第二百九話
「それで、何が聞きたいのさ?」
銀の蜥蜴が宙返りしながら僕に訊く。
「話しが早いな」
「少し強くなって余所の迷宮に行ったら、少しは気になることが出てくるよ」
「そうだな。
知らないことだらけで、もっと聞いとくんだったと思ったよ」
「でしょう。
それで、何を知りたいんだい?」
銀の蜥蜴は自分の方が迷宮について知っているという優越感で上から目線だ。
「迷宮核って何だ?」
「迷宮核?
君も見ただろう。迷宮を存在させるための中心。エネルギーの集合体だよ」
「そのエネルギーは何処から来る?」
「エネルギーが何処からって、難しいことを聞くね。
大地の奥底を走る地脈からだよ」
「地脈?」
「そう地脈。
大地のエネルギーが流れる道さ。
エネルギーが溢れて、間欠泉のように噴き出してできるのが迷宮って訳さ」
「地脈の強い場所に迷宮ができる?」
「いいね。その通りだよ。
そして地脈からエネルギーを受けて迷宮が育つ」
「迷宮が育つ?」
「そうだよ。
迷宮は地脈からエネルギーを吸い上げて育つんだ。
その鍵になるのが迷宮核」
「それじゃあ、迷宮核があれば迷宮が大きくなって、迷宮核が無ければ迷宮は育たない?」
「半分正解で半分ハズレ。
普通に迷宮核が迷宮にあれば、迷宮核を中心にして迷宮が育つ。より深く大きくなっていく。
そして迷宮核がない場合、偽者の核があればそれを媒介にして育つし、核が無ければ新しい核を作り出す」
「はぁ?!」
思わず大きな声を出してしまった。
本物だろうが偽者だろうが核があれば核を使うし、無ければ核を作るんだったら、本物の迷宮核は何のためにある?
「それだと迷宮核があっても無くても変わんねぇじゃねぇか?」
「迷宮は地脈から溢れたエネルギーの噴き出し口だから、核があろうが無かろうが、エネルギーは噴き出すよ。
ただ、最初の核はエネルギーが莫大に詰まってる。それこそ迷宮を作り上げるほどに。
でも偽物にはそれほどのエネルギーは無い。下手すると迷宮を維持できなくて潰れてしまうこともある。
そして核が無い場合、新しい核が何処にできるか分からない。
今の迷宮と同じ場所かも知れないし、少し離れた場所かも知れない。全く違う場所かも知れない。
違う場所にできるときは当然、エネルギーが溢れて集団暴走だ」
「おいおい、本当か?」
「嘘ついて、何かメリットがあるかい?」
「もしオレが何処かの迷宮核を潰したらどうなる?」
「あはは、エネルギーの塊を壊すにはそれに匹敵するエネルギーが要るよ」
「それだけの力で潰したら?」
「地脈からエネルギーが溢れ出る。
残ったエネルギーが他のところへ流れることもあれば、その場で爆発することもある」
「……」
碧玉の森で新しい迷宮を見つけたとき、迷宮核を潰した後どうなった?
確か迷宮主の冥王天使を倒した後、迷宮核を力任せに割った。
そしたら、黒い何かが溢れてきた。
必死で逃げて逃げて、後から見に行ったら何も無くなっていた。
……どういうことだ?
「お〜い。
聞くだけ聞いて黙りかい?」
「いや、悪い。
ちょっと整理してた」
「で、どういうことだい?」
「二ヶ月ほど前に、新しい迷宮を見つけた」
「本当に君は憑いてるね」
「あぁ、しかもできたばかりの迷宮だった」
「できたばかり?」
「集団暴走で暴れる魔物を退治してて見つけたんだ」
「なるほどね」
「それで、迷宮主を倒し、迷宮核を破壊した」
「それ、本当かい?」
「本当だ。
その後、恐ろしい何かが溢れたけど、逃げ切ってから様子を見に戻ると、迷宮の跡も無く普通の森に戻ってた」
「……」
「……」
簡単に顛末を話すと銀の蜥蜴は黙り込んでしまった。
僕も同じようにして何かを考える。
何をどう考えていいのか?
筋道の無い思考がグルグルと回る。
「まず、迷宮ができるほど地脈のエネルギーが溢れたのは何故?」
「へっ?
それは……、分からない」
「君は知らないかも知れないけど、迷宮ができるほどのエネルギーはそんなに簡単に貯まらない。
迷宮はそんなにポコポコとできたりしないんだ。
この迷宮ができて半年や一年ですぐに新しい迷宮ができるなんて、恐ろしく奇跡的なことだ」
「そうなのか?」
「それで、できたばかりの迷宮を潰したら、そのエネルギーは何処へ行く?
また新しい迷宮が何処かにできたのか?」
「それも分からない」
「それなら、話しはここまでさ。
理解できない奇妙な話しで終わり」
銀の蜥蜴はアッサリと話しを打ち切ってしまった。
確かに分からないことだらけで考えてもムダかも知れないけど、無性に気になる。
「何でここに迷宮ができたんだ?」
「さぁ? ここが地脈の流れの吹き溜まりだったんじゃない」
「こんな辺境が?」
「辺境だって、森の奥だって地脈は流れてるよ。
中央に流れて集まる訳じゃない」
「そうなんだ」
「当然でしょ。
むしろ、濃い森の中こそ地脈が強いと思わない?」
「そう言われれば、……そうかも知れない」
「地脈の強いところは大地の恵みも多いんだよ。
それは森だったり、湖だったり、鉱山なんかになって現れるときもある」
ついレドリオンみたいなところが地脈が強くて人が集まると考えてたけど、そうじゃないのか。
そうだとすると。
「迷宮によって縦階層主や神授工芸品にある種の傾向があるのはどうしてだ?」
「地脈にも流れがあるから、溢れたエネルギーの影響によって迷宮は一定のルールに近い影響を受けるよ。
それが魔物の系統だったり、神授工芸品の属性みたいなものにあらわれるのさ」
やっぱり。
地脈には五行みたいな特性があるってことだ。
「精霊って何だ?」
「さぁ? 何だろうね?」
「それじゃ精霊使いは?」
「珍しい言葉を知ってるね」
「ちょっと小耳に挟んだんだ」
「ふ〜ん。
今、教えられるのはこの辺までかな。
ちなみに、ここから先へは進まない方がいいよ」
「あ?
今回は帰るけど、どうして?」
「この迷宮も育ってるからね」
「は?!
おい、そんなすぐにに育つなんて聞いてねぇぞ」
「今、言ったからね。
お姫様たちを連れて気をつけて帰ってね」
「おいっ!」
銀の蜥蜴は宙を飛んで行ってしまった。




