第百八十三話
空を赤い点が移動している。
北の空を西から東に向かって。
星のようだけどもっと近い。
流れ星ほど早くない。
距離感が分からないけど空を何かが飛んでいる。
鳥?
いや、長い尻尾のようなものがある。
火竜か!!
赤い体が炎を纏ったように発光してる。
この時間に西から東へ飛んでいる。
これは巣に帰るのか?
どうする?
「どうかしたのか?」
木剣を磨いていたネグロスが僕の様子を不審に思って顔を上げる。それに気づいてクロムウェルをこちらを見る。
「あぁ、火竜だ。
あそこの空を移動する赤い点。
西から東に飛んでいる」
「「何っ!」」
二人が慌てて振り返って、空を睨む。
赤い点はゆっくりと移動している。
「僕は今からあいつを尾行する。
三日。長くて三日、ここで待機しててくれないか?」
「おいおい、一人で行く気か?」
「うん。さっき色々考えたんだけど、空を飛べる僕が追いかけるしかないと思うんだ」
「しかし、危険すぎる」
「それも分かってる。
一撃でこのクレーターを作るような化け物だ。
逃げるときには逃げるよ」
「俺たちも地上から追った方が良くないか?」
「……それだと、合流できなくなる可能性がある」
「しかし……」
「千載一遇のチャンスなんだ。
行ってくるよ
射出機」
そう言うとネグロスとクロムウェルを振り切るようにして加速し空を飛んだ。
クレーターから加速して出発したけれど、赤い点の動きは変わらない。
銀糸のマントを使って空を飛びながら、両手の蒼光銀の長剣を握り直す。
向こうに気づかれたらすぐに戦闘に入る可能性があるので、後ろは振り返らない。
火竜の大きさが分からないので距離感が掴めないけど、かなり高い高度を一直線に飛んでいる。
下を見るといつの間にか森が濃くなり山に入っている。
山には霧がかかっていて、黒く霞んでいる。
ネグロスとクロムウェルに待っててもらうように言って正解だった。
夜になって明かりの無い森が霧に包まれたら迷いの森から出られるはずが無い。
遠くには更に高い山が見えるけど目的地はそこでは無いようで、火竜が徐々に高度を落として来る。
このままの高度で飛んでいると気づかれそうなので、僕も高度を落として、樹々の枝先に触れるような高さを飛ぶ。
遠くまで見通すことができないけど火竜に気づかれるよりもマシだ。
たまに徒長している木の枝をかわしながら飛ぶと火竜の進行方向に石を組んで作った砦のようなものが見えた。
砦?
いや、要塞か?
かなり風化しているけど崩れた要塞が山の中腹にある。
昔の遺跡を火竜が住処にしてるようだ。
火竜はゆっくりと高度を落としながら要塞に近づいて行く。
火竜が高度を落としたので、僕はスピードを落として離れた距離から観察する。
やがて、スウッと吸い込まれるようにして火竜の姿が要塞の岩壁の中に降りて行く。
要塞は山の中腹を占拠するようにしてできている。
周囲を頑丈そうな高い岩壁でグルリと囲み、岩壁の長い部分は一辺が二キロメートルはありそうだ。
岩壁の内側には尖塔が三本と建物が三つ見える。
全て崩れているので今は廃墟でしかないが、要塞が機能していたときは千人以上が詰めていたんじゃないだろうか。
それぐらい大きな要塞が森に囲まれたところに放置されていて、火竜の住処になっている。
冒険者ギルドの依頼だとこの要塞の位置を伝えれば終わりなんだけど、領軍は火竜の大きさを確認して欲しいと言ってた。
気は進まないけど、このまま闇に乗じて近づき実物を確認して、できればそのまま不意打ちしたい。
そんな風に考えてスピードを更に落とし周囲を警戒しながら要塞に近づいて行く。
近づいて行くと要塞の荒廃具合がよく分かる。
遠くから見ると明らかに要塞のシルエットがあるけれど、近づくにつれ朧げになる。
崩れた岩壁。
要塞の内部にも大樹が育ち、かつて獣人の手が入ったとは思えないほど草木が生い茂っている。
それでも周辺に魔物の気配を感じないのは火竜を恐れて近づかないからだろう。
一番大きな尖塔の下に火竜の姿が見える。
丸く蹲り翼を畳んで寝そべっている。
相変わらず距離感が掴めないけど、全長五十メートルと言ったところか?
翼の大きさは判断できない。
頭から尻尾までなら他の獣の感覚で想像できるけど、鳥とも違う翼のサイズは今は分からない。
徐々に距離を詰めて岩壁に到着すると、更に詳しく確認する。
火竜は恐竜に近い姿で、大きな頭と太い後ろ足が特徴的だ。
尻尾が長く背中に被膜でできた翼がある。
体中が赤い鱗で覆われていて、この鱗が赤く発光している。
遠くからは竜が燃えているように見えたけど、近づいても燃えてるようにしか見えない。
前脚は短かそうだけど爪は大きく長い。
牙は見えない。口を閉じて、目も閉じて休んでいるようだ。
周囲には何故か真新しい柱が立っている。
よく見ると柱の上に魔晶石のような水晶が載っている。柱は全部で六本。
……何か様子がおかしい。
火竜と魔晶石の載った柱。
どう言うことだ?
火竜の様子を調べようと、要塞の敷地に入る。
すぐにジャンプして崩れた建物の屋根に乗り、視野を広く保ちながら火竜に近づいて行く。
近づくまで分からなかったけど、魔晶石柱が淡い光を放っている。つまりは神授工芸品。
問題はその機能。
魔晶石柱にはどんな機能がある?
火竜を囲む魔晶石柱。
あの空間に体力回復機能があるなら火竜がいる理由になる。
でもそうだとしたら、何故、魔晶石柱は新しい?
神授工芸品は劣化しないのか?
最近現れた火竜。
新品の魔晶石柱。
……不気味な違和感を感じる。
それでも、今のうちに火竜に不意打ちを仕掛けるべきか?
今がチャンスなのか?
もう少し待つべきか?
ええい、迷うな!
宿舎のような建物から飛び降りると一気に火竜に駆け寄る。
今しかチャンスは無い。
全力で蒼光銀の長剣に魔力を流し、白熱化させた剣を竜の頭に向けて振り下ろす。
キィーーーン!
結界かっ!
目の前にある不可視の壁が一瞬だけ白く輝いた。
すぐに後ろに飛び、距離を取って尖塔の一つの裏影に隠れると火竜が結界の中で暴れた。
それでも結界は壊れない。
中で火竜がどれほど暴れようとも、不可視の壁がそれを受け止める。
どんな仕組みか分からないけど火竜が噛みつき、爪で叩き割ろうとしても壁には何の変化も無い。
火炎を吐いても炎が壁を突き破ることは無い。
延々と暴れる火竜。
その全てを受け止める結界。
いつまでもその光景が続くかと思ったら、違う展開が待っていた。
「煩い竜を黙らせるぞ!」
「「はっ!」」
火竜のいる尖塔のすぐそばにある建物からフードを被った獣人が三人現れる。
三人は真っ黒なフードを着ていて妖精人にも見えるけど、判断できない。
三人はゾロゾロと火竜のいる結界へと近づいて行った。
奴らは何者だ?




