第百八十九話
ネグロスと話して少しは怖さが取れたけど、暗闇の中を走り続けてるとまたすぐに不安になる。
この先どんな魔物がいるのか?
既に魔物に囲まれてるんじゃないか?
そんな風に考えてると遠吠えが聞こえた。
遠吠えと言いながらも、そんなに遠くない距離だ。
「血狼かな?」
「そう言えばレンヤさんが血狼が出るって言ってたな」
少し緊張してるようだ。
知らずにネグロスに聞いていた。
ネグロスはそんなに緊張していない感じで答える。
「振り切った方がいいか?」
「数にもよるな。
どうせ戦闘になるなら、戦いやすい場所で待ち構えた方がいい」
「それもそうだな」
二人で手頃な場所を探しながら走る。
二人で血狼を迎え撃つなら、開けた場所がいい。
視界が確保できると更にいい。
血狼が何頭いるか分からないが、十頭ほどなら戦闘に問題は無い。
私たちが二人が適度に離れて動けるスペースがあれば撃退できるはずだ。
マズいのは木の密集した場所で動きが制限されてしまうこと。
私もネグロスも自由に動けるスペースが無ければ、数に押し切られてしまう。
しかし、濃い森の中で望んだ空間は見つからない。
いつしか森の中を追って来る血狼の足音が確認できる距離になっている。
「かなり近くまで来てるな」
「あぁ、仕方ないし迎え撃つか」
「分かった」
ネグロスの返事を合図にして、二人して走るのを止めて背後に向かって武器を構える。
一頭、二頭、三頭、四頭、……くそっ、十頭以上いる。
「私は右に行く」
「俺は左。終わったらここで!」
ネグロスを巻き込まないようにして右に移動する。
木が生い茂っているが十字戟を振り回すのに影響は無い。
自分の戦いやすい場所で撃退するだけだ。
二手に別れた私たちに対して血狼も二手に別れた。
何匹かがネグロスの方へ行き、何匹かがこちらにくる。
暗闇の中で血狼の赤い毛並みだけが動いている。
動きは俊敏だが体が大きいので目で追えないような速さでは無い。
私よりも大きな体なので重さの方が問題だが、十字戟で首を斬り落とすとその場に崩れるようにして倒れた。
問題ない。
樹々に挟まれた狭い空間でも血狼の動きに合わせて十字戟を突き出すと、シンプルな動きで倒すことができる。
五、六頭の血狼を立て続けに倒すと、辺りが静かになる。
直前までビビりまくっていた自分が滑稽なくらいスムーズに戦うことができた。
一度間を取って辺りを確認し直し血狼を倒しきったことを確認すると、ネグロスと別れた場所に戻る。
歩いてると向かいから音もなくネグロスが現れ、私を見つけて声をかけてくる。
「大丈夫だったか?」
「あぁ、思ったよりもスムーズに対応できた。
自分でも驚くほどだよ」
「これぐらいの魔物は迷宮でも倒してるから、森の中でも焦らなけりゃ大丈夫だ」
「そうだな。この調子でいこう。
活性水」
活性水を作ると一息ついて、周囲を確認する。
似たような景色が続くが、ちゃんと方向も判断できるし大丈夫だ。
ネグロスも活性水を飲みながら、周囲に目をやり確認している。
「この辺でまた植生が変わるみたいだな」
ネグロスが言って、私も樹々を注意してみると確かに少し雰囲気が変わっている気がする。
土の感じが変わったかも知れない。
「……苔が増えたか?」
気づいたことを口に出してみる。
「苔、……苔か。
なんとなく木の葉が大きくなったぐらいしか分からなかった」
ネグロスに言われて見てみると、木の葉がこれまでよりも大きくて濃い色をしてる。
「言われてみると葉の色が濃いな」
「だろ。
徐々に山を登ってきたみたいだ。
竜の住処はもっと奥だからサッサと行くか」
「あぁ、まだ夜は長いし行けるとこまで行こう」
再び走り出すと、確かに足元の感じが違う。
カサカサした枯葉が多かったのが、湿った感じになっている。
時折、苔生していて足元が滑ることもある。
「本当に植生が変わったな」
ネグロスの観察力に感心して呟くと、ネグロスも笑いながら返してくる。
「ここまで変わると竜の洞窟で階層主を超えた後の変化みたいだ。
かなり極端だ」
「確かにそうだな」
「イメージ的には二十階層ってとこか」
「二十階層か、ここから先はさっきの血狼みたいにはいかないかもな……」
「十五階層の髭梟を倒して、十七階層で牙鼠山猫を回避し、十九階層で血狼を倒して、今二十階層の階層主に向かってる。
そんなとこか」
ネグロスは悪ノリして物騒なことを言ってる。
「おいおい、調子に乗ってると本当に階層主クラスの魔物が出てくるぞ」
「そんときゃ仕方ないし倒すしかないな」
軽く笑いながら倒木を飛び超えて走り抜ける。
迷宮とは違い階層主もいないし、倒さなくても奥に進めるが徐々に難易度が上がるのは一緒だ。
できれば面倒な魔物とは戦わずに進みたいが、そうも言ってられなさそうだ。
「正面、大型の熊、一旦左に回避する」
「私も確認した」
進路上に見えたのは大型の熊が一頭。
回避するためにネグロスに合わせて進路を左に変えて、木の裏を走り抜ける。
グォッ!
熊に捕捉されたようだ。
熊が唸り声を上げて追って来る。
「ヤバっ。追って来る」
「仕方ない、迎え撃つ」
お互いに声をかけると血狼のときのように振り返って熊を確認する。
デカい。
シルエットは熊だけど、大きさは象のようだ。
黒い塊が木を倒しながらこちらに向かって来る。
「熊って大きさじゃないな」
「あぁ、デカ過ぎる」
「足を止めるか」
「そうだな。さっきと同じように左右に別れよう」
「分かった」
ドスドスと近寄る熊に対してネグロスが左に私が右に飛んで牽制すると、熊は私の方に迫って来た。
すかさずネグロスが背後から後ろ脚に斬りつける。
ジャリン。
不思議な音とともにネグロスの双牙刀が熊の毛皮に弾かれる。
それを見て首を狙っていた突きを左腕に変えて斬りつけると、私の十字戟も毛皮に遮られてダメージが入らない。
何とか熊の爪をかわすと、時計方向に回って熊の正面から逃げる。
毛皮が硬くて十字戟じゃ斬れない。
「マズいっ」
「あぁ、逃げるか?」
躊躇いながらベグロスに聞く。
「今逃げても追って来る。
もう少し粘ってから逃げよう」
「分かった」
そう言うことなら試してみるか……。
二人してクマの毛皮を斬れなかったけど、少しは痛い目にあってもらおう。
「水球。
水球。
水球」
水魔法で熊の顔目がけて水球を飛ばす。
水球の大きさは熊の頭と同じ程度の大きさ。
慌てた熊が水球を割り、割れた水球を目眩しに使う。
すぐ横に生えている気を蹴って三角跳びの要領で熊の頭上まで跳んで、右目に十字戟を突き刺す。
グジャアッ!
嫌な感触だが、毛皮に弾かれることなく槍先が入った。
が、十字戟を握られて振り飛ばされてしまう。
ぐふうっ!
背中から木に叩きつけられて、肺の空気を全て吐き出すような衝撃に襲われた。
ヤバい。動けない。
叩きつけられた衝撃で身体全体が痺れて動けない。
顔を血だらけにした熊がこちらに四本足で歩いて来る。
「竜巻斬!」
絶体絶命の瞬間、ネグロスの声が響いた。




