第二百十一話
「俺はバレット。
一緒に行きます」
ネグロスの後ろを走りながら隣を走る猫人を確認する。
赤紫の斑点は珍しい。
恐らく山猫だと思うけど、ハッキリしない。
横顔は厳しいけど、睫毛の長い女性。
濃い青の服を着て二十歳すぎぐらいの美人だ。
手に持ってるのは黒い木刀。
これか!
ネグロスがこの獣人について行くことにした理由は、この木刀だろう。
永精木の木刀を使うなら、腕の立つ護衛に違いない。
「私はアザリア。
無理するんじゃないよ」
猫人がアザリアと名乗り、ネグロスに注意した。
ネグロスと私の武器を見て、一応受け入れてくれたようだ。
ドンッ!
打ち合わせをする暇もなく、前で大きな音がして馬車が吹っ飛んだ。
白い大型の魔物が暴れ、馬車が砕けて馬が引きちぎられている。
「白鬣大猩々!」
魔物を見たアザリアが叫ぶ。
真っ白な巨鬼のような巨体に、襟巻きのような毛皮が首の周りを覆っている。
三メートルを超える大猩々だ。
休憩中の馬車を襲ったようで、向こうには何台かの破壊された馬車が見える。
マズい。
これは早く倒さないと被害が増える。
「先に行く!
空気瞬発!」
ネグロスも同じ判断だ。
空気瞬発で一気に白鬣大猩々に斬りかかる。
キィン!
「硬いっ!」
キィン! キィン!
ネグロスが斬りつけても白鬣大猩々は長い腕でガードする。
その腕が硬くて剣と剣で打ち合っているような高い金属音が響く。
ネグロスが白鬣大猩々の動きを止めている間に周囲の獣人は逃げ出し、護衛風の獣人たちが包囲網を作る。
しかし、ネグロスの動きが速くて誰も手を出せない。
「せいっ!」
ネグロスの動きを知っている私がタイミングを見て、上段から一気に首元を狙って突きを放つ。
ゴンッ!
硬いっ!
私の放った突きは大猩々の厚い胸板に当たり、お互いが弾かれた磁石のように吹き飛んだ。
くっ!
突きは当たったけどダメージは入っていない。
どうする?
こんな大勢の前で十字戟に替えるか?
「日蝕斬!」
突きの反動で吹き飛ばされながら次の手を考えていると、視界の端でアザリアが剣を振る。
一瞬の振りで黒い木刀が宙を斬ったように見えた。
ザシュッ!
しかし、その延長線上、間合いの外にいた白鬣大猩々の首が飛び、真っ赤な血を吹き出して吹き飛ぶ。
あっ。
私が転がってる間に決着がついてしまった。
「「「うおぉぉぉ〜!!!」」」
周りを囲んでいた十数人の獣人たちが声を上げる。
「黒剣のアザリアだ」
誰かがそう言うと、更にざわめきが広がりアザリアの周りにポッカリと空間が開く。
「いい腕だ。
君たち二人がいたから白鬣大猩々を仕留めることができた」
アザリアは開いた空間を歩いてネグロスに歩み寄ると声をかけて握手を求める。
「ちぇっ。引き立て役になっちまった」
軽口を叩きながらネグロスが握手すると、アザリアは笑って私の方に来る。
「ケガは無いかい?」
「えぇ、問題ありません。
素晴らしい剣技でした」
土を払って立ち上がると、私も握手してアザリアの剣技を讃える。
二つ名持ちの冒険者と言うことはかなりの有名人だ。
近くで見ると均整の取れた身体に美しい青い瞳をしてる。
「みんなも二人の騎士に拍手を!」
アザリアが私とネグロスの腕を上に上げると、一斉に拍手が湧き上がった。
アザリアは私たちの腕を下ろすと白鬣大猩々に向かって歩いて行く。
その様子を見ていると魔法鞄を手に取ったアザリアが一瞬で獲物を仕舞う。
三メートルの巨体が跡形も無く消えて討伐が終わった。
騒動はここまでで終わりのようだ。
周りの獣人たちが四方に散って行く。
「君たちには報酬を支払いたいのでついて来てくれないか?」
アザリアの申し出を受けてネグロスと顔を合わせると、頷き合ってついて行くことにした。
正直、報酬はどうでもいいけど、このアザリアの剣技は気になる。
そしてどんなメンバーとどういう行動をしてるのかが知りたい。
「さっきの獣人が馬を預かってくれてるといいけどな」
ネグロスが気楽に言って周りを見ると、白鬣大猩々が現れた方には四、五台の馬車が倒れてて、みんなで囲んで修理を始めてる。
騒ぎを察知して馬車を走らせて逃げ出した獣人も多いし、この周辺はごった返してる。
さっきの黒い猫人が頑張ったところで、この中で上手く馬を捕まえておけるかどうかは別だ。
「君たち、いや、バレット君、そしてもう一人の君。
私はアザリア。
すまないが名前を教えてくれないか?」
「あ、私はユンヴィアです。
申し遅れてすみません」
「いや、こちらこそ急にすまない。
名前を聞いておかないと主人に紹介できないだろ」
「主人? と言うことはアザリアさんは騎士か何かですか?」
「あはは、そんな上等なもんじゃないよ。
ただの雇われ護衛だよ」
聞き返すとアザリアは笑って、急に砕けた様子になった。
「それにしては随分と素晴らしい剣技を使われますね」
「雇い主は北部の豪商だから、これぐらい必要なんだ」
「北部の豪商ですか?」
「見えてきたね」
ネグロスが訊き返すとアザリアは馬車を指差した。
馬車の前で先ほどの黒い猫人が二頭の馬の綱を引いて待っている。
ちゃんと私たちの馬を捕まえてくれたようだ。
「アザリアさん、無事でしたか?」
黒い猫人はボブキャット種みたいで、長い毛足に少し銀色の斑点が入った、骨太な丸い身体だ。
丸い顔つきは愛嬌があるが、大きな口の牙で凶悪な風貌をしている。
「レスター、馬車に被害は無いか?」
アザリアが黒ボブキャットに向かって確認すると、男が答える。
「勿論です。
そのガキたちの馬も捕まえてます」
このレスターと言う男はアザリアの仲間らしい。
ちゃんと馬を捕まえててくれたのはありがたいが、お荷物扱いのガキ呼ばわりは腹が立つ。
「そう言うな。
この二人がいたから白鬣大猩々を倒せたんだ。
そうじゃなければ、こんなに早く倒せない」
「げぇっ!」
アザリアの一言にレスターが変な声で答えた。
「本当ですか?
白鬣大猩々なんて大物をどうやって?」
「それを説明するから、テラコス様に声をかけてくれないか?」
「は、はい」
不承不承と言った感じでレスターが馬車の窓から中に声をかけると、中のカーテンが揺らいで丸い影が動く。
馬車の中にいるテラコスがアザリアの主人なのだろう。
アザリアとレスターは共にテラコスに仕える部下で、その丈夫そうな馬車と周りの荷馬車三台で隊列を組んでいる。
「アザリア、無事でしたか?
急に飛び出して行くので心配しましたよ」
馬車の横にある扉が開くと、中から毛並みの良いヒマラヤン種の女性が黄色の裾の長いスカートで現れた。
上品な微笑みでアザリアに声をかける美人が主人のテラコスらしい。
白くて長い毛並みが艶々と輝いている。年齢は十七ぐらいか。幼さと大人の雰囲気が混じっている。
「前方で魔物が現れたようだったので、状況を確認しに行ってました。
ちょうどこの二人が魔物の足を止めてくれたので協力して倒して来たところです。
お名前はバレット様とユンヴィア様です」
アザリアが軽く腰を折って顔を伏せて説明する。
「そうですか。
バレット様、ユンヴィア様、この度は協力して頂きありがとうございます。
私はテラコス・バーシェン。ニーグルセントのバーシェン商会の者です。
それで現れた魔物は何だったのですか?」
テラコスが堂々と挨拶して自己紹介をした。アザリアが豪商と言ったしバーシェン商会は大きな商会なんだろう。
「はい。
こちらをご確認ください」
顔を上げたアザリアが魔法鞄から白鬣大猩々を出して、隣の草場に転がすとテラコスが小さな悲鳴を上げる。
「これは立派な白鬣大猩々ですね。
高値がつきそうです」
悲鳴を上げた割には、冷静に観察している。
テラコスが北部の豪商というのは本当らしい。




