第百九十六話
ジェシーたちと一緒に一泊二日の小旅行をして夕方にレドリオンに帰って来た。
それほど狩りをしてないけど、普通に移動するとそれぐらいはかかる距離だった。
昇竜のハヤテやレンヤたちは気の良いメンバーで、親交を得られたのはありがたかったけど、ジェシーがいると……ずっと監視されてるようで異様に疲れた。
レドリオン公爵に相談してから火竜の扱いを決める予定だったけど、ジェシーのおかげで先に冒険者ギルドに顔を出すことになり、必然的に火竜のことは伏せたまま素材の買取りをしてもらった。
昇竜の狩った槍氈鹿や縞赤猪が金貨三百枚。
ざっと三十頭程度で三百枚になったけど、距離を考えると安い気がする。
「シルバーがいなけりゃ、こんなに稼げなかった」
と言って、そこから三割の九十枚をハヤテが気前良く手数料として払ってくれた。
僕たちの狩った縮毛羆と鋼皮羆などは合計金貨五百枚。
……迷宮に潜った方が断然稼げる。
鋼皮羆は迷宮なら三十階層の階層主に匹敵するのに……。
三頭冥犬は部分だけで金貨二千枚になったのに、全体がある鋼皮羆は金貨四百枚。
取引事例が無くて価格設定できないと言われてしまった。
ヘンリーに買取ってもらおうかとも思ったけど黒霧山調査の指名依頼として扱ってくれることになったので、そのまま買取ってもらうことにした。
指名依頼は冒険者ギルド内での評価ポイントが加算されてランクアップに影響すると言われた。
取引事例の無い鋼皮羆も貴重な魔物を倒したということで、評価が高いようだ。
受付嬢のリナが興奮してた。
「なんだか疲れたな……」
冒険者ギルドでジェシーや昇竜のメンバーと別れると気を張っていたのを実感する。
ネグロスの感想は僕たち三人の声だ。
「今晩はどうするんだ?」
クロムウェルが聞いてきたけど、これはレドリオン公爵に報告に行くかどうかってことだ。
「……明日にしようか。
これから行くのは気が重い。
今晩は金の麦館でゆっくり休もう」
「それがいいな。
ゆっくり休んでから報告した方が情報を整理できる」
「そうと決まったら、何食べる?
肉肉亭?」
早くもオフモードのネグロスが肉肉亭を提案してきた。
あそこは美味しいんだけど碧落の微風や咱夫藍と鉢合わせしそうだ。
「知らないお店に入ってみるか?」
「クロムウェルもチャレンジャーだね。
そうしたいところだけど、それはお預けみたいだ」
あまり考えずに金の麦館に向かってたのが失敗だった。
宿の前に兵士が待機してる。
あれは領軍からの指示だろう。
つまりはレドリオン公爵からの呼出しだ。
「すみません。
シルバーさんとバレットさん、ユンヴィアさんですね?」
五人組の兵士の中から一人が声をかけてくる。
やっぱり、僕たちを待ち構えていた。
「はい。そうです。
どちら様でしょうか?」
「はっ。自分は領軍で小隊長をしてるアイビスです。
レドリオン公爵が至急確認したいことがあるとのことです。
領館まで同行して頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
小隊長のアイビスがビシッと敬礼をして要請してくる。
尻尾の先までビシッとして隙が無い。
よく見ると前回、冥界の塔で拉致られたときの小隊長だ。
「分かりました。
案内をお願いします」
後ろを振り返ると、ネグロスとクロムウェルも仕方ないな、といった表情だ。
こんなことならサッサと肉肉亭に行くんだった。
アイビスに連れられて到着したのは、つい先日レドリオン公爵と食事した領館。
領館と言ってるけどレドリオン公爵の城だ。
その応接室に通される。
「こちらでお待ちください」
アイビスはそう言ってすぐに消えてしまった。
今回は何の用だろう?
火竜の件か?
それとも魔法鞄の方か?
「領軍の方じゃないから火竜じゃなさそうだな」
クロムウェルが呟く。
クロムウェルも要件が何か考えてたらしい。
「だったら魔法鞄かな?」
ネグロスが前のめりで言う。
魔法鞄だといいな。
一気に行動しやすくなる。二人も倒した魔物を回収したり、自由に武器を変えたりすると行動しやすいだろう。
「後は妖精人関係?
でも、そのために呼び出したりしないと思うんだよね」
「あぁ、そのためだけに連れてこられないだろう。
その場合は、何か他にも用件があると考えるべきだ」
クロムウェルも同意してくれる。
となると後は何だ?
「待たせたな」
考えに詰まっているとレドリオン公爵が戻って来た。
慌てて席を立つと後ろには長男ウォルタナスと次男デイビス、そしてイザベラ夫人。
更に続く。
「お久しぶりです。
メイクーン様」
バスティタ大公の五女でサーバリュー侯爵家を継ぐ予定のセラドブラン。そのセラドブランの護衛兼側仕えノアスポット・シャルトリとパスリム・ペルシア。
三人が続けて部屋に入ってくる。
何で?
確かにレドリオン公爵に会いに行くとは伝えたけど、どうして三人がこの場にいる?
「どうして? って顔をしてるな。
それを話すために集まってもらったのだ。
みんな座ってくれ」
レドリオン公爵がニヤニヤしながら皆んなを座らせる。
こちら側は僕たち三人だけ、反対側にレドリオン公爵家のメンバー、続いてセラドブランたちと並んで座る。
「新しい事実が分かったとセラドブラン嬢が伝えに来たんだ。
メイクーンたちと情報共有したいそうなので、今日この場はそのつもりで頼む」
「「「はい」」」
僕たち三人が返事をしたけど、セラドブランだけは少し怪訝な顔をする。
とりあえず今の僕たちはハク・メイクーン、クロムウェル・スノウレパード、ネグロス・コーニーってことだ。
冒険者のシルバー、ユンヴィア、バレットじゃない。
「では、セラドブラン嬢から話してもらおうか」
「はい」
レドリオン公爵から話を振られてセラドブランが話し始める。
「では皆さんご存知ですが少し振り返って説明させて頂きます。
まず半年ほど前からサーバリュー公爵領の一部で水不足が起きました。原因は分からないのですが池が干上がり川を流れる水量が減ったのです。
その地域にある水神宮の迷宮をメイクーン様たちに調査して頂き、中に眠る神授工芸品を復旧して頂きました」
おさらいなので皆んな今までの話を思い起こすようにして聞いている。
「神授工芸品を修復することで迷宮から水が湧き出し水不足は解決しました。
ただ、その直後に私たち六名がグルーガとその手下に襲われ、森が焼かれました。
最終的には騒動は収まったのですが、主犯のグルーガには逃げられてしまいその調査を進めるところで、メイクーン様たちとは別行動になりました」
一度、間を取ってセラドブランは皆んなの顔を確認する。
レドリオン公爵はもとより、ウォルタナス、デイビスとイザベラ夫人には既にその経緯を説明してあるので、ちゃんと理解している。
「その後の調査で、グルーガらしき冒険者が北の方へ逃亡したという噂が見つかりました。
今は部下がレドリオン公爵領内で調査を進めています。
必要ならば更に北への調査指示を出すつもりです」
グルーガが北へ。
場合によってはこのレドリオン領内にいる、もしくはここを通って更に北に行った。ということか。
セラドブランたちはグルーガの調査について協力をお願いするためにレドリオン領に来た訳だ。
「セラドブラン嬢たちが到着したのは今日の午後のことなので、レドリオンでの調査は始まったばかりだ」
レドリオン公爵が引き継いで話し出す。
「グルーガについてはレドリオンのギルドにも調査指示を出すので、何か分かったら伝えさせてもらう。
次に私から何点か話させてもらうぞ。
まずは妖精人。
妖精人についてはその後も新しい情報が無い。進捗なしだ。
次に魔法鞄。
これは何とか調達できたので、後で渡す」
セラドブランたちが首を傾げるとイザベラ夫人が補足する。
「クロムウェル様とネグロス様も今後の活躍のために魔法鞄が必要という判断です。
長距離の移動や迷宮で神授工芸品を得るためには魔法鞄が必須です。
それ餌にしてを他の貴族が寄り付かないように当家で用意しました」
今度は僕たちが首を捻った。
「逆に当家との結びつきを強くするために、当家から贈らせて頂きます」
ネグロスとクロムウェルがあっ、という顔で驚くと、レドリオン公爵が話を引き継ぐ。
「という訳だ。
金は要らんがレドリオンのために使ってくれ。
はははっ」
喜んでいいんだか、困るべきところか悩むけど、素直に喜ぶことにした。
「「「ありがとうございます」」」
「次は火竜だな」




