第百九十一話
火竜を倒し黒霧山を南西に戻る。
森の様子を確かめるようにして空を飛ぶと、レドリオン公爵が魔物の多い森だと言っていたのがよく分かる。
昨日の夜は静けさと濃い霧が森を覆っていたけど、今はあちこちに槍氈鹿や縞赤猪がいる。
何羽かの鳥が飛び立ち、朝日を浴びて森が動き出しているのが分かる。
こんな森を木を伐採して開拓しようとした何年かかることか想像もできない。
あまりの森の広さに少し不安になる。
昨日の夜は一時間ほど尾行したので、道に迷わなければ同じぐらいで帰れるはずだ。
せめて、この辺りに目印ぐらいは作っておいた方がいいか?
来るときは火竜という目的があったので、追いかけるだけだった。
いざ、帰るとなると目印もなく途方にくれる。
こんなにも広く広がっている森の奥に入ったことがないので距離感や方向感覚がおかしくなりそうだ。
やって来たのが夜じゃなければ、ここまで途方にくれることもなかったと思うけど、後の祭りでしかない。
「鶴翼鉄壕」
気休めにしかならないけど、地面に降りて鶴翼鉄壕を作る。
要塞に向かって陣を作ることで迷子になっても、要塞に帰られるようにしておく。鶴の翼のように丸く広がった鉄柵の陣は横幅が百メートルはあるので上空からでも見つけられる。
簡易の目印にしては大規模だけど、どうせ獣人の入らない森だし許してもらおう。
既に森の奥地なので今更だけど、これでスタート地点に戻れる。
昼になっても森から抜けれない場合は、一度要塞に戻ることにしよう。
再度、太陽を背にして飛び始める。
ネグロスとクロムウェルが大人しく待っててくれるといいが……。
飛んで移動する僕に追いつけるはずがないので待ってて欲しいと伝えたけど、夜が明けたし森の中を探索してそうな気がする。
ジッと待ってるような性格じゃないし、竜を追いかけた僕を心配するだろう。
行き違いにならないように注意した方がいいな。
たまに地面に降りて鶴翼鉄壕を作って移動を繰り返すと、何本かの巨木とすれ違う。
周囲の距離と比較して異常な大きさの木だ。
品種は同じなのに、その木だけが高さ太さが三倍ほど大きい。
不思議に思って根元に降りてみる。
降りてみても特に違いが分からない。
何なんだ?
気になったので近くにある他の巨木も調べてみることにする。
他の巨木のそばには縮毛羆の死体が転がっていた。
多少苦労したようだが、目を潰して首を斬り落としている腕前は相当だ。
腕や足には浅い切り傷があるので、複数人で戦闘して倒したものらしい。
綺麗な死体がそのまま放置されているところからすると、獣や魔物との戦闘ではないだろう。
明らかに一流の冒険者たちによるものだ。
ネグロスとクロムウェル?
それにしては距離が合わない。
ここは森の入口からかなり奥になる。
僕たちが森に入るのと同じ頃にここにやって来た冒険者がいる?
火竜を調べに来た冒険者たちか?
ギルドや領軍の依頼で黒霧山に来る冒険者パーティならそれなりに腕があるだろうし、別に変ではないけど、面倒だな。
……かと言って放置するのも気になる。
早く帰って二人を安心させるか、それとも見知らぬ冒険者パーティを確認するか?
二人には悪いが、正体を確認するために密かに追ってみることにする。
どうせレドリオン公爵や冒険者ギルドに報告しなきゃいけないから、他にどんな冒険者パーティが来てるのか確認しておいた方がいい。
後から変な情報が錯綜するよりも自分で情報を把握するべきだろう。
そう決断すると証拠品の縮毛羆を腰鞄に仕舞う。
後で話をするときに実物があった方が話が早い。
次いで、上空に飛び上がり近くにある巨木へと移動する。
少し道を戻って要塞に向かうことになるが仕方ない。
巨木から巨木へと移動して、戦闘や休憩の痕跡がないか確認する。
この森の中を北東に向かってほぼ真っ直ぐに移動してるので、目的地があってそこに一直線に向かっていると考えられる。
僕は空を飛べるから簡単だけど森の中を正確に進むのは難しいだろう。
たまに牙鼠山猫の死体が放置されているので、それも回収して後を尾行ける。
順番に確認しながら追って進むと最後の巨木に着いた。
この先巨木がないので、今、このすぐ先を移動しているところだろう。
巨木の上から地面を見通そうとするけど木の葉が邪魔で見えない。
仕方ないのでゆっくりと地上に降りる。
巨木の周辺には戦闘跡はない。今回は休憩しただけらしい。
耳をすましても特に目立った異音はない。派手に行動してる訳では無さそうだ。
地表は木の葉で日光が遮られ、木々が重なり合うように生えていて視界が悪い。
足元も苔や蔦が蔓延っているし、倒木もあるので歩きにくい。
蒼光銀にするか合金剣にするか悩んで、タングステン合金とコバルト合金の剣を両手に持った。
竜の洞窟で昇竜のメンバーがネグロスとクロムウェルの武器を気にしてたことを思い出して、知らない冒険者に絡まれないようにちょっとした保険をかける。
さて、先行する冒険者パーティは何人パーティだろうか?
四、五人なら声をかけやすいけど、十人とかのグループだったら声をかけるのはやめよう。
色々詮索されたりしそうで怖い。
バキッ!
ズズーンッ!
突然、木々の向こうで何か起きた。
恐らく魔物との戦闘だ。
木を倒すような大型の魔物か?
声をかけるかどうか悩んでる時間は無さそうだ。
すぐに木々の間を走り抜けて音の方へ向かう。
少し走ると、木が折れて上空から光が差す場所に一体の魔物。
金属光沢の大型の熊が暴れてる。
鋼皮羆?
さっきの縮毛羆よりも遥かに難敵だ。
縮毛羆の毛皮は毛が硬く密集してるため剣を通さない。
事実、先ほどの死体も手足の傷は毛皮を少し傷つけていたけど、肉を切るまではできていなかった。
唯一、首への一撃はその毛皮を斬り裂く強力な攻撃で毛皮を斬り裂いて肉と骨を断っていた。
鋼皮羆は鋼の毛皮を持っている。
並の剣技では傷もつけられない。
剣の方が折れてしまう。
縮毛羆を倒せても、鋼皮羆は多分無理だ。
聞いた話では鋼皮羆はAランクの魔物。
Aランクパーティじゃないと相手にならない。
Aランクパーティでも相性によってはすぐに全滅してしまう。
その鋼皮羆は体長四メートル、二メートルはある腕を振り回して暴れてる。
どうしようかと考えてたら、左右から二人の獣人が鋼皮羆に襲いかかった。
二人とも斬るのではなく、強烈な突きで鋼皮羆の腕を狙う。
キキキンッ!
しかし鋼の毛皮に弾かれた上、逆に剣と槍を鋼皮羆に叩かれて吹き飛ばされる。
「バレット!
ユンヴィア!」
森の中を進んでいるのは、野営地で別れた黒瑪瑙の二人だった。




