第二百十四話
私たちが野営場所を確保して、焚き火で肉を焼いてると少しずつ周りに馬車が集まって来る。
やっぱりこの辺の平地が野営地として人気があるようだ。
広い場所が確保できて、森の木々から離れている。
視界が確保できて、他の馬車も集まってくるから集団で防衛しやすい。
お昼の騒動じゃないけど、夜中に魔物が襲って来て倒せないと全滅する可能性さえある。
単独の魔物ならまだしも、集団で襲って来たらこちらも団体で応戦しないと対応できない。
商隊によって色々な考え方はあると思うけど、不文律で助け合うようになっているのだろう。
お互い様というやつだ。
そんな広場の中心から外れた場所で私たちは火を焚き、肉を焼いている。
中心は大きな商隊と個人で旅する旅人たちが使えばいい。
私たちのような冒険者やテラコスたちのような中規模の商隊がその周りを囲むようにして独立して野営する流儀のようだ。
「テラコスたちは私たちに気づくかな?」
「そうだなぁ、中心よりも先頭付近に場所を取ったし、早めに場所を確保して北進公路の近くで野営されたらすれ違いだな」
「そうだよな……」
「まぁ、いいんじゃないかな?
その場合は明日の朝、合流できるかも知れないし」
「あぁ、そうだな。
その場合は仕方ないな。
多めに狩った肉は明日も食べられる」
「ぐぅ……。
今日は負けたけど、明日は勝つからな」
昼間の狩り勝負。
大物を求めて兎や野鼠を無視したネグロスは鹿と追いかけっこを続けて一頭の野鹿を仕留めた。
私は兎を追いかけてる際に猪に追われてこれを撃退し、すぐ奥にいた二頭の猪も捕まえたので、結果三頭の猪と二羽の兎を狩った。
一刻という短時間にしてはとても運が良かった。
総重量でも捕獲数でも私の勝ちでネグロスが食事の準備をすることになった。
それで今はネグロスが自分で狩って来た野鹿を捌いて遠火で炙っている。
私は馬馬をブラッシングしながら、北進公路をテラコスたちが通らないか眼を凝らしている。
「もうしばらくすると陽が落ちて探すのも難しくなるな……」
「あぁ、そうだな。
でも縁があればきっと会えるさ」
「まぁ、そうか」
せっかく良い場所に野営地を確保したのに、再開できないことを残念に思ってると、軽快に馬を走らせるアザリアが見えた。
「来た!」
「えっ、ホントか?」
私が告げるとネグロスが驚く。
私の視線の先では、テントを貼る場所を探す他の馬車を擦り抜けるようにしてアザリアがこちらに向かって来る。
立ち上がってアザリアに手を振る私たちと視線が合うと、向こうも手を振り返す。
「向こうも気づいたみたいだな」
「あぁ、待ちくたびれた」
小声でネグロスと話すとアザリアがすぐ近くまで寄って来る。
「やぁ、バレット様、ユンヴィア様。
順調な旅路のようですね。
テラコス様がお二人との合流を希望されているのですが、私たちの馬車まで、もしくはこちらに私たちの馬車を寄せても宜しいでしょうか?」
私たちのような子供に対して丁寧な言葉使いを変えないアザリアはどのような素性なのだろう?
私たちが貴族の子と知っているのだろうか?
ふと不思議に感じたけど、そんな気持ちを見せないように笑顔で迎え入れる。
「勿論です。
こんな端っこで良かったらご一緒しましょう。
中心の方は落ち着かないので、端の方になってしまいました」
こちらが勝手に場所を決めていたので、少しだけ控えめに提案する。
「ありがとうございます。
いい場所だと思います。
テラコス様をお連れしますので、しばらくお待ちください」
アザリアは私たちの返答と場所を確認すると踵を返して、北進公路へと戻って行く。
馬に乗るのも手慣れた様子だ。
馬に乗っていると、あの黒刀の鞘が目立つ。
黒地の鞘には上に細かな金属細工がされていて高価そうだ。
アザリアの身のこなしに隙が無く、お飾りの剣ではなく実用の剣だとハッキリと分かるので近づく者はいないだろう。
「彼女は何者なんだろうな?」
ネグロスも同じように感じたらしい。
後ろ姿を見て、感想を呟く。
「あぁ、彼女もテラコスも一体、何者なんだ?
アザリアが魔法鞄を持ってるから馬車が無くても荷物を運べると思うんだけど、馬車で麦を運び白鬣大猩々は仕舞っている。
テラコスも魔法鞄を持っていそうだし、アザリアの腕があれば魔物を狩り放題だ」
「言われてみれば、そうだな。
変な筋じゃないといいけど……」
「もう少し様子を見る必要がありそうだな」
アザリアの後ろ姿から視線を外すと、焚き火と肉の量を増やすために鹿と猪の方に歩き出した。
猪の肉も焼き始めた頃にアザリアがテラコスの先導をして戻って来た。
「お待たせしました」
アザリアの動きは疲れを感じさせない。
「こちらへどうぞ。
馬車は奥の方へ。
肉を焼いてますので、野営の準備が終わられたら一緒に食べましょう」
「おぉっ、肉じゃねえか。気が効くな」
疲れた雰囲気のレスターが焼いてる肉を見て上機嫌になった。
何もなくても大勢の移動はそれだけで大変だったんだろう。
「テラコス様、バレット様とユンヴィア様が既にお肉を焼いておられるようなのですが、いかが致しましょうか?」
「分かりました。
こちらも肉や果物を用意させて頂いて、ご一緒致しましょう。
皆んなが食べにくいのも困りますので、焚き火は全部で三ヶ所にします。
まずは私も挨拶に伺います」
テラコスが指示すると一斉に野営の準備と食事の準備が始まる。
この一団の主人はテラコスだと実感する。
まだ若い彼女だけど、指導者としてこの商隊をまとめている。
「ここに肉や薪があるので、自由に分けてください。
人数が多いので割り振り方はお任せします」
テラコスたちのルールが分からないので、取り敢えず丸投げだ。
「合流できて嬉しいです。
それではご一緒させてもらいます。
と、今日は大漁だったようで、おめでとうございます」
テラコスが私たちが狩った鹿と猪を見て微笑みながら上品に歩いて来る。
「私たちの分は用意してあったのですが、これですと食後の果物ぐらいしか必要ありませんね……」
顎に手を当てて少し逡巡する様子を見せたけど、何かを割り切った様子で微笑むと私の隣の木の板に座った。
焚き火を囲んで私の右にネグロス、左にテラコスが座っている。
多分、この後、アザリアとレスターか、御者のサーペンティがやって来るだろう。
「随分としっかり準備をされたのですね?」
「えぇ、まぁ、この辺りの道も森も知らないので、少し奥の方まで行ってきました。
偶然、猪がいたので皆さんの分も用意できて良かったです。
早速、こちらの鹿の肉をどうぞ。
塩胡椒とオレガノで臭い消しをした程度ですが、お召し上がりください」
「ありがとうございます。
では頂きます。
……美味しい。
料理もお上手ですね。
戦闘だけじゃ無くて色々とお出来になりますのね?」
テラコスが躊躇わずに鹿肉に齧り付いて咀嚼すると満足そうな顔でお世辞を言ってくる。
「料理はたまたま狩りが上手くいったからです。
戦闘の方もまだまだなので、こうして旅に出て見聞を広めたいと思っています」
「レスターからBランク目前と聞きましたが?」
「先日、レドリオンの迷宮でBランクの先輩にそう言われたので、調子に乗ってそう言ってます」
「うふふ。
いいですね。
きっと色々お有りになるのでしょうが、それをひけらかされないのがいいです」
テラコスからの評価がうなぎ登りだ。
豪商の娘は一体何を見て評価してるのだろう?
それとも、これも表向きのお世辞だろうか?
「そんな風に見えますか?」
「はい。
お若いのにしっかりとした教育を受けておられるようにお見受けします」
「ははは、買いかぶり過ぎです。
私なんかより、テラコスさんの方が色々と謎が多そうですよ」
このままだと終始テラコスのペースだし、テラコスの好きな化かし合いに挑戦してみるとしよう。




