第百九十八話
「ハク・メイクーン、火竜を討伐した貴殿の功績を認める。
乾杯」
レドリオン公爵の言葉で祝勝会が始まった。
メンバーはレドリオン公爵家から六名。
レドリオン公爵とイザベラ夫人、長男ウォルタナスとその妻キャロライン、次男デイビスとその妻マリア。
サーバリュー家からセラドブラン、ノアスポット、パスリムの三人。
そして僕たち三人。
レドリオン公爵家からキャロライン夫人とマリア夫人が増えたのは、ホストとして僕たちをもてなすためかも知れない。
今回は今までと違う並びだ。
こちら側は僕、セラドブラン、クロムウェル、ネグロス、ノアスポット、パスリムの順で並んだ。
向かい側にレドリオン公爵夫妻、ウォルタナス夫妻、デイビス夫妻が並んでいる。
「これでメイクーンも更に大変になるな」
火竜の死体を確認して、妖精人の暗躍という不安要素はあるものの懸案事項が一つ無くなったことでレドリオン公爵の機嫌がいい。
ニヤニヤしながら僕に話しかけてくる。
「やはり、叙勲されるのでしょうか?」
「叙勲は確定だな。
多分、クロムウェルとネグロスも一緒だ」
「それは助かります」
「流石に一人であの竜を退治したと言うと、信じない奴等が茶々を入れてくるから三人で倒した、ってところが落としどころだろ」
「一人だけ目立つより三人の方がありがたいです」
「それも含めてだな。
一人だけ目立つとメイクーンが標的にされやすくなってしまう。
それと前回は六名で叙勲、今回はメイクーンだけとなると、前回のメンバーは実力が無いんじゃないか? って疑念を抱かれるからな」
「はぁ、そんなこと言って他のメンバーの評価を落としても得るもの無いじゃないですか?」
「自分の損得に関係なくても、他人の損得が気になるヤツが多いんだよ。
前回の叙勲で目立ってるのに、更に火竜を倒すとはメイクーンも大きな運を持ってるな」
レドリオン公爵が揶揄い、軽く笑う。
「火竜を倒すなんて凄いです。
おめでとうございます」
横でセラドブランが控えめに祝ってくれた。
「ありがとうございます」
「これで三つの街を魔物から護りましたね」
「三つの街?」
「メイクーン領、碧玉の村、レドリオン領。
サーバリュー領の水不足を含めると四つになりますけどね」
セラドブランがそう言って微笑む。
首を軽く傾けてはにかむように笑うと少し大人びて可愛い。
セラドブランも機嫌が良さそうだ。
「レドリオン公爵、今回の火竜討伐はどのように褒賞されそうですか?」
微笑みを浮かべたままセラドブランが尋ねると、レドリオン公爵が顎に手を当てて答える。
「まぁ叙勲は確実だな。
これまでも竜退者はほとんどの場合、叙勲されているしな。
後は叙爵。
男爵に叙爵する可能性もある。
メイクーンはまだ父親の爵位を継いでないから、男爵としてメイクーン領の近くに所領を与えられるか、或いは大公都周辺の小さな領地を与えられる可能性もあるな」
「叙爵の可能性もあるのですね」
「あぁ、ただ叙爵になると所領の場所が問題だな。
普通は自領の近くで功績を挙げて所領を拡大するが、今回は黒霧山だしな。
メイクーンを警戒する貴族たちは黒霧山の近辺の所領を与えないと反発するかも知れん。
バスティタ大公の悩みどころだな」
「他に何かくだされるものはありますか?」
「そうだなぁ。
褒賞金は勲章によって決まるが、それほど高くは無い。
火竜の死体は、領軍で検査した後はメイクーンの好きにすればいい。
売れば高級素材の塊だ。
金貨一万枚を超える資金になるだろう」
セラドブランがグイグイ聞いてるけど興味があるのだろうか?
彼女は既にサーバリュー侯爵を継ぐのが決まってるので、叙爵は関係ないと思うのだが……。
「叙爵される場合、事前にメイクーン子爵様に連絡とかはあるのですか?」
「連絡はまず無い。
予め決まっていても、事前に連絡されるものでは無いからな」
「そうすると、メイクーン子爵家の後継について混乱する場合もあるのでしょうか?」
「無いとは言いきれんな。
さっきの話しじゃないが、黒霧山の一部がハク・メイクーン領となった場合、西のメイクーン領と両方の統治が難しければハク・メイクーンはどちらかの領地を統治してもう片方は別の者が統治することになるからな」
「そうですか……」
セラドブランがやたらと心配してる。
「それほど心配する必要がありますか?」
僕も少し心配になって聞いてみる。
「若くて力のある貴族。
所領の位置によっては今後経済力などでかなりの変化が見込まれるから当然反発も多いだろうな。
バスティタ大公もメイクーンに対して諸侯からの余計な関与をさせたくないだろうから、豊かな土地を回しにくいかも知れない」
「ぐぅ……。
結構面倒ですね」
「放っておけばいいんだよ。
最終的にメイクーン領に戻るか、新しい領地を繁栄させたいか、どちらかをすぐには決められんだろ。
新しい土地が手に入れば運が良かった。ぐらいでちょうどいいんだよ」
「まぁ、そうですね。
所領がもらえるかと思うとつい欲が出ちゃいました」
「しかし、叙勲の前には一度メイクーン領に帰って、メイクーン子爵と考えを摺り合わせといた方がいいな。
その際は私も同行して説明させてもらう」
「はぁ、分かりました」
ピンとこないけど、メイクーン領がどうなってるか気になるし一度戻るのもいいだろう。
「そのときは私も同行させて頂けないでしょうか?」
ぶっ!
セラドブランまでメイクーン領に来たいと言い出したので思わず吹き出してしまった。
「西の辺境ですよ。
何か気になることがありましたか?」
「えっ、ええ、新しい迷宮のこととか、実際に見たいと思ってましたの」
セラドブランは真面目にメイクーン領に興味があるみたいだ。
レドリオン公爵とセラドブランを連れてメイクーン領か。
何だか気が重い。
「あっ」
「どうかしましたか?」
僕が突然奇声を上げたので、セラドブランが心配して、レドリオン公爵もどうした? という顔をしてる。
「実はレドリオン公爵に相談ごとがありまして……」
「何だ? 言ってみろ」
「知り合いにシルバーと言う冒険者がいるのですが、僕たちと同じ時期に黒霧山に行っていて、帰りは冒険者ギルドのジェシーやBランクパーティの昇竜と一緒に行動したそうです。
彼らも若い冒険者なので、勘違いされたり誤解がないようにしたいと思って……」
レドリオン公爵にちゃんと伝わるといいんだが。
「同じ時期に同じような若い冒険者が黒霧山に行っていた、か……。
メイクーンたちが隠密で行動してるのだから、彼らにはそのまま自然にしてもらえばいいと思うが?
今回の火竜については私からバスティタ大公に伝えるし、そのような事情なら死体も私が管理しても問題ない」
意図を分かってくれたようだ。
しかもレドリオンではそのままシルバーとして活動して火竜の功績は隠密行動のハクに持たせるのでいいみたいだ。
「ありがとうございます。
彼も混乱を避けられるので感謝してると思います」
セラドブランが困惑した顔をしてても素知らぬ振りで会話を続ける。
「まぁ、くれぐれも気をつけることだ。
勘違いした者がそのシルバーやシルバーの知り合いに害意を持たないとは限らないからな。
友人を守るためにも注意しなさい」
……そうだよな。
この街ではシルバーとして認知されている。
今、ハク・メイクーンであることがバレても問題ないと思うけど、これから先もそうだとは限らない。
もう一度気を引き締める必要があるかも知れない。




