の商隊でこの人数の護衛は用意していない。
馬車一台につき御者台に一人、横に並ぶ馬に乗って一人、合計二人も護衛がいたら収支が合わない。
別に戦闘力自体は無いよりもあった方がいいけど、問題は使い方。
魔法鞄に薬物を入れてたり、魔水薬を買い占めてるような商会だったら深入りしてはいけない。
どうしようかと考えてたら、ネグロスが顔をこちらを見る。
……予想が当たったようだ。




