第百八十一話
碧落の微風のメンバーと竜の洞窟に挑んだ翌日、僕たちは黒霧山に向かって走っている。
黒霧山はレドリオンの街から北西に馬車で丸一日走ったところにある。
丸一日。遠いようで近い距離だ。
レドリオンに食料を供給する田園地帯を抜けると、道のない平野を走り続ける。
「ギルドに一声かけなくて良かったのか?」
一緒に走ってるクロムウェルが心配してレドリオンの方を振り返る。
「いいよ。指名依頼はしてみたいけど、他の冒険者と一緒になると面倒だし」
「領軍の方は?」
会話を聞いていたネグロスが反対側から同じように聞いてくる。
「領軍の方も今の段階で頼られても困るかな……」
まずはこっそりと状況を確認してから、できるだけ別動隊で動けるようになりたい。
大勢で何かをするとなると自由が利かないし、蒼光銀の剣や神授工芸品など隠しておきたいものを使いにくい。
全てを隠せるとは思ってないけど、全てを公開したくは無い。
できる限り穏便に済ませたい。
「昨日の話だと、バレットとユンヴィアの使ってる武器が珍しい神授工芸品と思われてる節があるし、僕のマントとか色々と隠しておきたい神授工芸品があるから、昨日みたいな大勢の前で色々やるのは控えようかと思ってる」
……咱夫藍や昇竜と一緒に行動した時間が長かった。
それでつい色々試してしまったのが昨日の反省点だ。
せっかくの偽名なのに同一人物と特定されるのは面白くない。
僕らの場合、子供でどんな属性の魔法を使ってるかがバレると、必然的に特定されてしまうので魔法についてはもっと慎重になっても良かった。
武器は多少誤魔化せるとしても魔法は目立ち過ぎる。
そんな風に反省したので、今はただ走ってるし人目があるときはあまり魔法を使わないでおこうと思ってる。
ただし魔法を減らして危険になると困るので、軽い自主規制程度だ。
迷宮に入って分析した通り、僕らの場合は魔法をどんどん使って習熟度を上げたり色んな応用を試した方が危険が少ない。
武器で戦うと三人とも近接職なので、魔法での遠距離攻撃は戦いの幅を広げて勝率と効率を上げてくれる。
今の僕らにとって、少しでも多くの魔法を色んなシチュエーションで使いこなすことが重要になってる。
だから、隠密行動で勝手に色々やる方が楽だ。
一昼夜かかる行程を三分の一に短縮することを目指して、途中所々にいる魔物を無視してなるべく戦闘を回避する。
流石に一晩中走って黒霧山に行こうとは思っていない。
それなら馬を使う。
今回は自分たちで走って移動時間を短縮し現地で一晩休んでから周辺を調査するつもりなので、時間を優先して魔物から逃げて走ってる。
ひたすら北西に走り徐々に木が増えてきて、急に気づいた。
……どこから黒霧山だ?
黒霧山には入口がある訳でも無いし、麓に街がある訳でも無い。
森の入口に碧玉の村があり、そこに住む獣人によって管理されている碧玉の森とは違う。
まぁ碧玉の森もほんの一部が管理されているだけで、殆どが未開の地なんだけど、それでも碧玉の村があって入口があった。
でも黒霧山は違う。
少なくともどこかの河に沿って北上すれば迷子にならないと思うけど、周囲には目印になりそうなものが無いし徐々に樹々が増えている。
このまま進むといつの間にか黒霧山の奥地に入ってしまい、帰り道が分からなくなる。
「このまま進むと完全に迷子になると思うけど、どうする?」
流石に不安になって立ち止まるとネグロスとクロムウェルに聞いた。
「そう言えば昇竜のハヤテが黒霧山は迷いの森で、その先には帰らずの谷があるって言ってたな」
「迷いの森で、その先に帰らずの谷?」
「そう。このまま森が濃くなって名前のように霧が出たら方角が分からなくなるんじゃないか?
そしたら迷いの森だろ」
「で、その先に魔物がたくさんいる帰らずの谷があれば、冒険者は帰れない」
ネグロスの推測にクロムウェルが続きを付け加える。
ハヤテたちがそう言っていたのかも知れない。
「確かに、どこから森に入ったかよく分からない。
いつの間にか樹々が増えてて森の中に入ってて焦るよ」
「今は方角が分かるから良いけど、これから陽が沈むとマズいな」
「少し戻って、目印になりそうな場所を探すか?」
僕だけでなくネグロスとクロムウェルも同じような感覚だったらしい。
問題はどこまで戻るか?
そして、どこへ戻るか?
「来る途中に川とかは無かったよね?」
「あぁ、草が生い茂る平野が続いてただけだ」
「山が近いと言う感じでも無かったのに、不思議だな」
三人とも目印になる場所のアテが無い。
陽が沈むにはまだ時間があるけど、そろそろ夕方に差し掛かる時間なのでそれほど余裕があるとも言えない。
「少し上から見てみるから待ってて」
高くジャンプすると、銀糸のマントを翻して空を飛び周囲を見回す。
右も左も同じような森だ。
南は少し緑色が薄くて平坦な景色が続いている。
北を見ると緑が濃く、起伏があり遠くには山が折り重なっている。
……ここから先は本格的に未開の地だ。
森に入る前に目印になる野営地を確保したい。
下にいる二人を確認してから更に高度を上げる。
高度を上げると樹々に隠れていた景色が見えてくる。
それでも近くに川は無いし、南側を見ても平坦な平原のところどころに小さな林があるだけだ。
もう少し範囲を広げてみるか?
そう考えたときに、東の方に少し拓けた場所が目に入った。
何だ?
空を飛んで開けた場所を目指すとそこは、焼け野原だった。
「何でこんなところに焼け野原が……?」
セラドブランの火魔法が森を焼いたかのような直径五十メートルほどの丸い焼け跡。
地面に降りて確認すると中心部分は土が焼け溶岩のようになって固まっている。
「待てって、ホント、いきなり移動するなよ」
「危うく見失うところだったぞ」
ネグロスとクロムウェルが愚痴りながら走って追いついて来た。
「悪い。ちょっと気になって」
軽く手を上げて応えると、二人もそれ以上の文句を言わずに合流する。
合流すると改めて周囲の異様な光景に警戒感を引き上げた。
「これは何だ?」
「誰がこんなことを?」
……そうだよな。
誰がこんなことをしたのか?
明らかに誰かがここで火魔法を使った結果だ。
それもかなりの腕前だ。
一撃で相手を倒したのか、ほかに焼け跡は無い。
ここでそんな戦闘があったはずだ。
しかも、周りの木や草の状態からするとここ二週間以内だろう。
……二週間以内。
誰かが火竜を相手にして火魔法を使ったか、火竜の吐いた火でできたか。
「火竜の火炎ってどれくらいの威力か知ってる?」
「いや、分からない」
「私も知らないが、サイズによっても違うんじゃないか?」
一応、二人に聞いてみたけど二人とも知らなかった。
もう少し調べるために、今夜はこの焼け野原の近くで野営することにしよう。
テント代わりの魔動馬車もあるし、丁度手頃な目印だし。
何か重要な情報が得られるかも知れないし。




