第二百七話
階層主の魔鉄亜人形を倒すのも余裕だった。
念のため僕が二体の魔鉄亜人形を倒したけど、多分ノアスポット一人で三体全て倒せただろう。
そう思って見ていたら、ドンドンと連携が良くなってサクサクと進んで行く。
亜人形がいたときはノアスポットとサラティ姉さんが駆け出して瞬殺するし、それ以外の魔物はセラドブランとシルヴィア姉さんの魔法で焼かれていく。
パスリムと僕は後方待機のままだ。
茜牙魔狼が群れで現れても遠距離から火魔法の連射を浴びれば僕たちに襲い掛かる前に全滅してしまう。
成句を変えた二人に取って亜人形以外は敵じゃない。
「火炎竜巻!」
……セラドブランは渦巻きがかなり気に入ったみたいだ。
火炎陣が改造されて火炎竜巻になっている。
以前は円形の魔法陣から真上に炎が立ち上がっていたけど、今はその炎が渦を巻いて周囲を巻き込むようになっている。
外縁上の魔物も火炎の渦に巻き込まれて、炎の中心に吸い込まれるので魔物を逃さない。
見かけの変化は小さいけど、威力は格段に上がっている。
「うふふっ、セラさんは螺旋がお気に入りね」
共闘してるシルヴィア姉さんも楽しそうだ。
魔物を倒すが楽しいというよりも、魔法を連発するのが楽しいようだ。
このメイクーン領では魔法を使えるのはシルヴィア姉さんと聖光教の教会に務めるリリエッタさんしかいない。
普段、魔法について話し合ったり、試行錯誤することがないから今日はセラドブランが一緒で楽しいのだろう。
「パスリムさんは色々試さなくていいんですか?」
「あ、はい。
私は元々戦闘向きの魔法じゃないので」
「そうですか?」
「そうですよ」
「そんなことないと思うけどな」
「そうですか?
突土槍ぐらいしかないですよ?」
「別に攻撃だけが戦闘じゃないですし、僕にとってパスリムさんの魔法は参考になることが多いので、何か試すなら協力しますよ?」
「そうですか……。
ちなみに攻撃だけが戦闘じゃないってどういうことですか?」
「防御とか、補助とか。
相手の足場を崩して逃げられなくしたり」
「あぁ、そういうのですか」
「他にも相手を閉じ込めたり。
僕が飛び出すのも魔法を使ってます」
「昔は落し穴で遊んでましたけど、最近はそういうの使ってないですね……。
土卓とかは咄嗟に便利なんですよ」
「土だと日常品とか焼き物を作りやすいのか……」
「えぇ」
「パスリムさんは土から泥や砂に変えることはできますか?」
「えっ? 無理だと思いますけど?」
「そうですか。
いや、土から焼き物とか、泥を石に変えられたら面白そうだと思って」
「そう考えるとできそうな気もしますね」
「あれ? そうですか?」
「はい」
僕とは土の捉え方が違うみたいだ。
反応の変化に戸惑うけど、何かのヒントになるかもしれない。
「土玉」
パスリムが魔法を唱えると掌に拳と同じ大きさの土玉が現れた。
「これを石に変える……」
土玉を睨みながらパスリムがブツブツと何か考え始めたので、邪魔しないように横から眺める。
土を石に変えれたら土手が岩壁に変わる。
その応用力の大きさを反芻しながら黙ってパスリムの様子を見る。
「あ、……失敗した」
パスリムが呟くと手に握っている土玉がポロポロと崩れてく。
「う〜ん。できそうなんだけどな〜。
せっかくだから、ちょっと頑張ってみる」
パスリムはそう言って自分の世界に入ってしまう。
……パスリムってこういうタイプだったのね。
皆んながバラバラに色んなことを試行しながらも順調に階を進む。
戦闘を通して実験を繰り返してる感じだ。
十階層を超えると魔物の数が増えているので、実験対象には困らない。
そうしてるうちに二十階層に着いた。
二十階層の闘技場に向かいながら、今の状況を振り返ると、シルヴィア姉さんとセラドブランの魔法は異常な変化をしてるし、ノアスポットは危なげがない。
サラティ姉さんもレイピアの使い方が変わって壁を超えそうな感じだ。
僕とパスリムはほとんど働いてないけど、それも出番が回って来ないからだ。
四人がサクサクと魔物を倒してしまうので、僕たちはやることが無い。
二十階層の階層主は蒼光銀粘性捕食体。
ノアスポットがいるから多分、問題なく倒せる。
セラドブランの魔法が効くかどうか試したいところだけど、どうしようか。
「この先に二十階層の階層主がいます。
十階層のときと同じように扉で閉じられた闘技場の中に蒼光銀粘性捕食体が一体います」
「蒼光銀粘性捕食体?」
セラドブランが眉間に皺を寄せる。
姉さんたちは僕から少しは話を聞いてるので、見たことはないけど大体の想像をしてるので聞いてこない。
「蒼光銀でできた粘性捕食体です。
粘性捕食体なんですけど、硬くて重い攻撃をしてきます」
「粘性捕食体ってことは魔法に弱い?」
「分かりません。
今まで魔法で倒したことはありません」
「では、どうやって倒したのですか?」
「力で。
蒼光銀の長剣に魔力を込めて、何回も斬りつけて倒しました」
「……分かりました」
「どうしますか?」
「戦いたいです。
階層主に魔法が効くかどうか試したい」
「効かなかったら?」
「ノアスポットさんが剣で戦います。
それでダメならハクさんに助けて頂きます」
珍しい。
セラドブランが最初から場合によっては僕に助けてもらうと明言した。
「僕が戦ってもいいんですか?」
「ハクさんが指示しないということは、恐らく十階層の階層主よりも危険が少ないでしょう?
そして私たちだけで勝算があるはずです。
それならば、ご期待に添えるように頑張るだけですわ」
あらら。
僕の言い方が間違っていたみたいだ。
セラドブランを挑発してしまったらしい。
「そんなつもりはありませんでした。
ここまで順調に来たので、どうされるかの確認ですよ」
何とか笑って誤魔化すと、石の扉を前にして改めて伝える。
「二十階層の階層主は一体の蒼光銀粘性捕食体です。
大きさも大きくて動きも早いです。
ただ、一対一の戦いではないので闘技場を広く使えば危険は少ないと思います。
先ほどのセラドブランさんの言葉ではないですが、危なくなったら僕が出ますので、無理しないでください」
全員が頷くと、僕は扉を開いた。
ゾロゾロと扉を潜ると、闘技場の観客席上部から中に入る。
闘技場の中心には銀色の蒼光銀粘性捕食体。
斜面を歩いて下りながらその動きを観察するけど、全然動かない。
「それではハクさん、私たちの戦いを見ていてください」
セラドブランがシルヴィア姉さんと別れて左右に広がると、ノアスポットとサラティ姉さんもそれに合わせて広がる。
二組に別れて左右から攻撃するつもりのようだ。
パスリムだけが僕の後ろで杖を構えている。
何かあれば、防御用の土壁を作ったりするだろう。
セラドブランたちは左右に広がった後、闘技場には入らずに、その外で杖を構えると詠唱を始める。
シルヴィア姉さんも何かを詠唱している。
二人ともまた新しいことをするつもりみたいだ。
「朱炎域!」
先に詠唱が完成したのはシルヴィア姉さんだ。
鮮やかでオレンジがかった赤色の魔法陣が蒼光銀粘性捕食体のいる闘技場に広がると、
ドーム状の膜ができて、その中が真っ赤に染まった。
結界のような火炎陣。
ドームの中を業火で焼く魔法のようだ。
「赫灼獄焔!」
更にセラドブランの魔法が完成する。
シルヴィア姉さんの作ったドームの中にまるで小さな太陽のような恐ろしく眩ゆい小さな球が浮かび上がった。
小さな太陽は少しずつ大きくなっていくけど、眩しくてよく見えない。
そして、両手ほどの大きさになり蒼光銀粘性捕食体を包み込むとパッと弾けて消えた。
直後に闘技場内に轟音が響く。




