第二百十話
私たちはハクたちを見送ると二人だけでレドリオン領を出た。
「ニーグルセントまでは馬で三日か。
ユンヴィアと二人旅って初めてだな」
ネグロスは陽気だけど、グルーガの追跡と妖精人の情報収集って分かってるのだろうか。
「あぁ、初めての二人旅だな。
どの道で行く?」
「そうなんだよな。
俺たちの装備だと襲われるってレンヤさんが言ってたし、どうするかな?」
「かと言って、他に装備も持ってないし……。
シルバーと一緒に作った原生樫の木剣にするか?」
「そうだな。
魔法鞄もあるし戦いに行くわけじゃないから、原生樫の木剣で行くか」
「レンヤさんたちも原生樫の槍だったし、これでもかなり高価な筈だもんな」
二人して馬に乗ったまま装備を替える。
そう言って私は十字戟を木剣に替え、ネグロスは双牙刀を木剣に替えた。
ついでにマントも魔法鞄に仕舞う。
目立つ装備は外しておいた方がいいだろう。
「こんなことなら木剣を二本作っておけば良かった。
一本だとどうもバランスが良くないわ」
「その辺の枝でもう一本作ったらどうだ?」
「さっき拾ってみたけど全然硬さが違う。この辺の木じゃ武器にならないな」
ネグロスが贅沢なことを言ってるのでちょっとからかってみたら、既にその辺の枝を試した後だった。
やっぱり永精木とその辺の木じゃモノが違うらしい。
「それで、どの道から行く?」
「う〜ん。道を知らないし、このままこの北に向かってる道を進んで、問題があったら考えようぜ」
「まぁ、そうだな。
私たちが旅したところで誰も警戒しないし、大通りの方が安全だろう」
「他の獣人の旅の様子も見れるしな」
「そうだな」
確かにそうだ。
私はまだ知らないことが多すぎる。
こうやって旅をして学び受け入れていくことも必要だ。
そうやって周りを見ると、大人五人分ぐらいの太さのこの道の前後、離れた位置に馬車が何台かいるのが目に入る。
「結構大勢が北に向かうんだな」
「そう、みたいだ。
気にしてなかったけど、馬車が多いな。
商人に魔法鞄がバレたら、きっとしつこく付き纏われるぜ。ははっ」
ネグロスが笑ったけど、バレたら笑い事ですまないだろう。
子供の二人旅に絡んで来る旅人がいないことを祈るばかりだ。
「夜はどうする?」
「ん? 途中で宿が見つかればそこに泊まるし、無かったら野宿だな。
馬は休ませてやらないとダメだし」
「ということは、バレットも道を調べて来てないんだな」
「バレットも? って、ユンヴィアも知らないのか?」
「あぁ、北の方は地理に疎くて知らないんだ。
何処で調べたらいいかも分からなかったからな……」
自分の迂闊さを悔やむけど、ネグロスの呑気な雰囲気を見てると、それぐらいで困ることも無さそうだ。
「まぁいいんじゃないか。途中で冒険者ギルドに寄れば辿り着けるさ」
「あぁ、そう願うよ」
前を進む馬車を見ると、二台の馬車に一人ずつ御者がいてその横に護衛っぽい厳つい獣人が乗っている。
冒険者を雇ったのか、あるいは使用人や専属の護衛なのか分からないけど、絶対に安心な道ではないようだ。
……私たちは無防備に見えないだろうか?
自意識過剰かも知れないけど、ふと心配になったりする。
「そんなに心配しなくても、トラブルに巻き込まれたりしないさ」
余程神経質に見えたんだろう、ネグロスが馬を寄せて話しかけてくる。
「そうなんだよな。別に上級学院に入ったときも長距離移動したけど、何もなくて馬車に乗りっぱなしでお尻が痛かっただけだ」
「そうだろ?
基本、問題なんて起きないし、強くなった分、簡単に回避できるさ」
ネグロスがそう言って、実際に何事もなく馬は進んで行く。
……長閑だ。
レドリオンの周辺には穀倉地帯が広がっている。
北部は畑が多い感じで、北上する通りの左右には通りから離れた位置に農家が点在している。
その中を一定のスピードで馬を走らせる。
「ハクはどうなるんだろうな?」
「叙勲されて、もしかすると叙爵されるかもってやつか?」
「あぁ、叙勲や叙爵はいいんだけど、学院をやめたりしないかな? って」
「あ、そうか。
本人が続けたくても叙爵と同時に領地に赴く場合もあるのか……」
「どこの領地かによるんだろうが、すぐに新しい戦いを任されたりとか……」
「う〜ん。どうなんだろうな。
俺には分からない世界だ」
「……ネグロスらしいな。
私にも分からない世界だ」
「まぁ、もっと一緒にいたいけど。
俺たちが何か言えるもんでもないだろ」
「あぁ。
セラドブランがバスティタ大公家の五女だったり、レドリオン公爵が出てきたりで、ちょっとビビってたみたいだ。
クラスの皆んなは知ってたのか?」
「いや、知らないだろ。
社交界デビュー前って言ってたし」
「そうだよな。
まさか、そんなクラスメイトと一緒に叙勲されるなんてな」
「くくっ。
今度は彼女たちより上の勲章になるぜ」
「本当だな。
まだたった三ヶ月なのに……」
「ギルドライセンスだって取ったばっかりだ」
ハクやネグロスと顔を合わせたのが三ヶ月前。
激動の三ヶ月を振り返っているうちに昼になった。
周りの馬車を見てると通りの傍に馬車を停めて、食事の間に馬を休ませるようだ。
私たちも同じようにしようと思ったけど程よい大きさの空き地には馬車が止まっているので、なかなか休憩場所が見つからない。
仕方がないので、大通りから少し離れた場所で休むことにする。
迷子になるほどの距離ではないが、明らかに道から外れた位置だ。
「これくらい離れた方が馬もゆっくり休めるんじゃないか」
笑って話しながら私たちは干し肉を齧る。
こんなとき魔法鞄の便利さを実感する。
こんな高価なアイテムを持つ日がくるなんて思ってもみなかった。
そうやって感慨深く魔法鞄を見ていると、少し北の方で休憩してる集団が騒ぎ始めた。
「何だか騒々しいな」
「あぁ、魔物でも現れたか?」
「それにしても騒ぎ過ぎだろう。
こんなに大勢が休憩してるのに……」
「そうだな。護衛っぽい獣人がいたように思ったけど違ったか?」
「どうする?」
「仕方ないし様子を見に行くか?」
「そうだな」
二人で残りの干し肉を口に入れると馬に飛び乗って、そのまま草地を走り始める。
あちこちで休憩してる馬車も慌ただしく荷物を片付けて、移動の準備を始めてる。
みんな危険だと感じてるようだ。
休憩してる馬車を避けて、背の高い草の間を走ると徐々に騒ぎが大きくなる。
「早く荷物をまとめろ!」
「護衛隊は壁を作って待機」
「何が起きたか、確認して来い!」
いくつかの馬車から雑多な声が響く。
どの商隊も状況を把握してないようだ。
「本当に、何が起きたんだ?」
ネグロスが呆れ顔で呟く。
確かにこれだけの人数がいて、何をしてるのだろう?
「レスター、お嬢様を守って。
私は加勢に行く」
「分かりました。気をつけて!」
前にいるグループから大柄な赤紫の斑点が入った猫人が走り出し、残った黒い猫人が馬車に向かう。
「すみません!
何が起きたんですか?」
ネグロスが前を走る赤紫の斑点の入って獣人に声をかける。
「分からない!
危ないから戻りな!」
前を行く猫人が背後を振り返りこちらを確認すると、ぷいと前を向いてぶっきらぼうに言う。
「そうですか。
そこの人、馬を頼みます!」
突然、ネグロスが馬を降りて猫人に並んで走り出す。声をかけたけど、さっきの黒い獣人が聞いてくれるかは分からない。
それでも、仕方ないので私も馬を飛び降り、走って二人を追いかける。
ネグロスが何を考えたのか分からないけど、馬はここに置いて行った方がいいんだろう。
それに私とネグロスの二人だけで走っても、どうせこの先でこの猫人と合流するだろう。今から一緒に走ってもそんなに違わない。
「俺はバレット。
一緒に行きます」
ネグロスはそれだけ言うと、猫人の横を併走し、私は少し後ろをついて行った。




