第二百五話
「朱炎槍」
「螺旋渦炎」
シルヴィア姉さんの放った朱炎槍が粘性捕食体を貫いて瞬殺し、セラドブランの螺旋渦炎は中心に大きな穴を開けて燃やし尽くす。
さっきまでは普通の火炎槍だったのに、二階層で色々試した結果、三階層ではえげつない威力の魔法に変わってしまった。
シルヴィア姉さんは色が気になったみたいで、色の表現を試し続けて朱色に辿り着いた。
赤でなくて朱というところが姉さんらしい。
セラドブランは炎の形、動きを工夫して螺旋に決めた。
螺旋と渦をかけ合わせて螺旋渦炎を作り出した。
火球とも火炎槍とも違う見たことのない魔法だ。
「いい感じ」
「はい。私も最高です」
「コレは、やめられなくなるわ」
「本当に。ピタリと嵌ったときにゾクッとします」
「そうそう。何て言うか、何かが全身を走り抜けるの」
「あぁ、コレだ、って思いますよね」
「セラさんが話の分かる獣人で良かった。
コレはもうクセになっちゃう」
「上手く伝えられないのがもどかしいです」
何というか、シルヴィア姉さんとセラドブランが顔を上気させて興奮してる様子は近寄りがたいものがある。
二階層ではショボショボな魔法になって半信半疑なときもあったけど、ネグロス理論が実証されて良かった。
「そろそろ魔泥亜人形も出そうだから、注意して。
魔泥亜人形が現れたらサラティ姉さんとノアスポットさんに代わってください」
興奮してる二人には可哀想だけど、流石に魔泥亜人形に魔法は効かないだろう。
「やっと私の出番ね。
ノアスポットさん、魔泥亜人形は体の中に核があるからそれを探して砕くの」
「はい」
サラティ姉さんは蒼光銀のレイピア、ノアスポットは蒼光銀の長剣を装備してる。
しかし、サラティ姉さんは蒼光銀のレイピアに魔力を纏うことができない。
剣の力で魔泥亜人形を倒すだけだ。
ノアスポットみたいに剣に魔力を纏うことができるようになると、一気に強くなるんだけど……。
「いたわ。
まずは私が行くから見てて」
サラティ姉さんが魔泥亜人形に向かって走る。
動きの遅い魔泥亜人形に対して先手を取るには当然こちらから仕掛けるに限る。
僕と同じ戦い方だ。
魔泥亜人形は泥の塊に頭と手がついた程度の魔物。
泥人形とまで言えない姿形だ。
これが魔石亜人形になるとちゃんとした人形になって、頭が弱点になるから魔石亜人形の方が戦いやすいかも知れない。
盛り上がった泥の塊に向かって行った姉さんが、無造作にレイピアを突き刺すと、三連突きで核を壊された魔泥亜人形がズブズブと崩れていく。
「あっ!」
「早い」
崩れる魔泥亜人形を確認してサラティ姉さんが振り向く。
「こんな感じ。
魔泥亜人形は動きが遅いから焦らずに戦えば倒すことができるわ。
普通の武器だとなかなか剣が入らずに核を壊せないの。
でも蒼光銀の武器なら問題ないわ」
「はい」
ノアスポットが頷いて、サラティ姉さんと一緒に先頭を進む。
「いたわ。
見える?」
「はい。大丈夫です」
「それじゃ、やってみて。
あなたなら大丈夫よ」
「はい」
ノアスポットがゆっくりと魔泥亜人形に近づいて行く。
間合いに入ると一気に飛び込んで、頭、腕、体と順に切り刻んでいく。蒼光銀の長剣が蒼い残像を残すと、そのまま核も斬ったようだ。
魔泥亜人形が崩れていく。
「「おぉ」」
サラティ姉さんとシルヴィア姉さんが驚いたような声を上げる。
「凄い。
蒼光銀の長剣が光ってたよ」
「ありがとうございます。
上手くいって良かったです」
「ノアスポットさんも叙勲された英雄なんだね」
「えっ?」
「いや、さっきのセラさんの魔法も驚いたけど、改めてノアスポットさんも強いんだなぁって実感しちゃった」
「そんな、……たまたまです。
私よりも強い方はたくさんおられます」
「ううん。
ノアスポットさんは強いわ。
私にもその強さの秘密を教えて」
サラティ姉さんが戻って来たノアスポットに言った。
「私がお話しできるのは、自分の流派のことぐらいですけど、それでもいいですか?」
「えぇ、もちろん。
そんな話が聞けるなんて、とても楽しみ」
「私が学んでいる正破一刀流には『心身一如、剣心一如』という教えがあります。
心と身体は分けられず一つのものである。
剣は心であり、剣は心で動くものである。
と言うことなんですけど、剣と心、体が一つになるように、剣の先までが私の身体のようなイメージで振るようにしています」
「『心身一如、剣心一如』ですか?」
「はい。
お伝えするのが難しいのですが、剣も身体の一部のように扱うのです。
そして、その先に身体を巡る魔力を剣の先まで巡らせる奥義があります。
それを実践できるように頑張ってます」
「剣も身体の一部……」
「すみません。
本当に上手く伝えられなくて」
「いえ、今まで剣は振るうもの、扱うものと思ってました。
剣も身体の一部と考えると動きが変わりそうですね」
「はい。
私は頭の中で剣は武器と思ってる部分が強くて、なかなかこの剣が私の身体の一部、というか延長線上にあるのが分からなくて、ただ剣を振ってました。
そして、疲れて疲れて、剣が振れないぐらいになったときに、何故か腕を振るようにして自然に剣を振ることができました。
そのとき何となく剣を振るんじゃないってことに気づいて……」
「剣を振るんじゃない……」
「はい。
剣があっても無くても、自然に腕を振るように身体全体を使うようにしています」
「……難しいのね。
でも、嬉しいわ。
剣技って言葉にするのが難しいのに、話してくれてありがとう」
サラティ姉さんがふふっと笑うと、ノアスポットがハッとしたように目を見開いて、それから同じようにして笑った。
ノアスポットは正統派の流派だと思ってたけど正破一刀流だとは知らなかった。
確か大公都を中心にした大きな流派だったと思う。
「剣も身体の一部」
早速サラティ姉さんがレイピアを振っている。
心なしか、前よりも全身を使って突きを放っている。
全身を使って身体の芯がしっかりした突きだ。
イメージだけでこんなにも変わるものらしい。
以前から舞うような足捌きだったけど、それに大きな腕の振りが加わって力強くなった。
もう少し大きな剣も扱えそうなダイナミックな動きだ。
「いい振りです。
そこに身体の捻りを加えてください。
あと拳一つ分奥まで突ききってください」
「くふっ。
ノアスポットさんは厳しい先生ね」
サラティ姉さんが笑ってもう一度突きを繰り返す。
「いい感じです」
ノアスポットも姉さんの突きを見て声をかける。
なるほどね。
いいアドバイスを聞いた。
僕も同じようにして全身で捻りを意識して剣を振ってみよう。
そのうちにちゃんとした道場に通いたいな。
上級学院ではちゃんとした剣技を学ぶというよりも剣を振る体力をつけてる状態だから、今みたいな話は聞けないし教えてもらえない。
サラティ姉さんはそれを知ってて僕の代わりにノアスポットに話を訊いたのかもしれないな。




