第百八十四話
火竜を追いかけて黒霧山の奥、迷いの森で見つけた滅びた要塞。
火竜の巣になっていると思った要塞だけど、調べてみると様子が違った。
火竜は六本の魔晶石柱でできた結界に閉じ込められていて外からダメージを与えられないし、中からも出られないようだ。
そして隣の建物から出て来た三人の黒ローブ。
顔が見えないので獣人か妖精人か判別できない。
「煩い竜を黙らせるぞ!」
「「はっ!」」
指示を出した一番身長の高い黒ローブが火竜に向かって杖を突き出して何かを唱え出すと、二人の従者は魔晶石柱に駆け寄った。
「……、……、……」
リーダーっぽい黒ローブはやたらと長い詠唱を続けている。
何をするつもりか知らないけど、恐ろしい集中力だ。
「……、……、……!」
知らない魔法が完成すると、何故か結界に穴が開き、杖の先から出た紫の煙が渦を巻いて火竜に向かって行く。
紫の煙は魔晶石柱の結界に開いた穴から結界の中に入り、結界の中で火竜に纏わりつくと体のあちこちに大小様々な魔法陣を描く。
紫の魔法陣が火竜の体に貼り付くと発光してそのまま竜の体を焼きつけると鱗が爛れて魔法陣の部分が黒ずんでしまった。
何だか悍しい魔法だ。
直接的に体を焼くと同時に体の内部をも焼いているのが、火竜の苦しみ方で分かる。
二人の助手が動くと、結界の穴が閉じていく。
結界を操作してるみたいだ。
……最初に結界に穴が開いたのも、二人が操作したからか?
二人が魔晶石柱に手をついて力を込めると結界が明るさを増す。
中で暴れる火竜が身悶えして暴れ続けているが、結界が強くなっているようでガンガンと竜がぶつかる音だけが響いている。
やがて火竜が大人しくなり、動かなくなったところで二人の助手が魔晶石柱から手を離した。
「よくやった。
竜の様子はどうだ?」
「異常ありません。
既に回復が始まっているので、明日の朝には回復するかと思います」
「分かった。
六角聖盾に魔力を充填することを忘れるなよ。
研究所の二の舞は許さん」
「「はっ」」
黒ローブのリーダーが身を翻して建物に戻って行くと、残された二人が再び魔晶石柱に手をついて集中し始める。
チャンスか?
恐らく六角聖盾はあの神授工芸品の名前だろう。
研究所は何か分からないが、今は関係ないだろう。
とにかくアイツらが火竜を使って何かをしようとしている。
レドリオン公爵が知らない組織。
火竜と言う圧倒的な暴力を持つ組織。
ここでさっきのリーダー格を捕まえないと危険なことになる。
鋼触手!
鉄触手を改良して細くて強度を上げた鋼触手で二人の助手を拘束する。
「何?!」
「何だ!」
一瞬で身体を拘束された二人が慌てて周囲を見回そうとするけど、背後から近づいて視覚に入らないようにして後頭部を殴り意識を奪う。
二人の意識を刈り取ってから、黒ローブを剥ぐとダルメシアン種の犬人の顔が出てきた。
犬人!?
犬人が何でこんなところに?
……考えるのは後だ。
リーダーが戻っていった建物に駆け寄って気配を探る。
三人以外にも誰かいるかも知れない。
気配を殺して建物に入り込むと、宿舎のようだ。
片廊下式の通路の左手に個室が続いている。
しかし使った形跡は無く打ち果てたままになっている。
こんなボロボロの建物を使っているのか?
部屋の扉を一つ一つ覗き込みながら、中を確認して先に進むと大きな部屋が続くようになった。
そろそろか?
会議室を覗き込むと黒ローブが一人、机の上に書物を広げている。
鋼触手!
すぐに地面から生やした鋼の触手で身体を拘束する。
背後に駆け寄って意識を奪ったところで、入口から声がする。
「何者だ?
水縛流」
くっ!
もう一人いた。
水魔法が飛んできたので蒼光銀の剣で紐状の水を叩き斬って、黒ローブに向かって飛びかかると、黒ローブはすぐに後ろに飛んで距離を取った。
「漣水飛礫」
距離を取られた瞬間に次の攻撃が来る。
左手に持った杖先から指先ほどの水弾が連射されたので、マントを巻いて横に飛んだ。
ビジジジジジッ!
石造りの建物に小さな抉り痕が走る。
見かけよりも威力がある。
鋼触手!
杖を構えたポーズのまま襲ってきた黒ローブを捕まえる。
ただし、動きを止めても魔術師は油断できない。
腕を斬り落とすために剣を振りかぶる。
「金創水」
剣を振りかぶった瞬間、鋼触手が水に変わって流れ落ちる。
こんな使い方もあるのか。
金生水。金が水を生む。
僕の作った鋼触手から水を生み出し、鋼触手を消した。
鋼触手から逃れた黒ローブが剣をかわす。
「水盾」
空振りした僕が返す刀で胴を狙うと、すかさず水でできた丸盾を作り出し剣を弾く。
……戦い慣れている。
剣を出さないので生粋の魔術師だと思うけど、接近戦で剣を当てられない。
「金創水
ピューラー、起きろっ!
この餓鬼を始末するっ!」
距離を取った黒ローブが、もう一人に声をかける。
最初に捕まえた書物を読んでいた黒ローブの名はピューラーというらしい。
ピューラーを拘束してた鋼触手が水に変わると、ピューラーが石の床に崩れ落ちた。
ドサリと倒れたピューラーが衝撃で目を覚ます。
頭を振って目を覚まそうとするピューラー。
「エルクス?」
ピューラーが呟いた。
エルクス?
もう一人の黒ローブの名前か?
「水刃斬」
ピューラーを解放した黒ローブが追撃を放ってくる。
刃渡り一メートルほどの水の刃を蒼光銀の剣で断ち斬り、どちらに対処すべきか逡巡する。
先ほどから水魔法で色々としてる黒ローブか、一度捕まえたけど逃げたピューラーか?
邪魔な水魔術師からだ。
まだ朦朧としてるピューラーは後回し。
水魔術師に向かって飛び込む。
鉄壁。
ただ飛び込んでも後ろに逃げられるので、逃げ道を塞ぐために水魔術師の後ろに鉄壁を作る。
できれば捕まえたいところだけど、そんなことを言っている余裕は無い。
首と胴に向かって左から両手の剣を振る。
遠心力も使った二刀流。
「水盾っ!」
黒ローブの前に浮かぶ水盾。
水色に輝く水盾に蒼光銀の剣を叩きつけて盾を打ち砕く。
水魔術師は後ろに飛んだけど、そこには鉄壁があって後ろに飛べない。
殺った!
しかし、水魔術師は二本の掌で迫る二刀を直接握るようにすると、両腕を犠牲にして威力を弱めると、斬られた勢いを使って横に転がった逃げた。
……上手い。
両腕を犠牲にしたけど、あの窮地から逃げ出した。
逃げ道を塞いだ鉄壁には大きく二筋の斬り跡が残っている。
両腕を肘まで斬り落とされ、血を噴き出しながらも転がって逃げた水魔術師はそこから更に後ろに飛んで距離をとる。
もう少しで部屋から逃げ出せそうな位置だ。
マズいな。二手に別れると面倒だ。
「エルクス、お前は逃げろ。
私が相手する」
僕が水魔術師の対応に困っていると、ピューラーがしっかりとした声で言った。




