第二百一話
……。
どういうことか分からない。
僕が叙爵される前提で話が進みそうになったけど、父さんもレドリオン公爵も口を噤んでしまった。
姉さんたちとセラドブランたちが微妙に困っている。
「少し気分転換にハク君が倒した火竜を見てみませんか?」
レドリオン公爵が提案して僕がみんなを裏庭に案内する。
裏庭と言ってもレドリオンの領館のような左右対称に作り込まれた庭園とは違い、ただの芝生が広がっているだけの庭に出る。
……火竜を出すにはこっちの庭の方が簡単でいい。
整地もせずに腰鞄から火竜の死体を出すと、短い悲鳴が上がった。
「なんて大きい……」
「これをハクが?」
「そう聞いてます」
「ハク、そのときの戦い振りを説明してくれるか?」
父さんから話しを振られて説明を始めると、姉さんたちがノッてきて色々と聞いてくる。
レドリオン公爵と事前に相談してたので妖精人のことは伏せたけど、それ以外はほぼ実際の通りだ。
黒霧山のことだけじゃなくて上級学院で出会ったクロムウェルとネグロスのことを振り返って説明し始めると、母さんが今回会えないことを残念がり、次回は必ず連れて来ることを約束させられた。
「クロムウェル君はスノウレパード伯爵家の長男で、ネグロス君がコーニー子爵家の長男とは、良い友人に恵まれたな」
父さんが感慨深げに言う。
「年齢は近いがお会いしたことはなくてな……。
噂では両家とも堅実なお方と伺っている」
「ははは。
前回の叙勲式にはスノウレパード伯爵とコーニー子爵が参列してました。
今度の叙勲式にはメイクーン子爵にも来て頂いて、親交を深めてもらいましょう」
レドリオン公爵は前回の叙勲式で二人の親に会ったようだ。
……クロムウェルやネグロスと同じような服を着た父上だったような気がするけど、バスティタ大公や三公の印象が強すぎてあまり良く覚えていない。
「スノウレパード家はお子がなかなか生まれなかったと伺った気がするが、クロムウェル君も功績を残されて大したものだ」
「多少はそういう話しも耳に入っているようですね。
伯爵家では女児が続いて、一時は婿に継がせるかという話しも出たようです」
「伯爵家ともなれば、なかなか簡単にはいきますまい」
「そうですな。
余計な詮索を減らすために会合等を控えてたとも言われてます。
賢明な方ですよ」
父さんたちが意味ありげに頷いているとサラティ姉さんがセラドブランに声をかけた。
「セラさんたちも皆さん同じ上級学院に通っておられるのですか?」
「はい。
同じ学年の同じクラスです」
「ひょっとしてセラさんも西方出身ですか?」
「あ、いえ。
私は大公都出身で、親の都合でノアスポットさん、パスリムさんと一緒に生活しています」
「セラドブラン嬢、ここでは大丈夫だ。
私から少し説明させてもらおう。
セラドブラン嬢はバスティタ大公家の五女ですが、この度、サーバリュー侯爵家を継ぐことが決まっています。
ノアスポット嬢とパスリム嬢は小さな頃からの護衛兼側仕えです」
「バスティタ大公家?」
「五女」
「サーバリュー侯爵家?」
姉さんたちよりも父さんと母さんが目を丸くしてる。
姉さんたちはその驚き方を見てから慌てている。
「えっ?
いや、何故バスティタ大公家の姫様が上級学院へ?」
「バスティタ大公家にも色々とあるんですよ。
サーバリュー侯爵家に跡継ぎがいなくて困っていたので、セラドブラン嬢が養女として入って継ぐことになったんです。
そして領主としての務めを優先するために貴族学院ではなく上級学院へ入ることになりました」
早々に言葉の意味を理解した父さんが尋ねると、レドリオン公爵が色々と濁した感じでソツなく答える。
「上級学院は戦闘訓練が多いと聞きましたが、セラさんは大丈夫なのですか?」
何から話そうかと思っていると、サラティ姉さんがセラドブランに話しかけた。
「はい。
私はこう見えても魔法が使えます。
なので、貴族学院よりも上級学院で良かったと思っています」
「そうですか」
セラドブランの返事を聞いても心配そうなサラティ姉さんがノアスポットとパスリムの顔を覗くと、セラドブランが補足するように言う。
「大丈夫です。
ノアスポットさんは護衛に選ばれるほどの剣の腕前がありますし、パスリムさんも魔法を使います。
これでもハクさんと一緒に叙勲された腕前がありますから」
その返事を聞いてサラティ姉さんがホッと肩を撫で下ろす。
「そうですね。
そういえばサラさんたちも碧玉の森での活躍で一緒に叙勲されていましたね。
あまりに可愛いので忘れてました」
「いえ、そんな可愛いだなんて。
今は魔法が楽しいのでお洒落に疎くて怒られてばかりです」
「うふふ。
私もですよ。お父様から怒られてばかりです。
セラさんの属性は何ですか?」
「火属性です」
「まぁ、シルヴィアと同じですね。
宜しければ、得意な魔法を見せてくださいませんか?」
「あ、いえ、その……」
今日はセラドブランが口籠っている場面が多い。
まぁ、セラドブランの心配もよく分かる。
同じ火属性のシルヴィア姉さんにあの高威力な魔法を見せたときの反応が恐いのだろう。
まず見かけることのない威力だし。
でもシルヴィア姉さんもCランク上位の腕前ぐらいはあるから、そんなに気にしなくてもいいどう思う。
「セラドブランさん、サラティ姉さんもああ言ってるので、得意な火炎陣を見せてあげてもらえませんか?」
僕からもセラドブランにお願いする。
多分、サラティ姉さんは魔法を見てその腕前を知りたいんだ。
叙勲されただけの腕前を持っているのか?
それともお飾りなのか?
なので、ちょっと大きめの魔法をお願いする。
「いいのですか?
結構な範囲が焼けてしまいますけど……」
……違った。
庭が焼けることを心配してたらしい。
「ええ、この庭なら大丈夫です。
今、火竜を仕舞うので待っててください」
手早く火竜を腰鞄に仕舞い、裏庭にオープンスペースを作るとセラドブランに合図をする。
合図を確認したセラドブランが改めて周囲を確認すると杖を取り出す。
「火炎陣」
裏庭の一部に魔法陣が浮かび上がると、豪快な音とともに火炎が垂直に立ち上がる。
大きい。
「わぁ」
「「「おぉ」」」
「綺麗」
相変わらず物凄い威力だ。
「素晴らしいわ。
セラさん、格好いいです」
「あ、ありがとうございます」
「素晴らしい火炎陣でした。
私にも教えてください」
シルヴィア姉さんもセラドブランに駆け寄って行って、手を握ってる。
「そうだ。パスリムさんの土魔法も珍しいですし、得意な魔法を見せてくださいよ」
「ええぇっ!」
控え目にしてたパスリムにお願いすると、驚いたパスリムが両手を振って否定する。
「土魔法は見たことなかったし、僕の金属性と似たような使い方ができるから凄い参考になるんです」
慌ててるパスリムに再度お願いすると、セラドブランま微笑んで後押しした。
「それでしたら、シンプルな魔法でいいですか?」
「えぇ、お願いします」
改めてお願いするとパスリムは一礼して前に出ると、杖を出して構える。
「突土槍」
ドンッ!
セラドブランの火炎陣で焼かれた庭に太い突土槍が突き上がる。
「「「おおっ」」」
「これは……」
「土は色々と応用が効きそうですね」
……何故かスファルル姉さんが関心を持ってすぐに突土槍の方に走り寄って行く。
「あの……、土魔法に興味を持たれるなんて珍しいですね」
「何を言っているのですか。
土魔法はメイクーンのような辺境ではとっても有益な魔法です。
農業、治水、建築、できることは山ほどありますよ」
スファルル姉さんがパスリムの土魔法を崇める勢いだ。
パスリムの手を握ってブンブン上下させてる。
「スファルルは迷宮の防御壁のことばかり考えてるもんね」
シルヴィア姉さんが横からツッコミを入れて、謎が解けた。
スファルル姉さんは迷宮の防御壁や街の設計に力を入れてるのだろう。
それだったら土魔法は神の技に見えるはずだ。
「明日、セラさんたちも迷宮を見てください。
どうやって共存するか、教えて頂きたいです。
他の迷宮の経験なんかも教えてくださると助かります」
サラティ姉さんが声をかけると、セラドブランたちは戸惑いながらも首を縦に振った。




