第百八十六話
エルクスを捕まえようとするオレの頭上で火竜が雄叫びを上げる。
はぁ?
そのまま大人しくしてればいいのに、エルクスが倒れたら火竜は暴れ出すみたいだ。
再び息吹を吐く予備動作を始める火竜。
こんなところで息吹を吐かれたら、死んだか逃げたか分からなくなる。
せっかくエルクスの動きを止めたのに逃したら洒落にならない。
しかし空中で射出機は使えない。
ヴェネット!
風の隼の精霊、ヴェネットを呼び出し銀糸のマントで加速する。
風の精霊が起こす大きな突風をマントに受けて盛大に加速したオレは真下から火竜の口に目掛けて剣を突き出した。
ガンッ!
先ほどとは違う鋭い反応で火竜が俺を殴る。
何とか蒼光銀の長剣で爪を防いだが、物凄い力で殴り飛ばされる。
真横に弾き飛ばされたオレに向かって炎の息吹が追い討ちをかける。
口から吐き出された巨大な火球。
直径五メートルの巨大な火の玉がオレを追いかけて来る。
ヴェネット!
風の力を借りて空中で制動をかけ、その場に止まると火球を迎え撃つ。
だあぁぁぁっ!
二本の蒼光銀で袈裟斬りにして斜め下に打ち返す。
それでも打ち返すことはできず、火球は軌道を少し変えてオレの後方の地面に当たった。
ドゴッ!
オレの背中で火柱が上がる。
信じられない威力だ。
蒼光銀の長剣でも消せない。
弾くと言うよりも逸らすのが精一杯だ。
火球を弾いた腕が痺れ、背後で燃え上がる炎は夜中の森を燦々と照らしている。
かなり遠くに着弾したはずなのに背中が熱い。
森の入口で見つけた焼け野原は火竜が作ったものだった。
目の前でその火球を見て分かった。
どうする?
痺れる腕を上げて火竜を見ると既に予備動作に入ってる。
狙いは要塞跡。
エルクスたちを焼くつもりだ。
ヴェネット!
再度、ヴェネットから爆風に近い風を受けて加速する。
間に合え!
剣を突き出して火竜の首を狙う。
ドンッ!
間に合わない。
火竜の吐き出した火球が要塞跡に向かって飛ぶ。
その先には倒れて動かないエルクス、そして二人の犬人。
ギィンッ!
オレの蒼光銀が火竜を捉えると、その首の一部を鱗と共に斬り裂く。
何枚かの鱗が割れて宙を舞うと、大木よりも太い首に入った一筋の斬り痕から血が噴き出す。
と、要塞に着弾した火球が弾けて城壁を吹き飛ばし、一面を炎で包む。
くそっ、間に合わなかった。
また妖精人の手がかりを失った。
地面で燃え広がる炎で照らされて、空中で向き合うオレと火竜。
ふざけた真似しやがって。
再びヴェネットを心の中で念じると、銀糸のマントが輝いて空中で加速する。
狙いは翼。
コイツは逃がさない。
ダラリと下げた右腕をかわして、翼の付け根を蒼光銀の長剣で殴りつける。
折れろ!
ドゴッ!
しかし、鈍い音がして剣が止まる。
剣が刺さったけど、貫くまではいかない。
そして動きが止まったところを火竜の爪が切り裂きにくる。
マントで身を護り、剣を捨て、身を捻って爪をかわすとマントの端がザックリと裂けている。
危なかった。
翼の付け根に一本の剣が刺さった状態でまたも火竜が予備動作を始める。
舐めるな!
この距離で火球を撃たれるほど落ちぶれちゃいない。
収納庫から新しい蒼光銀の長剣を取り出して、二刀流に戻すと一度斬りつけた首目掛けて加速する。
ヴェネット!
銀糸のマントは魔力を流すと復元する。
切り裂かれたマントは既に元通りだ。
そのマントに風を受けて加速する。
その長い予備動作じゃただの的だ。
ザシュッ!
太い首の傷に剣を押し込み思いっきり魔力を流す。
蒼光銀を白熱させて肉を裂くと火竜が中途半端な火球を宙に吐いた。
このまま、首を落としてやる!
両手の剣を力任せに火竜の首に叩きつけるが、鱗に弾かれて剣が通らない。
さっき突撃したぐらいの勢いがなきゃ歯が立たない。
……だが、鱗がなきゃ弾くこともできないはず。
弾かれても何度も蒼光銀の長剣を叩きつけると、やがて何枚かの鱗が剥がれる。
鱗が剥がれたら部分を集中的に斬り続けると、火竜が予備動作を諦めた。
突然、怒り狂ったように噛み付いてくる。
それをかわして距離を取ると新しい魔法を唱える。
「千槍射襲!」
両手を大きく広げると、その手の先にに無数の槍が浮かび上がる。
長く鋭い槍。
投擲武器として飛距離と攻撃力を兼ね備えた武器。
それが夜空に何百と現れる。
行け!
両手を一気に火竜に向けると、何百もの槍が流れ星のように筋を引いて火竜に襲いかかる。
槍の幾つかは腕に弾かれ牙に砕かれたが、それでも次々と体表の鱗を砕き皮膚に刺さる。
まるで近代兵器のような信じられない連射が終わると、槍に貫かれて針鼠のようになった火竜がこちらを睨んでいる。
これほどの槍をくらってもダメージは無いと言いたいらしい。
ヴガアァァァァッ!
火竜が吠えて体を震わすと何本もの槍が地に落ちていく。
あちこちから血が噴き出したが、何故か鱗の傷が修復している。
……ダルメシアンが言っていた竜の回復能力か。
深く刺さっていた槍も地に落ちていく様を不思議に思ったら、槍の表面が腐食している。
強酸?
翼の付け根に刺さった剣を探すけど見当たらない。
いつの間にか蒼光銀の剣も振り落とされたらしい。
手元の剣を見ると腐食は見られない。
魔力を纏って戦う分には問題無いけど、長時間触れるとヤバいかも知れない。
観察してるうちに火竜の自己治癒が終わったらしい。
猛然とこちらに向かって来る。
今回は肉弾戦にしたみたいだ。
火球を弾かれ、予備動作中に攻撃されて少しは賢くなったらしい。
噛み付いてくる牙を剣で防ぎ、真横から来る剛爪を掻い潜って懐に入る。
胸元で鱗に逆らって下から剣を振り上げるように斬り付けると、何枚かの鱗が剥がれた。
他愛無い。
肉弾戦にしたけど、こちらのスピードの方が上だ。
火竜の攻撃を掻い潜り、斬りつける。
火竜の懐で牙と爪をかわしながら鱗を剥いでいくと、その下にある頑丈な皮が見えてくる。
斬っ!
斬っ!
右の剣で胸元を斬り裂き、左の剣を心臓に突き刺す。
どうだっ!
竜の顔を見ると小さく開いた口から今までと違う息吹がオレを襲う。
直線的な炎。
火球よりも小さいが熱量は負けてない。
蒼い息吹がオレの左肩から右の脇腹にかけて一直線に切り裂くようにして身体を焼いた。
ぐふっ!
しまった。
決して気を抜いた訳じゃないが、これはヤバい。
火竜とオレが一緒に地に落ちる。
ドンッ!
火竜が落ちるとその体が潰れて周囲に大きなクレーターができる。
オレはそのクレーターの中に落ちて行った。




