第百七十九話
四組十六名の冒険者が迷宮探索を終えて街へ帰ろうとして階段を上がって行く。
「フランシスさん、本当に黒瑪瑙だけで大丈夫ですか?」
昇竜のハヤテが咱夫藍のフランシスと一緒に歩きながら囁くようにして尋ねる。
「大丈夫。大丈夫。
シルバーだけでも問題ないのに、バレットとユンヴィアも二人だけで二十階層まで行ってたんだから。
……それに私たちが戦ってたら、下手すると置いてかれることになるよ」
フランシスがあまりに軽く言うので流しそうになったけど、後半の言葉に引っ掛かりを覚えたハヤテが首を傾ける。
「置いて行かれる?」
「私たちが十階層でシルバーたちに合流して、そこから二十階層までシルバーが一人で道を先導して二十階層まで下りたけど、のんびりする暇なんて無かったからね」
「……それはどう言う意味ですか?」
「あのときと一緒だってこと。
半年前の新人狩り事件でシルバーが先導して冥界の塔を下りたことがあっただろ。
あれと同じだよ。
一人で魔物を倒して神授工芸品を拾って。
シルバーは魔法鞄を持ってるし、やたらと目がいいから何にもすることが無いよ。
ちょっと色気を出して離れた場所の魔物を倒すと拾いに行ってる間に先に行っちゃうから、ついてくのも大変なんだ」
「そう言えば、そんな感じでしたね。
あのときは驚きました」
三毛猫のハヤテが半年前のことを思い出して遠い目をしてるうちに十九階層に到着した。
昇竜の四人は二十階層で黒瑪瑙のメンバーに出会ったので、彼らの戦闘を見ていない。
リーダーのハヤテは十八歳。冒険者の中では年齢も若くて期待の新星だ。
その彼から見ても黒瑪瑙の三人は異常に若い。というか、幼い。
……見かけはただの子供だ。
分不相応な装備を持っているとしか見えなくても仕方がない。
それでも半年前の光景はハッキリと覚えている。
冥界の塔に出没する新人狩りの野盗を捕らえるために二十パーティで合同作戦を組んだときのことだ。
複数のBランクパーティで追い込んでも逃げ続ける野盗を一人の子供が瞬殺した。
それだけでなく二十階層から出口に帰るとき一人で片っ端から魔物を倒して、更には神授工芸品を拾って進む彼について行くのがやっとだった。
魔物のいない道を案内するようなスムーズさと速さだった。
「それでも俺たちも前よりは強くなりましたよ」
「ふふっ。私たちは行きの道すがら少しは稼がせてもらったから、帰りは譲るよ。
シルバーが全部魔法鞄に入れてくれるから、獲物を狩ったら彼のところに持って行くといい」
フランシスの余裕がハヤテの負けず嫌いを刺激する。
「分かりました。
シルバーに頼んで来ます」
そう言うとハヤテは先頭を歩く黒瑪瑙の三人に並んで声をかける。
「シルバー君、俺たちも任せっきりという訳にはいかないし少しは魔物を倒そうと思うけどいいかな?」
「あ、はい。
こちらこそ宜しくお願いします。
倒した魔物は僕が運ぶので、声かけてください。
行きのときも咱夫藍の皆さんも同じようにしたので遠慮しないでください」
「助かるよ。
一緒に戦えるのが楽しみだ」
「えぇ、人数が増えたのでカバーできないところもあると思います。
頼らせてもらいます」
シルバーの腰の低さに驚きつつハヤテはレンヤたちの位置を確認してからバレットやユンヴィア、咱夫藍と碧落の微風の位置取り、装備に目をやる。
……咱夫藍と碧落の微風は武器を仕舞い、まるで散歩のように歩いてる。
ハヤテと目があったフランシスは軽く手を振って、頑張ってと言わんばかりの態度だ。
「おいおい、大丈夫か……」
思わず呟いた言葉だけど、誰も気づかなかったらしい。
一人、剣を握り直して気合を入れると、横から突風が吹いてきた。
何だ?
左手で目を庇い、前を見ると三十メートルほど向こうでバレットが三頭いる緑縞馬の中央の一頭の首を二刀で斬り上げている。
は?
何が起きたか分からずにいると、ダッシュして追いかけたユンヴィアが二頭目の緑縞馬に斬りかかっている。
シルバーは?
横にいたはずのシルバーを探すと、上に跳んで高い位置から三頭目の緑縞馬を斬りつけようとしている。
……。
「おいおい、早過ぎだろ」
呆れた声が後ろから聞こえる。
振り向かなくても分かる。レンヤの声だ。
ハヤテが後ろのフランシスを見てるうちに、バレットたちは緑縞馬を見つけて飛びかかったみたいだ。
と、咱夫藍と碧落の微風のメンバーが三人を追って軽く走り始めた。
「シルバーが魔法鞄を持ってるから、素材を回収するのも一瞬だよ」
フランシスがハヤテの横に来て言う。
碧落の微風のメンバーも走ってると言うことは行きの道でも同じようにしてたらしい。
ある種の連携ができている。
黒瑪瑙の三人に追いつくと、皆んなで歩き出す。
平然と魔物がいなかったかのように歩く。
シルバーを見ると何か木の枝を持っている。
えぇっ?!
「それって?」
「原生樫のようです」
木の枝を探したり調べたりした様子が無かったのに、いつの間に?
「……それは、どこに?」
恐る恐るシルバーに聞く。
見つけたから拾った以外にないのに聞かずにはいられない。
「緑縞馬を倒した後に縞馬外套を拾ったと聞いたので探して見たんですけど、なかなか出ないようです」
シルバーはそう答えながら六十センチメートルほどの原生樫の軽く撫でている。
何故か撫でてるうちに綺麗に整形されてただの枝が杖になっていく。
見間違いかと思って目を擦ると、次の瞬間にはスナップを効かせて振った杖が淡い光の残像を残す。
やっぱり!
普通は原生樫の枝を拾ったら武器屋に持ち込んで加工してもらうか、買取りしてもらうのに、どうやったか分からないが原木の枝を杖に加工した。
原生樫は密度が高く、硬い。
上手く加工すれば艶やかで滑らかな肌触りを生むが、一度できた傷を埋める方法が無いのでやり直しは効かない。
それを無造作にやってのけた。
「今のはどうやってるんだ?」
「えっと、掌に魔力を集中して強化するとこんな風に削れるんです」
そう言ってシルバーが原生樫の杖を撫でると先端の尖った部分が丸くなった。
……魔力を掌に集中する?
剣や杖に集中するのは分かるが、掌に?
意味が分からない、というか本当にできるのか?
試しに右手を胸元で上に向けてジッと見つめて集中する。
力を込めるようにして掌に意識を集中するけど、何も変化しない。
よく分からんが、シルバーが無造作にやってることでもハヤテには簡単に真似できないことらしい。
そう思ってシルバーを見ると原生樫の杖が一段と明るく輝いた。
ドンッ!
視線を前に向けると闘水牛の黒い巨大を地面から生えた銀色の槍が貫いている。
両前脚の間、胸の位置を地面から真上に生えた太い槍が串刺しにしてる。
長く鋭い角が微動だにしない。
シルバーがこれを?
銀の槍って魔法なのか?
「シルバー、せっかくの闘水牛なのに何で突鉄槍で突くんだよ」
「あ、つい。
原生樫の杖を試してみたくて」
「くっそー。俺も綺麗に狩れるか試したかったのに」
「次は任せるよ」
「絶対だからな」
彼らにとって十九階層は剣と魔法の練習場に過ぎないようだ。
ペース配分など関係無く、圧倒的な力で迷宮を攻略する姿は眩し過ぎる。




