第百八十五話
「エルクス、お前は逃げろ。
私が相手する」
僕が水魔術師の対応に困っていると、ピューラーがしっかりとした声で言う。
水魔術師の名前はエルクスか。
いや、それよりもピューラーが復活したようだ。
しかもエルクスを逃す?
くっ、面倒な。
「いや、大丈夫だ。
お前が動けるなら、こんな餓鬼なんかすぐに始末できる。
肉体再生水。
ぐぁわぁあぁあっ!」
ピューラーの言葉を否定してエルクスが答えると、その後すぐに大声を上げながら蹲る。
よく見ると斬り落としたはずの両腕の部分に蠢く水が見える。
肉体再生水と言っていたから、両腕を再生するつもりだろうが、そんな真似はさせない。
「硬樹芽吹」
腕を再生してるエルクスに追撃しようとしたら、僕とエルクスの間に木が生えた。
木?
ピューラーが魔法を使ったようだ。
一瞬で大きく黒い木が進路を塞ぐ。
エルクスが水魔法で、ピューラーが木魔法。
コンビを組まれると厄介な組み合わせだ。
それでもその木を切り倒してエルクスに迫る。
だぁっ!
右手を伸ばして渾身の突き!
「水爆弾!」
エルクスが自分の足元に水の塊を叩きつけて爆発させると、その爆風で部屋の外に吹き飛んだ。
僕の方も爆風で後ろに飛ばされる。左手で顔を庇ったので被害は無いが、エルクスに逃げられた。
くそったれ!
エルクスは後だ。
後ろに転がり衝撃を逃がしながら中にいるピューラーを探すと、杖を突き出して何かを詠唱している。
何だ?
「……、八樹牢獄」
突然、僕を取り囲むようにして八方向から真っ白な蔦が伸びてくる。
根本が獣人の胴体ほど太い蔦が、蛸の触手のように迫ってくる。
斬るか……。
キンッ!
硬い!
でも、斬れない訳じゃない。
キキンッ、キンッ、キキンッ!
くっ、キリがない。
円盤刃!
地面から円盤状の鋸を出して白い蔦を切る。
木属性と金属性なら、金剋木。
鉄は木を切り倒す。金属性の方が有利だ。
円盤刃で僕を捕まえようとする蔦を切り、改めてピューラーを見るとまた何か詠唱してる。
あっ!
ヤバイ。
火竜を苦しめたあの魔法だ。
詠唱はどれくらいかかる?
迷うな!
射出機っ!
建物内とか関係なく、一気にピューラーに突っ込む。
ドンッ!
「がふっ!」
ピューラーの胸を串刺しにして奥の壁に縫い止めた。
マントにピューラーの血が飛び散ったけど、そんなことに構ってられない。
はっ!
立て続けにピューラーの四肢を斬り落とすと、その首も落とす。
宙を舞ってピューラーの首が飛ぶ。
ゴロゴロと転がって黒いフードが外れると、そこには真っ白な妖精人の顔があった。
妖精人!
真っ白い平坦な顔に金色の髪。
黒ローブで顔を隠してたのは妖精人だった。
妖精人と犬人がつるんでる?
慌ててピューラーの死体を腰鞄に仕舞いエルクスを探す。
部屋から逃げたヤツはどこへ行った?
二人でオレを殺すと言ってた癖に斬りかかると、ほとんど自爆のようにして爆風で逃げ延びた。
ヤツの性格なら何をする?
……きっと水魔法で僕を仕留めに来る。
ここで待つのも面倒だし罠にかかりに行くか。
部屋を出て入って来た通路を逆に戻る。
それにしても妖精人が犬人と組んで何をしようとしてる?
犬人の扱い方からするとただの手下かも知れないけど不気味さを感じる。
しかも黒霧山の山奥で火竜まで用意して……。
冥界の塔の新人狩りの残党ならレドリオンを襲うつもりか?
それならエルクスを逃すとマズい。
エルクスと火竜を確保しないと危険だ。
慌てて走り出し建物から出るとダルメシアンの二人が魔晶石柱を操作してる。
マズッた。
エルクスは冷静に行動したようだ。
ダルメシアンの二人を介抱し、力を合わせて火竜を使おうとしてる。
……でも、どうやって火竜を扱う?
暴れた火竜を大人しくするときはピューラーの魔法で弱らせてた。
でも、今はピューラーがいない。
あの火竜が簡単に言うこと聞くとは思えないし、何か奥の手があるのか?
鋼触手。
自由を取り戻した彼らを再び鋼の触手で拘束して、肝心のエルクスを探す。
動けなくなった二人だが、魔力操作だけはできたようだ。六角聖盾の輝きが消え、結界が解ける。
朧げに見える結果が淡雪のようにパラパラと散って消えると、火竜がゆっくりと首を上げる。
……その火竜の首の付け根、背中に捕まるようにしてエルクスが見える。
火竜に騎乗できるのか?
「遅かったな。
今から貴様を焼いてやる。
地べたを這いずり回って許しを請うがいい」
そう言うとフワリと火竜が宙に浮いた。
翼で羽ばたくのではなく魔力的な力のようだ。
圧倒的な優位に立ったのを確信したエルクスが上から嘲る。
「火竜よ、炎の息吹だ」
エルクスの胸に下がっている円盤が光ると火竜の首に白い魔法陣が浮かび上がった。
さっきまではしてなかったネックレスだ。
何か特殊な神授工芸品に違いない。
それから火竜はゆっくりと首を引いて息吹を吐く予備動作を始める。
本気か?
ここで息吹なんか吐いたら、一面吹っ飛んで焼け野原になるぞ。
手下のダルメシアンだけでなくピューラーもまとめて焼くつもりか。
……ピューラーの死体を拾っておいて良かった。
このままだと全て焼かれて証拠隠滅されてしまう。
射出機っ!
白銀のマントに魔力を流し射出機で加速すると火竜の顎を下からアッパーで殴る。
予備動作中に殴られ、予備動作を止められた火竜がオレに噛みつこうとするが、空を飛んで難なくかわし眼前に立つ。
「なっ、貴様、精霊使いか?!」
エルクスが目を見開いて知らない単語を叫ぶが、相手にしてられない。
火竜を放っておいて騎乗しているエルクスを狙う。
ヤツには鋼触手が効かない。
だが、拘束しない方法もある。
闇針。
「ぐふっ!」
腹に長い針の刺さったエルクスが火竜の背から落ちそうになって堪える。
夜中の闇針は闇に紛れる。どこから飛んで来るか分からない闇針を見つけるのは無理だ。
闇針。
「あ゛ぁ!」
エルクスの左腕を貫いた闇針。
再びエルクスが竜の背から落ちそうになるがそれも堪える。
さっき部屋の中で対峙したときはいい反応をしてたのに今はそんな余裕が無いようだ。
腕を再生して力を使い果たしたか?
闇針。
「ガッ!」
右腕も闇針に貫かれたエルクスがとうとう竜の背から落ちる。
…………ドンッ!
建物の天井よりも高い位置から落ちたエルクスが地面に当たりバウンドする。
何度かバウンドして転げ回るエルクス。
これで魔力も体力も限界だと思うがまた回復されると面倒だし、どうする?
ウヴォオォォー!
エルクスに向かって飛ぶオレの頭上で竜の雄叫びが響いた。




