第二百八話
轟音が響き渡った後、闘技場を見ると焼けて溶けた地面だけが残っている。
融解した地面は真っ黒に焼けて爛れているのに、石英の粒があちこちでキラキラと輝いているので異様な光景だ。
魔法二発で蒼光銀粘性捕食体を跡形もなく消し去った。
多分、どちらか一発で十分な威力だっただろう。
それが二発が重なって相乗効果で桁違いの効果を発揮してしまった。
「上手くいきましたわ」
「ちょっとやり過ぎたかしら?」
胸を張るシルヴィア姉さんに対して、セラドブランは少し反省してる。
あの様子だと、ここまでの威力になると思ってなかったみたいだ。
「凄いですね。
あの蒼光銀粘性捕食体が一撃です。
……でも、今度からは自重してください。
やり過ぎて怪我でもしたらどうするんですか?」
魔物を倒せたのはいいけど火炎が飛び広がったり、爆風で飛ばされることもあるので、お姫様二人にはお説教が必要だ。
火魔法の怖さはよく知ってると思うけど、迷宮は閉鎖された空間なので外とは違う。
魔物を倒しても、自分まで火に焼かれたら意味がない。
「「……はい」」
「次からはもう少し相手に合わせて威力を抑えます」
「確実に外に漏れないように工夫します」
シルヴィア姉さんは自覚してくれたけど、セラドブランの外に漏れないように工夫するって何だ?
あの威力をコントロールする方に注力するとは、恐れ入る。
サラティ姉さんとノアスポットは目を見合わせて、この二人なら仕方ないといった様子だ。
……確かにこの二人なら、必ずまたやらかすに違いない。
魔法の力を制限するような二人じゃない。
頭を抱えてると光が集まって来て、焼け跡の中心に宝箱が現れた。
「今度は何でしょう?」
「開けてみますか?」
セラドブランが興味津々で訊いてきたので、自分で開けてみるか聞いてみる。
「えっ? いえ、自分で開けたい訳ではなくて、中身が気になっただけです」
「ふふっ。分かってます。
ですから、自分で開けてみませんか?」
「あ、いえ、どうぞ、ハクさんが開けてください」
「いえ、今回はゲストのセラドブランさんに開けて頂きましょう」
「その言い方はズルいですわ」
セラドブランは渋々承諾すると宝箱に近づき、ゆっくりと蓋を開けた。
「あっ」
中には水色の魔晶石が入っている。
「魔晶石です」
「綺麗」
「水色ですね」
セラドブランがゆっくりと魔晶石を持ち上げると、水色の淡い光がユラユラと輝いた。
「せっかくですので、階層主を倒した成果です。この魔晶石をお持ち帰りください」
「あ、いえ、ダメです」
「今回は非常に運がいいです。
先ほどの蒼光銀の槍は当家で頂くので魔晶石の方はお持ち帰りください」
僕が繰り返し言うとセラドブランが少し考える素振りを見せる。
「分かりました。
では有り難くこちらの魔晶石を頂きます。
頂いたばかりで申し訳ないのですが、水神宮のときに魔晶石をお借りしたままですので、今回のこの魔晶石をお借りした魔晶石の代わりに返却させて頂けませんか?」
……やられた。
セラドブランは魔晶石を受け取るつもりはないみたいだ。
「……分かりました。
では、今回は僕が頂きます。
セラドブランさんも頑固ですね」
「うふふ。
そうかも知れません。
でも、そういうのも大事ですの」
軽く言い返してみてもセラドブランに笑って流されてしまった。
「さて、ここまで来ましたけど、一晩休憩して明日帰りましょうか」
二十階層まで来るのに半日以上かかっただろう。
このまま、すぐに帰ることもできるけど、色々試してるうちに魔法も連発してるし、一度休んだ方がいい。
「そんなに時間が経ちましたか?」
「途中で実験などをしてたので、それなりに時間が経ってます。
一度休んだ方がいいと思います」
サラティ姉さんは全然疲れてないようだ。
少し不満気な表情で訊いてきた。
「先には進まないのですか?」
余裕があるのはセラドブランも同じようだ。
「先には進みません。
ここから先は危険が上がり過ぎます。
必要があれば攻略しますけど、今、このメンバーじゃないです」
「そうですか。
残念です」
「すみません。
ここから先は魔物の動きも速くなります。一撃が命取りになるので我慢してください」
「分かりました。
シルヴィア様と二人で階層主を倒せたので、それで満足することにします」
セラドブランはちょっと拗ねた表情を見せた後で、ニコリと微笑むと名前の刻まれた杖を仕舞った。
「それでは魔動馬車を出すので、女性の皆さんは中で休んでください。
セラドブランさん、申し訳ありませんが姉さんたちに使い方を説明してもらってもいいですか?
僕は火を用意します」
「ふふっ、分かりました。
サラ様、シルヴィア様、こちらへどうぞ」
セラドブランが楽しそうにして姉さんたちを中に連れて行く。
サプライズだらけだから楽しいはずだ。
……早速姉さんたちの驚く声が聞こえてきた。
仲良くしてくれると助かる。
「パックス、食事の用意をするから手伝ってくれないか?」
僕は衛士隊の三人と火を焚き、食事の用意を始める。
兎や猪肉と調味料を持って来てるから、直火で焼くだけでも充分に美味しく焼ける。
迷宮内での食事会はパックスたちが給仕係となってお姫様たちとは思えないぐらい盛り上がった。
姉さんたちは十階層の階層主を見るのも初めてだし、以前レゾンド・レオパードやテンペス・クーガーたちが挑んだ階層主をこのメンバーで倒したと言って話しが止まらない。
……あのときの階層主は事情があって蒼光銀亜人形だったけどそれは秘密なのでスルーしておく。
セラドブランたちもレゾンドやテンペスの話を聞きながら、今日の活躍を思い出して誇らしげにしてる。
ただでさえシルヴィア姉さんとセラドブランは新しい魔法を使って興奮してるのに、蒼光銀や魔晶石を手に入れたので、話しても話しても終わりが来ない。
「いつまでも起きてると明日に響きますよ。
明日、帰るためにちゃんと休んでください」
半ば強引にお姫様たちを魔動馬車に押し込んで、僕たち四人が外で警戒しながら休むことにする。
階層主を倒したので魔物は現れない。
レドリオンの双子迷宮なら冒険者が来ることもあるだろうけど、そもそも冒険者の入れないこの迷宮では、冒険者もやって来ない。
疲れてるパックスたち三人も早々に休ませると、一人で歩いて闘技場の奥に向かう。
闘技場の奥にある石の扉を開き、下の階層に続く道を歩くと宙を飛んで銀の蜥蜴が現れた。
「やあ、久しぶり」
「ああ、久しぶりだな。ラケル」
この迷宮の迷宮主、銀の蜥蜴のラケルがカラカラと笑う。
「しばらく会わないうちに随分と強くなったみたいだ」
「色々とあったからな。
新しい迷宮にも行って来たし」
「へぇ、あのお姫様たちと?」
「ん?
確かに同い年の三人とは少し一緒に行動したけど、姉さんたちはここだけだよ」
「そうかい?
あれだけの使い手はそうそういないと思うけど、君は運がいいね」
「運?
そうだな。クロムウェルとネグロスもかなりの腕前だし、運がいいんだろうな」
意識しなかったけど、魔法を使える獣人がこんなにいる。しかも、それぞれがかなりの腕前で一緒に行動できるって言うのは有り難いことだ。
「それで、何が聞きたいのさ?」




