第百九十四話
黒霧山の麓。
迷いの森の入口にある火竜の作ったクレーター。
その中央に魔動馬車が停まっている。
その白銀の車体が離れた位置にある焚火に照らされてチラチラと光っている。
魔動馬車から距離をおいて焚火を囲んでるのは五人の獣人。
つい先日知り合って色々と教えてもらったBランクパーティ昇竜のメンバー四人と、同じくBランク冒険者、ドーベルマン種のジェシー。
……ジェシーが何でこんな場所に?
「お久しぶりです。
昇竜の皆さん。そしてジェシーさん」
こんな場所だけど挨拶して手を振りながら歩いて行く。
「おわっ! シルバーっ!」
「あ゛っ!」
薄闇の中、声をかけると五人が驚いてこちらを見た。
かなりびっくりさせてしまったようだ。
「ハヤテさん、お久しぶりです」
「レンヤさん、お久しぶりです」
ネグロスがハヤテに挨拶してクロムウェルがレンヤに挨拶すると、ジェシーだけが取り残される。
「俺には無いのかよっ!」
「ジェシーさんはどうして黒霧山に来たんですか?」
ジェシーが寂しそうだけど、そこはスルーして何しに来たのか尋ねる。
「お前らが黒霧山に行ったって聞いたから見に来たんだよ」
焚火で肉を焼いていたらしく、その場で立ち上がったけど近づいて来ない。
それを見て昇竜のメンバーも立ち上がったけど、そのまま焚火に寄って来るように手招きする。
「まぁ、話はゆっくり聞かせてもらおう。
火の近くに来いよ。
肉はあるか?」
リーダーで三毛猫のハヤテが席を詰めて僕たちのスペースを作ってくれた。
「ありがとうございます。
肉も薪も大丈夫です。
途中で狩って来たんで、皆さんに配れるぐらいありますよ」
ネグロスが余裕の笑顔で答えるとハヤテたち昇竜のメンバーが顔を顰める。
「そうだった。
シルバーが魔法鞄を持ってるんだった」
「ええ、僕が荷物を持ってるので隣にもう一つ焚火を作ってもいいですか?
全員で一つの焚火だと、食事が終わらないですし」
「好きにしてくれ。
俺たちは一通り食事を終えたところだ」
まだジェシーが肉を焼いてるけど昇竜のメンバーは食事を終えてるらしい。
その焚火の横に新しく火床を作り、手際良く串に刺した肉を焼き始める。
「お前らがここに来たってことは、あの馬車はお前らのか?」
焼いた肉を齧りながら僕たちの様子を見てたジェシーが、作業が一段楽したタイミングで訊いてきた。
「あの馬車ですか?」
明らかに魔動馬車のことだと判るけど、一応、確認するとジェシーが頷く。
「アレは僕が迷宮で拾った神授工芸品です。
目立つのが難点ですけど、装備は物凄いですよ」
意図的に、かなり自慢気に話すとジェシーが苦々しい顔をする。
「あんな高価な神授工芸品を放置しとくなよ。
無駄に警戒したじゃねぇか」
あ、それで最初に声をかけたときに慌ててたのか。
確かに貴重な神授工芸品が放置されてたら、かなり警戒する。
こんな森の中のクレーターにあんな高級そうな馬車だけが放置されてたら、何があったか不審に思う。
「すみません。
軽くその辺を探索するだけのつもりだったんですけど、迷子になりかけまして」
「お前らは黒霧山は初めてだろ。
森に入ってみて、どうだった?」
僕たちの肉も焼けてきたので、僕たちも肉に塩を振って食べながら答える。
「厳しいですね。
方角が分からないですし、水場がないので苦労します」
「その割には随分と余裕があるな」
「うちのパーティはクロムウェルが水魔法を使えますし、方角はバレットが得意なんで何とか帰って来ました」
「そう言えばそうだったな」
ジェシーが目を細めてクロムウェルを見ると、レンヤが話に割って来る。
「そうだった。
もし良かったら、クロムウェルの魔法の水を出してくれないか?」
「魔法の水?」
「クロムウェルは体力回復効果のある水を出せるんです」
レンヤの表現にジェシーが首を捻ると、レンヤが補足した。
「いいですよ。
どうせなら水筒を一杯にしますか?
活性水」
クロムウェルが緑色の水球を浮かべると、早速レンヤたちが水筒をひっくり返して水を捨て始める。
中の水を全て活性水と入れ替えるつもりだ。
それを見てるジェシーだけが戸惑ってるので、不銹鋼瓶を作ってそれに活性水を掬って渡す。
「飲んでみてください」
急に渡された不銹鋼瓶で呆気に取られてるジェシーに飲むように勧めると、不審そうに瓶を眺める。
それでもハヤテたちが喜んで飲み始めると、仕方なく瓶に口をつけた。
「これは?」
「僕たちは活性水って呼んでます。
疲れが取れるでしょう?
魔水薬みたいな効果があります」
「まさか?
いや、本当にそうなのか?」
ジェシーが少しずつ飲んで確かめるようにしている。
「分からないですけど、何人もの獣人がそう言ってますし、気分的には回復するのでそれでいいと思ってます」
ジェシーの疑問に対して活性水の効能を正確に表現できないので、曖昧にしたけど、草木が伸びるのだから身体にも影響があるはずだ。
「それとこの瓶は一体?」
「それは試作品です。
魔法で水筒が作れないかと思って練習してるんです」
「練習って。
それよりシルバー、お前の属性は土じゃないのか?」
「土?
どうして土って思われたんです?」
「いや、お前冥界の塔で土の壁を作っただろ?」
「土の壁なんて作りました?」
「作ったんだよ。
妖精人たちを返り討ちにしたときに作っただろ?」
妖精人たちを返り討ちにしたとき?
冥界の塔で上から下りて、新人狩りに遭遇したときに土の壁を作ったか?
……よく覚えてないけど、そのタイミングだったら精霊の銀の黄金虫、ミネラだな。
ジェシーもよく覚えてる。
「あまり広げることじゃないですけど、金属性ですよ。
少しだけなら土と水も扱えます」
「はぁ?!
お前、それ、どういうことだ?」
「土から鉄を作るときとか土を動かせますし、鉄を冷やすと水を作れるんです」
「本当か?」
ジェシーが食いついてくる。
……しつこいなぁ。
仕方がないのでタングステン合金の剣を握り、前に真っ直ぐ伸ばして持つとそのまま魔力を流して魔力で剣を覆うようにイメージする。
赤熱させるときは剣身にガンガン魔力を押し込むようにしてそのまま焼き尽くすようにイメージするのだけど、そうではなく、剣身を魔力で覆ってそのまま剣全体を空気ごと凍らせるようなイメージだ。
そうすると合金剣から何滴かの滴が垂れた。
更に続けると剣に霜が付いて、それが徐々に氷になる。
「「「「えぇ?」」」」
皆んなで見てて、何人かが変な声を出した。
「ちょ、あり得ないだろ」
「おい、何で氷ができるんだよ」
ジェシーよりもネグロスとクロムウェルからのツッコミの方が厳しい。
「とまぁ、こんな感じです」
「こんな感じじゃねぇ。
見たことも聞いたこともないわっ」
ジェシーに言われて実演したのに何故か逆ギレされるし、理不尽だ。
……それでも銀の黄金虫のことを隠せて良かった。
銀の黄金虫は僕も説明のしようが無い。




