第二百三話
「できれば、三人には早めに今の杖と細剣を使ってみてください。
咄嗟のときに使い勝手が違ってたら困るので」
名前入りの武器を受け取った三人がキャピキャピ喜んでいるけど、強度や効果を確認してないので少し不安だ。
いざと言うときに壊れたり、魔法が不発だったら窮地に陥ってしまうので、すぐに試してもらうようにお願いする。
「この細剣は御守りだから使わないわ。
傷が付いたらイヤだし、使わないわよ」
サラティ姉さんがいきなり細剣を使うことを嫌がっている。
まぁ、サラティ姉さんは蒼光銀のレイピアを使っているから問題ないか。
問題は残りの二人だ。
「私は試してみるわよ。
原生樫の杖だもん。前の杖よりも絶対に使いやすいに決まってる。
セラさんはどうする?」
「私も使ってみます。
剣みたいに傷が付く心配もありませんし、何より使ってみたいです」
シルヴィア姉さんの問いに対してセラドブランが嬉しげに言う。
「そうよね。
せっかくもらったもの、使ってみたいわよね〜」
何故かシルヴィア姉さんがポーズを取りながらサラティ姉さんを振り返って微笑む。
「私はいいの。
大事に取っておくんだから。
これはずっと大切にするの」
サラティ姉さんには専用の鞘を用意した方が良さそうだ。原生樫の細剣だけど、知らない獣人が見たら枯れた小枝を腰に提げてるように見える。
サラティ姉さんは飾っておくつもりみたいだけど、飾っておくなら余計に木のままだと見栄えが悪い。
実用性が低くても蒼光銀のレイピアの横に並べられるぐらいの鞘が必要だろう。
さて、どんな鞘にするか?
と考えていると、新しい粘性捕食体が現れた。
「まずは私から。
大丈夫だと思うけど、ハクの手作りの杖で魔法が不発だったら困るからね。
火の神ヴェスタよ、我が願いに応えよ。
我が力に汝の力を貸したまえ。
我が願うは炎の顕現。
我が敵を燃やし尽くしたまえ。
火炎槍!」
シルヴィア姉さんがセラドブランに断ってから魔法を唱えると、火炎槍が迷宮内を照らして粘性捕食体に突き刺さった。
火炎槍が鋭く、速くなったような気がする。
「凄いスムーズだわ」
「少し火力が上がったような感じがしたけど、どうかな?」
「具体的には分からないけど、魔法も使い易かったからいいと思う。
これなら咄嗟に詠唱を省いても、魔法を撃てると思う」
シルヴィア姉さんが少し早口で話すので、興奮してるみたいだ。
「次は私ですね」
サラティ姉さんの魔法を見てセラドブランもやる気になってる。
……でも、普通の杖から原生樫の杖に変わった姉さんと、高級な永精木からグレードダウンするセラドブランを一緒にはできない。
不安に思いながら先に進むと、広い空間の中央に三体の粘性捕食体がいた。
三体か……。
「今度は私の番ですね」
セラドブランが微笑んでゆっくりと前に進み出る。
「火炎陣」
長い詠唱を省いて詠唱省略で威力を確認するようだ。
白い魔法陣が大きく広がると、渦を巻いて火炎陣が燃え上がる。
一瞬で三体の粘性捕食体を蒼白い火炎陣が包み込んで焼き尽くす。
凄い……。
今までよりも威力が強くなっている。
杖の効果か、セラドブランの成長か。
「やっぱり、この杖は素晴らしいです。
うふふ」
「凄いわ、セラさん」
「凄い」
僕の作った原生樫の杖を抱き締めるセラドブランに向かって姉さんたちが声を上げる。
凄い威力の魔法だった。
あんなに凄い火魔法だったけど、幸い酸欠になったりはしていない。
以前も感じたように迷宮内で空気が循環してるのだろう。
セラドブランは詠唱省略の魔法一発で三体の粘性捕食体を倒した。
勢いでプレゼントした杖だけど、ちゃんと魔法が使えるなら良かった。
「詠唱なしであんな凄い威力なんて、セラさんは凄い力をお持ちなのね」
「あんな魔法は初めて見ました。
昨日見た火炎陣よりも大きな威力だったわ」
「いえ、メイクーンさんの作った杖が良かったんです。
とてもしなやかで思った通りの魔法が撃てました」
セラドブランに僕の作った杖を褒められると照れるけど、この調子ならセラドブランが全ての粘性捕食体を焼き尽くしてしまいそうだ。
「この調子なら粘性捕食体は問題なさそうなので、次は三階層の魔泥亜人形を見てもらいましょう」
「そうね、このまま進んで問題なさそうね。
しばらくは粘性捕食体が続くけど、それはシルヴィアとセラさんが交代で倒して杖に慣れてもらいながら進みましょう」
僕の提案にサラティ姉さんが賛成してくれて、そのまま進み出す。
「セラさん、詠唱省略するときは何か気をつけることはありますか?」
サラティ姉さんが先頭を歩き、シルヴィア姉さんとセラドブランがそれに続く。
少し歩き始めたところでシルヴィア姉さんがセラドブランに話しかけた。
「詠唱省略ですか?」
「えぇ、どうしても詠唱を省くと威力が落ちるのに、セラさんの魔法は威力が大きかったから」
「私の場合は何回も繰り返して練習しました。
同じ詠唱を何度も繰り返して、それから詠唱を省いて練習しました。
なので、もう少し強力な魔法は詠唱省略すると上手くできません」
セラドブランは少し照れ臭そうに、最後は誤魔化し気味に答える。
「やっぱり、反復練習しか無いのね……」
そう言いながらシルヴィア姉さんが肩を落としている。
ネグロスのやり方を伝えてみるか。
「シルヴィア姉さん、上手くいくか分からないけど、すぐにできる方法もあるよ」
「えっ? ホント?」
「ネグロスの実験の話なんだけど、色んな詠唱省略を試してみるとたまに当たり成句が見つかるときがあるんだ。
似たような成句を試してると、思いがけない詠唱省略が見つかるかも知れないよ」
「んん? どう言うこと?」
「例えば、僕の場合飛天短剣って魔法があるんだけど、飛天小刀、飛天剣、飛天槍とか短剣射撃、短剣射的って言う風に色々試すとたまに威力の強い、イメージと成句がピッタリ嵌るものが見つかったりするんだ。
ひたすらそれを探すっていう方法もあるよ」
「えぇっ?
ホントにそんなので上手くいくの?」
「運が良いと長い詠唱なしで、威力の高い成句が見つかる場合もあるよ。
火魔法だと、色とか形とかでも結構違うでしょ。
ただの炎と紅炎、蒼炎だけでも効果が違うと思うよ」
「ホントかなぁ?
セラさんは聞いたことある?」
シルヴィア姉さんがセラドブランに尋ねる。
「聞いたことはないですが、あると思います。
ハクさんの使う魔法には今まで聞いたことのない魔法もあります。
でも、それがハクさんの使う魔法と合ってるから高い威力が出るようですし……」
後半で少し声が小さくなったけど、セラドブランも僕の意見に賛成してくれたことでシルヴィア姉さんも試してみる気になったようだ。
「でも、威力の違いなんてどうやって調べるの?」
やる気になった姉さんが再び首を捻ったので、教えてあげる。
「同じ対象に向けて何度も繰り返して試すと、違いが分かりますよ。
同じ太さの木とか、同じ魔物とか」
「うわっ。結局繰り返し試すの?」
「そうです。
でも、上手くいったときはとても嬉しいですよ。
自分の才能を自慢したくなりますから」
「そうね。
上手くいったら、自分のだけの魔法ってことね」
「そうです。
成句も見た目も、そして威力も自分だけの魔法です」
「そこまで言われたら、試さざるを得ないわね」
シルヴィア姉さんが気合いを入れると、サラティ姉さんが新しい粘性捕食体を見つけた。




