第二百十三話
レドリオン領から北部の街ニーグルセントに向かって北進公路を進む。
ついさっき、テラコスの護衛のレスターと話してて知ったところだけど、今、北に向かって馬車を走らせているのが北進公路。
北進公路はレドリオンからニーグルセント、更に北のモーリョツォ、ダテコアといった街まで続いている。
ニーグルセントからは北都古戦道が東に伸びて、東の犬人の国アヌビシェへと続いている。
古戦道と呼ばれるのは途中にある街、エフェメラが古代から何度も繰り返された迷宮戦争の舞台だからだ。
昔はエフェメラ周辺に幾つかの迷宮があり、その資源を巡って猫人と犬人が戦争を繰り返していた。
その戦争を止めたのが狼人の勇者アレス。
アレスはエフェメラ周辺の迷宮を破壊して戦争の元を絶った。
勇者アレスが得意とした聖魔法は中央のエレファンティスで聖光教として獣人の信仰を得ていて、エフェメラの迷宮跡は聖光教の聖地としてされている。
北都古戦道沿いには古い遺跡が何ヶ所か残っていて、四つの国からセルリアンス共和国ができ上がった今も、迷宮戦争の歴史を感じることができるらしい。
「この商隊はどんなルートで商売を行なっているんですか?」
「どうしたんだユンヴィア?
商売に興味が沸いたか?」
私が真面目な顔でレスターに聞くと隣で馬を走らせているネグロスが茶化してくる。
「行き先は都度都度で違う。
商売に正解はないからな。
テラコス様が季節や流行などを考慮して仕入れるものや寄る街を決められるんだ。
ときにはニーグルセントやレドリオンに長期滞在することもあるから、何とも言えんな」
「今回は?」
「レドリオンで大麦を仕入れたからニーグルセントに戻るはずだ」
レスターは頼られて嬉しいのか、親分肌なのか、最初はとっつきにくい雰囲気だったけど、すぐに距離感が縮まった。
「こんなに平和なのに何で俺たちまで護衛に追加したいの?」
「さぁ、それは分からんが護衛も楽なばかりじゃ無いかぞ。
昼間はいいが夜の見張り番は大変だし、さっき言ったエフェメラに行くときなんかは護衛を増員するからな」
ネグロスの疑問に対してもレスターが真面目に答える。
「こうして大通りを旅してるだけだと迷宮に比べたらヒマなんだよな……」
「ふはは、お子様だな。お前たち。
安全に旅するのが護衛の仕事なんだよ。
俺たちが戦ってばかりの危険な旅じゃ失敗だ。
ルートの選び方、通行するタイミング。休憩するのだって場所とタイミングを外すと大変なことになるんだぜ」
何だか上から目線のレスターがムカつくけど、彼の言う通りだろう。
狩りと護衛じゃ仕事が違う。
「だから余計に不思議なんだよ。
何で俺たちみたいな子供に大金払ってヒマな仕事をさせるんだ?」
「だから、分からねぇって言ってるだろ。
強いて言えば、危険のない旅で敢えて試験してるんだよ。
お前たちがどれだけできるのか?
これから長く取引を続ける価値があるか?
テラコス様やアザリアさんの考えることは難しいから合ってるかどうかは分からんがな」
レスターがずんぐりむっくりした身体を揺すりながら髭を撫でる。
危険のない旅で試験か……。
そういえばアザリアは私たちが若いから縁を大事にした方が、とか言ってたな。
これから伸びるかも知れない未来への投資ってことか。
「そういや、俺たちはまだ正式に護衛になった訳じゃなかったよな」
ネグロスが私の方に向かって尋ねてくる。
「あぁ、当面の条件は決めたけど、護衛をすると決めてはいない」
「それなら、ちょっと周りの様子を見てこようぜ。
どうせテラコスたちは北進公路をゆっくりと進むだけだし、仮にバラバラに別れたところで問題ない。
先回りして野営場所を探すのも有りだろ?」
少し喧嘩を売ってる気がしないでもないけど、安全な旅なら別行動も有りだな。
「おいおい、変な場所で野営すると大変だぞ」
レスターが親切に注意してくれる。
結局は何だかんだと世話焼きな獣人だ。
「二人だけならどうにでもなりますよ」
「ホントに大丈夫か?」
「これでもBランク目前の冒険者ですから。
では、また後ほど」
レスターに向かって軽く手を振るとそのまま一団から離脱して駈歩で馬を走らせる。
「本当に行ってしまうとは……」
レスターが何か呟いたような気がするけど、蹄の音にかき消された。
「それで、どこまで行くんだ?」
「うん? 考えてない。
取り敢えず肉と薪の確保だ」
「あぁ、そうか。
私たちは途中で適当に狩るつもりだったもんな」
魔法鞄の中には色々と入ってるので、それを使えば別に困らないけど、わざわざ魔法鞄を持ってることを教える必要もない。
「それなら野営地になりそうなところまで行ってから、少し北進公路を外れて狩りでもするか?」
ちょっと考えてネグロスに提案すると、彼も同意した。
「それが無難だよな。
多分、昼間の休憩地みたいな大規模な野営地があると思う」
「そうだな。
それじゃなければ、小さな村があるか?」
流石にこの先について知らないので、どこまで行くと宿があるかも分からない。
これだけの荷馬車が移動してて全ての獣人が途中の旅宿に泊まるとも考えにくい。
そんな風にちょっと心配してたけど、杞憂だった。
ポツンポツンと周辺に焚き火の跡が残ってるし、ダラダラと平坦な土地が続いている。
時折、樹々が密集してる場所があったりもするけど、そんなところで休憩してる荷馬車もいる。
……焚き木があるのでちょっとした休憩に都合がいいのだろう。
裏を返せば、そこまで危険な場所じゃ無い。
どこまでも先に行ってしまうとテラコスたちと合流できなくなりそうなので、比較的広く広がる草地で北進公路から外れて狩りと薪集めすることに決めた。
「生木じゃ燃えにくいし、少しは森に入らないと薪を集めるのも大変だな」
「……この際だから、木を二、三本切り倒して魔法鞄に入れとくか?」
面倒だと思うのはネグロスも一緒だ。
思考が大雑把になってる。
「確かに小枝を集めるより、木を切り倒した方が早いな。
何なら活性水を使って、育てた木の上から少し先まで視認してから切り倒してもいい」
「そうするか。
少し奥に入れば他の獣人にも見られないだろう」
他の獣人に見られるのを避けるために少し森の奥に進むと、すぐに森が濃くなる。
……北進公路に村が無いのは、森から魔物が頻出するからかも知れない。
ちょっと危険を感じた。
それでも、少しづつ森の奥に進み、完全に周囲に獣人の気配がなくなったことを確認してから魔法を使う。
「活性水」
魔法で作った水球を木に押し当てて強引に成長させると、あっという間に木の丈がそれまでの二倍。三十メートル近くまで伸びた。
すかさずネグロスが木を登り始めて、木の上から周囲の景色を確認する。
私も慌てて彼を追って上に登ると、周囲の風景が明らかになった。
視界の中に街は無いし、建物も無い。
ポツポツと北進公路を走る荷馬車が見えるけど、それだけだ。
「何にも無いな」
「あぁ、何も無い」
「この木は目印代わりに、大きいまま残しとくか?」
「それもいいかも。
その辺の木を切れば薪になるし、個人的には目印を残しておきたいな」
「あぁ、それでいいだろう」
結局、巨木を残して近くの木を二本切った。
一人で一本。
ただの木なら原生樫の剣で簡単に切り倒せる。原生樫の練習としてガシガシ切って、それぞれの魔法鞄に仕舞っていくと、すぐに数日分の薪が用意できた。
「肉はこの辺で狩るか?
一刻後に再び集まることにして、二人で競争ってのはどうだ?」
「いいぜ。
どうせなら大物のポイントを競いたい。
だから、狩った獣や魔物の総重量で決めようぜ」
「あぁ、そうだな。
たまにはそう言うのもいい。
負けた方が食事の準備をするのでいいな?」
「負けないぜ」
「あぁ、それじゃ早速始めよう」
私が走り出そうとすると、ネグロスの姿が消えた。
ネグロスはかなり本気らしい。私も本気で行く!




