第百八十二話
レドリオンの街から北西に進んだ黒霧山。
その入口、迷いの森に焼け野原を見つけた僕たちはそこで野営することにした。
直径五十メートル、深さ三メートルほどのクレーターの中心に魔動馬車を出して準備をしてると、ネグロスとクロムウェルが枯れ枝を拾ってきて焚火をつける。
「小さな獣がいるだけで魔物の気配は全然無いな」
「もっと奥の方か、夜になると出てくるか?
碧玉の森よりも更に広いしたくさんいそうだけど……」
二人が周囲を回りながら観察して来た感じだと平和な森のようだけど、街や村が離れてるにはそれなりの理由があるはずだ。
「俺たちはユンヴィアやシルバーが水を出せるからいいけど、他の冒険者にはキツイ森だよ。
川が無くて水場が無い。
街や村が遠いのも危険なだけじゃなくて水が確保できないんじゃないか?」
「確かに、こんなに走ったのに川が無かったな」
焚火を用意すると二人が獲物を探して来ると言って、また森に入って行った。
改めてこのクレーターと火竜について考える。
これだけの威力の火炎。
魔法だろうが息吹だろうが、これだけの威力があるとかわすのも大変だ。
直撃したらただでは済まない。
レドリオンの街で上空からこんな火炎をばら撒かれたら、街が壊滅してしまう。
連射能力次第だけど、タメが無くて連射できる技だったりしたら、一方的に蹂躙される。
そもそも空を飛ぶ竜を相手にして弩だけでどこまで対抗できるのか分からない。
かなり分の悪い戦いだろう。
火竜は噂程度に考えていたけど、このクレーターを見るとかなり現実的な話なので、真剣に取り組まないとマズい。
選択肢は幾つかあるけど空を飛んで近接戦闘か、魔法などの遠距離攻撃。
もしくは隙をついて翼への攻撃から地上戦で集中攻撃。
空を飛んで近接戦闘なんて非現実的だし、火竜相手に効く魔法と言ったら水や風になるけどそんなの上級学院のジュビアーノ以外に使ってる獣人を見たことがない。
火魔法は恐らくダメージを与えられないだろう。
そう言えばジュビアーノはAランクだったような気がするけど、彼女の粒水噴流なら水剋火で火竜に効くのだろうか?
水剋火。
五行では水は火を消し止めるので、火に対してとても有効になる。
火竜に対して水魔法で対抗する方法を考えておくか……。
それは置いといて、見ること自体が稀な水魔法の遠距離攻撃も非現実的だ。
……となると地面にいるときに奇襲して翼を傷つけた後で集中攻撃。
冒険者ギルドでギルドマスターのギャレットが巣を見つけたいと言っていたのはこれだ。
巣を見つけて地上にいる火竜の翼を攻撃、破壊して空を飛べなくする。
問題は巣を見つけられるか、巣に辿り着けるか。
このクレーターを見た後では、どの選択肢も更に難易度が上がったように感じられる。
……僕が特攻するのが一番現実的な選択肢に思える。
僕は飛べる。かなりのスピードで空を飛べる。
僕のスピードで追いつけない場合、僕より上のランクの冒険者が余程貴重な神授工芸品を持ってないと対応できないだろう。
攻撃力も三十階層の階層主なら倒せる。
内緒にしてる分も含めれば五十階層の階層主レベルまでならダメージを与えられる。
……直接戦闘なら、一番勝てそうなのが僕だ。
迷宮攻略してる冒険者の中では、到達階層からいって僕の攻撃力が一番だろう。
対獣人の仕事をしてる冒険者や領軍を含めるともっと戦闘力の高い獣人もいるはずだけど、対魔物なら僕が一番だ。
それでもしも正面からぶつかって歯が立たなさそうな場合は、その場は諦めて何とか奇襲を成功させるしか無い。
僕が特攻をする相手、火竜の強さを測りかねているとネグロスたちが兎を狩って戻って来た。
「ここの獣は警戒心が強い。
少し手こずったぜ」
「そう言いながら、ちゃんと一人一羽はあるからな」
ネグロスが兎を掲げてクロムウェルがその後ろで大きな葉っぱを何枚も脇に挟んでいる。
水を飲むためのコップなら僕の魔法で既に作ってあるので、クロムウェルの葉っぱは調理か何かに使うのだろう。
夕暮れまではまだ時間があるけど、こんな森の中では早々に食事を済ませて様子を見た方がいい。
手早く兎を捌いて直火で炙りながら、塩胡椒で軽く味付けするとそれぞれがかぶりついて食事する。
それにクロムウェルの出した活性水を飲めば、気力体力ともに万全になってのんびりとした時間になる。
「本当、シルバーといると苦労しないよな。
おまけにユンヴィアが活性水を作れるし」
ネグロスが石に座って活性水を飲みながら話す。
夕焼けが赤く広がって夜の帳が近づいてきた。焚火の揺らめきにネグロスの顔が照らされている。
「早く魔法鞄が欲しいな」
こんな風に野営をすると魔法鞄の有り難みを実感する。
荷物を持って移動するのは大変だし、荷物が少ないと現地で苦労する。
クロムウェルも碧玉の森での狩りが初めてだったのに、野営に大分慣れてきて魔法鞄の有り難みを感じるようだ。
「明日、もう少し奥の方まで黒霧山を探索したらレドリオン公爵のところに行って、状況を教えてもらおうか」
「そうなると楽しみだ。
ギルドで買取りのときに三人で魔法鞄から出すと、どんな反応だろうな?」
「私は予備の武器や新しい武器を入れて置いて、色んな武器を試してみたい」
ネグロスがクフフと笑いながら話し出しクロムウェルが真面目に返したとき、武器の話で思い出したことがある。
「そう言えば竜の洞窟で原生樫を拾ったから木剣を作ろうと思ってたんだ」
腰鞄から五、六本の原生樫の枝を取り出し、地面に並べて真っ直ぐな枝や反りの入った枝を吟味する。
「あぁ、この前拾ってた枝か」
「うん。
冒険者ギルドの訓練場とか領軍でしか見たこと無くて、蒼光銀との違いとか調べたいんだよね」
まずは六本の中から一本、軽く反りの入ったしっかりとした太さの枝を選んで魔力強化した手で磨き始める。
軽く撫でるようにして表面を削ると木の皮が剥がれて、硬い木質が露わになる。
「俺も一本もらってもいいか?」
「たくさんあるし、気にせず持って行っていいよ」
「私もいいだろうか?」
「もちろん。足りなくなったらまた拾って来ればいいし」
ネグロスは細くて真っ直ぐな枝を選び、クロムウェルは太めの枝を選んだ。
僕は二人に見やすいように枝を前に伸ばすようにして持ち直し、右手でシュッシュッと磨いて見せる。
「以前、石を整形して短剣を作って投げ道具にしてたことがあるんだけど、無理に曲げたり折ったりする必要は無いから、ゆっくりと磨いていく感じでやってる」
「石を整形って……」
「できるものなのか?」
「原生樫も石と似たような硬さだよ。
拾った材料で作れると使い捨てしても心理的に楽なんだ」
「そうなのか?」
「自分で作れると便利なのは分かるが……」
さっきまで意気揚々としてた二人が釈然としない顔をして原生樫の枝を睨んでる。
そうしてる間もゆっくりと枝を磨き続けて、楕円形から更に磨いて反りに合わせて刃を研いでいく。
細身の枝を選んだネグロスは恐る恐る枝を磨き始め、クロムウェルは木剣のバランスを見極めるようにして握りを確かめている。
削り過ぎても強度が落ちるような気がしたので、少し太みのまま磨くのをやめると原生樫の木剣が完成した。
魔力を流すと綺麗に流れて纏わせることができる。
うん。
いい感じだ。
この木剣がどこまでの硬さ、強さを持っているか?
確認するにはこれだよな。
ミニ方尖碑。
目の前に百三十センチメートルほどの高さの鉄の塔を作り出して、評価軸にする。
上級学院では日本刀で斬った。
タングステン合金やコバルト合金の剣もこのミニ方尖碑で試し斬りをして強度を確認した。
この木剣もこのミニ方尖碑を斬れるかどうかで、使えるかどうか判断しよう。
せいっ!
自然体で構えてミニ方尖碑を斬った。
……あっさりと斬れた。
ゆっくりとミニ方尖碑がズレるようにして倒れる。
木剣を確認しても、刃こぼれや傷は無い。
こんなに凄いとは思わなかった。
ミニ方尖碑の切断面を見ても、ツルツルピカピカだ。
磨き上げた鏡のようになっている。
凄い。
ん?
その鏡面に赤い点が見える。
何だ?
触ってみても取れないし、表面に何かがついたようでも無い。
赤い点が少し動いたように見えて気づく。
上か?
僕が見つけたのは鏡に映った赤い点。
鏡に反射する前の姿を探して上を見ると、空に赤い点が見えた。




