第二百十二話
「これは立派な白鬣大猩々ですね。
高値がつきそうです」
アザリアが白鬣大猩々の死体を出すとテラコスが近寄って死体を確認している。
慎重に首回りの鬣の毛並みを調べたテラコスは目を輝かせている。
「ええ、とってもいい状態です。
素晴らしいです」
「テラコス様、今回の獲物についてはこちらのお二人にも報酬をお支払いする必要があると思いますが、いかがいたしましょうか?」
喜んでいるテラコスに対して、アザリアがまた顔を伏せて提案すると、テラコスが少し首を傾げた。
「そうですね。
それはアザリアから見てどれぐらいの割合ですか?」
「比率にすると五割でしょうか?
ただ、二人は若いのでこの縁は大事にされた方が良いかと存じます」
「まぁ、アザリアがそこまで言うなんて珍しい。
ちなみにバレット様とユンヴィア様はどのような経緯で旅をされているのですか?」
少し考えながらテラコスは私たちに話しかけてきた。
どう答える?
思わずネグロスと二人で顔を見合わせてしまう。
「二人で強くなるために旅をしています。
ただの冒険者なので、北に行くのも面白そうかなってところですね」
ネグロスが努めて軽く答えるとテラコスが笑った。
「ふふふっ。それはいいですね。
今回の白鬣大猩々、こちらで買い取らせて頂くのに金貨二百枚。
ここから北のニーグルセントまでの護衛を金貨五十枚でお願いできないでしょうか?」
私たちが倒した訳でもない白鬣大猩々の買取りで金貨二百枚。
更に護衛依頼で金貨五十枚とは大盤振る舞いだ。
「白鬣大猩々の分け前として金貨百枚。
しばらく同行させて頂いた上で護衛依頼について判断させて頂き、ご一緒にニーグルセントに到着した際に成功報酬として金貨百枚でいかがでしょうか?」
破格の申し出にネグロスが条件をつけて値下げすると、テラコスが眉間に皺を寄せる
「それはどのような意図でしょうか?」
「北部のニーグルセントまでの道順を知らないので、護衛できるか分かりません。
途中でついて行けずに引き返すかも知れませんので、その場合は費用を頂かない、と言うことです」
ネグロスが説明してもテラコスはまだしかめっ面をしている。
「テラコス様、お二人は縛られるのが嫌と言うことです。
一緒に旅をするのは構わないが、どのように扱われるか分からないので護衛依頼を保留されたのです」
アザリアが自分の解釈を告げると、テラコスがパッと目を開いて納得した。
「そう言うことであれば、その内容でお願いします。
金銭で縛ろうとしたのは失礼でした。
申し訳ありませんでした」
豪商の娘、アザリアほどの腕前の護衛がいる家の娘としては意外にアッサリと詫びの言葉を口にする。
白鬣大猩々の死体に驚いたかと思うと冷静に観察して買取額を試算したり、太っ腹なところを見せたかと思うと無礼だったとすぐに詫びる。
何ともアンバランスなお嬢様だ。
「それでは、これから三日ほどの旅路をご一緒する旅仲間としてこちらのメンバーを紹介させて頂きます」
気を取り直したテラコスが三台の荷馬車の御者と護衛たちを紹介する。
更に個々の馬に乗る護衛がアザリアとレスターを含めて四人。
テラコスの馬車はテラコス専用の馬車らしく、車内にはテラコスだけ、御者のサーペンティと護衛が御者台に乗る。
「今回の護衛依頼では、途中で狩った魔物や手に入れたアイテムはどういう扱いにしますか?」
実際はどういう扱いでもいいのだが、後から揉めるのが嫌なので練習だと思ってテラコスに確認する。
「そうですね。
今回のように大物の魔物を倒すかも知れないですし、都度買取り交渉を指せて頂くことにしましょうか?」
「いいのですか?」
「ええ、できれば優先的に買い取らせて頂きたいですけど、道中でどんな魔物が出るかも分からないので、できるだけ対等に致しましょう」
「ありがとうございます。
では、次に道中で知ったお互いのことを口外しないようにしたいのですが……」
「まぁ、用心深いのですね。
そのように仰ると言うことは、何か秘めておきたいことがありますのね。
えぇ、分かりました。
お二人の使う武器、技などは口外致しません。
こちらの情報については商いの取引先等は口外しないで頂けると助かります」
「助かります。
なかなか難しい情報もありますので、席を外した方が良い場合は遠慮なく仰ってください」
「そうですね。
そこは私たちも注意致します」
こちらからの注文を増やしているのにも関わらず、テラコスはかなりご機嫌だ。
「おかしいですか?
こういうやり取りが楽しくて……、だから行商が好きなんです」
疑問が顔に浮き出てたらしい。
テラコスに指摘されたけど、それでも相変わらず機嫌がいい。
「お互いに秘密を隠しながら一緒に旅をする。
いいですわ。
楽しそうです」
テラコスが両手を握ってウキウキしてる。
まるで新しいゲームを始めるかのようだ。
……恐らく駆け引きが好きなんだろう。
今回の旅ではできるだけ、交渉の練習として付き合ってみるのもいい。
私がテラコスと色々話してるといつの間にかネグロスが離れたところでアザリアとレスターを相手に剣を振り回している。
「おいっ、バレット。
何で私を置いて剣の話をしてるんだ?」
「いや、交渉ごとは任せるよ。
俺はアザリアさんの黒い剣が気になったから」
「それは私もだ。
一人だけ卑怯だぞ」
「聞くのはこれからだから、一緒じゃん」
「おい、お前ら。本当に白鬣大猩々を倒す手助けをしたのか?」
ネグロスとおちゃらけていると、レスターが低い声で突っ込んできた。
「全然歯が立たなかったから、黒い剣が気になってるんですよ」
ネグロスが過剰な評価を打ち払うように言うと、レスターが含み笑いをする。
「なんだ。
そういうことか。
お前らみたいなガキが白鬣大猩々を止めれる訳が無いよな」
レスターが嘲るように言うと、アザリアが止めに入る。
「レスター、止めろ。
二人は本当に白鬣大猩々を止めたんだ。
二人の攻撃で白鬣大猩々の動きが止まったから、私も一撃で仕留めることができたんだ」
「本当ですか?」
アザリアが言ってもレスターは不満げだ。
それを見ていたテラコスが興味本位で聞いてくる。
「お二人の技を見せて頂けませんか?
先ほどの秘密に触れるかも知れませんので、できる技だけで結構です。
いかがですか?」
彼女としては単純に興味だろうな。
レスターも興味津々だし。
「どうする?」
「さっき見せた技なら大勢に見られてるから、見せたところでそんなに変わらないぜ」
「それじゃあ、バレットの技だけ見せますね」
テラコスやレスターから信用を得るにはこれも必要なことだろう。
「どれにしようかな?」
バレットは早速、目標になるものを探してる。
ある程度距離があって、分かりやすい獲物。
「ちょうどいいのが無いや。
あの木にするわ」
ネグロスが指差した方を見ると、結構離れた位置に十メートルほどの銀杏の木が生えている。
かなり硬そうだが大丈夫か?
「空気瞬発」
ドンッ!
バシッ!
ネグロスが空気瞬発で一気に加速して、銀杏の木を斬ると、折れた木がゆっくりと倒れていく。
ズドオォォン!
「本気?」
「わぁお」
レスターとテラコスが驚き声を上げる。
うん。ちゃんと二人の信頼を得られたようだ。
フッと隣を見るとアザリアも口の端を上げてニヤついている。
「空気跳躍」
更にネグロスが空気跳躍で五メートルほど飛び上がると、二人は言葉を失う。
「ふふっ」
その後ろでアザリアが楽しそうに笑った。




