第百七十六話
竜の洞窟の十九階層。
重野牛と闘水牛を両方とも倒した。
重野牛は毛の長い大型の牛で濃い茶色の牛。角は短いけど額に硬い瘤がある。
闘水牛は毛の短い黒い皮の水牛。
太く長い角があって獰猛。
どちらも体が大きく重量があるので攻撃も重い。
突進時以外のスピードは大したことが無いけれど、正面に突っ込むときだけは勢いがある。
銀角犀よりは小型だけど十分に大きな魔物で、十字戟で首を落とせたのは自信になった。
骸骨とは違い、重量級の魔物に攻撃が効いたのが嬉しい。
「十五階層以降、本当に誰もいないな。
どうなってるんだ?」
「確かシルバーの言い方だと、十階層でCランク、二十階層でBランク、三十階層でAランクだったろ。
Bランクのパーティはそんなにいないし、Cランク以下のパーティは十四階層までで抑えてるんじゃないか?」
「それにしても、こんなに少なくなるのか?」
「AランクやBランクのパーティは危険な魔物の討伐依頼を受けたり、偉い獣人の護衛とかもありそうだし」
「それなら仕方ないか」
十四階層までは幾つかの冒険者パーティに声をかけて色々と教えてもらった。
みんな親切に教えてくれた。
……子供相手というのもあってだろう。
ぶっきらぼうでもアドバイスをしてくれたので魔物の名前や特徴を聞いて参考にしてきた。
それが十五階層の幻影大蛇の後は一人も見ていない。
次は二十階層で、多分階層主の手長鰐はいないと思うけど、確信できずにドキドキしながら進んでる。
居るなら居る。居ないなら居ない。
どちらかはっきりしてくれたら心持ちが決まるのだが、どちらか分からないとモチベーションをどっちに持っていけばいいか分からない。
居るなら居るで、気合いを入れて集中を高めたいけど居なかったときにモチベーションの処理に困る。
水神宮では初めてのことが続いて緊張し続けたけど、緊張を維持するのがこんなに難しいとは思わなかった。
幻影腕貫に魔力を流し、視界が悪い中で警戒し続けているのも一因かも知れない。
いつの間にか精神的な疲れが溜まっている。
「ユンヴィア、右だ。階段がある」
「あぁ、……分かった」
中途半端な気持ちを強引に切り替える。
次は階層主だ。
半端な気合いじゃ死ぬ。
私だけじゃなくネグロスまで巻き込んでしまう。
手長鰐については詳しく聞いてない。というか、低層フロアの冒険者は名前だけしか知らない。
後は噂。
普通の鰐じゃなくて陸地の鰐。
長い手で襲って来るから手長鰐。
階段を上りながら十字戟を握り直す。
「確か十階層のときは他に魔物が出なかったよな」
「あぁ、階層主以外は現れないって、みんな休んでたな」
「……てことは、次も階層主しか出ない、んだよな?」
「そうだ」
「こんな場合はどうしたら確認できるんだ?」
「う〜ん。階層主を見つけるか、下に続く階段を見つけるか」
「あ、そうか。
倒さなきゃ進めないんだから、進める場合は倒してるってことか」
「そうだな。それぐらいしか確かめる方法がない」
「いっそのことすぐに手長鰐が襲って来たら楽なのに……」
ネグロスも同じことを考えていたようだ。
階段を上り切ると、一面に草原が広がっている。
十五階層以降、毎回続く光景だ。
無人の草原。
しかし、今回は跳躍羚羊の姿さえ見えない。
「この階層で手長鰐を探すって、面倒だな」
「そう言うな。水神宮でハクとセラドブランも地道に周囲を調べてから挑発したり色々してただろ」
「そう言えば、そんなことしてたな。
アイツ、案外地道にマメなことしてんだよな」
「本当に、あの集中力はどこからくるんだろうな?」
二人で軽口を叩きながら歩いていると、ネグロスが右手を上げた。
口を閉ざして、指差す方を見ると開けた場所で四人パーティが休憩してる。
二人して顔を見合わせるとしばらく考え込む。
自然に挨拶して近づくか、警戒しながらそっと近づくか?
相手がどんなパーティか分からないから、どちらの対応もリスクがある。
「こんにちわ!」
ネグロスが声をかけて挨拶を選んだ。
笑顔で手を振りながらゆっくりと近づいてく。
私は数歩遅れてそれに続く。
「やぁ、この階層で出会うなんて珍しいな。
昇竜のハヤテだ。
名前を教えてもらえないか?」
ハヤテが立ち上がると、残りの三人もゆっくりと立ち上がる。
ハヤテは三毛猫で、残りの三人は虎猫だ。
三つ子みたいで、そっくりの顔をしてる。
虎猫は三人とも木製の槍を手にしている。
剣士一人に槍が三人。随分と偏ったパーティ編成だ。
ハヤトの堅い雰囲気にどうしていいか対応に困ったネグロスがこちらを見る。
「黒瑪瑙のユンヴィアとバレットです。
この迷宮は初めてで……」
ネグロスに代わり名乗ると後ろの虎猫三兄弟が寄って来た。
「初めてでここまで来たのか?」
「子供が?」
「二人で?」
興味を持たれたみたいだ。
警戒の色が薄れて、少し親しげな雰囲気になる。
「ふ〜ん。それは凄いね。
でも残念だったね。ここの階層主はいないよ。
まだ復活してないみたいだ」
「本当ですか?」
ハヤテが距離を取ったまま肩を竦めて、がっかりジェスチャーをすると、思わず声が出た。
「あぁ、さっき階段を降りて下に行けることを確認した」
ハヤテが答えると、改めてネグロスと顔を見合わせて力を抜いた。
「はぁ、そうですか……。残念ですが良かったです」
「本当、残念だけど、まぁ今回はいいや」
二人して拍子抜けしながらも、二人だけで二十階層まで来たことに満足する。
その場に座り込むと、ハヤテが近づいて来る。
「おいおい、初対面のパーティの前で気を抜くなよ。
お前ら子供だし、襲われるぞ」
「そうですね。今度から注意します」
そう言ってネグロスが大の字に転がった。
「全く、図太い小僧だ」
「いいんじゃね。初めてここまで来たら疲れも溜まってるだろうし」
「それにそのマントは緑縞馬のマントだろ?」
「二人の武器も見ない武器だし」
昇竜の四人が転がったネグロスと座ったままの私の側に来て草の上に座る。
「俺はレンヤ。コイツがリンジでソウタ。
三兄弟だから見分けられねぇと思うけど……。
せっかくだから、干し肉でも食うか?」
虎猫三兄弟が順番に手を上げた。
レンヤ、リンジ、ソウタ。
初対面の三兄弟。見分けるのは不可能だ。
声をかけてくれたレンヤが背嚢から干し肉を何切れか出してくれる。
「ありがとうございます。俺はバレット。
水はユンヴィアが用意します」
そう言ってネグロスが私に話を振ってくる。
「それじゃあ、器は持ってますか?
バレットが最初に飲むので、確認したら器で掬ってください」
怪訝な顔をする昇竜に見られながら空中に水球を浮かべる。
薄い緑色の水球。
「あっ」
「えっ」
「「おっ」」
水球が顔の大きさぐらいになると空中に浮かせたままキープする。
「魔術師だったのか?」
「それとも武器も使える魔術師か?」
ハヤテとレンヤが聞いてくる。
「魔法の方はまだ全然です。
水を出すぐらいしかできないので……」
「でも、飲んでみてください。驚きますよ」
控えめにしてるとネグロスがハードルを上げてくる。
ゴクゴクと最初に飲んでスッキリした顔をして、自分だけいい気なもんだ。
「それじゃ俺たちも遠慮なく頂くぞ」
四人が次々と水球に器を突っ込んで水を掬い取って口にする。
「「ん?」」
「何だ?」
「あれ?」
口に含んでから目を見開いて、それから変な顔をする。
「どうです?」
ネグロスはニヤニヤしてるけど、私としてはあまり大袈裟にしたくないので、すぐにネタバレする。
「少し体力を回復する水です。
驚きましたか?」
「「「「はぁ?」」」」
「おいっ! そんなことできるのか?」
「本当か?」
ハヤテとレンヤが詰め寄って来て、リンジとソウタが飲み直して舌で確認する。
「さぁ? どうでしょう?」
四人の気迫が怖くてはぐらかして答えると四人で一斉に活性水を飲み始めた。
「聞いたことないぞ」
「確かに何かスッキリするな」
「疲れが抜ける感じだ」
「もう一杯飲ませろ」
何か間抜けな図だけど、昇竜もBランク以上のパーティだ。
二十階層の階層主を狙ってここに来てる。
見かけは若くて十代後半だろう。
それでBランク。
私たちよりも腕の立つ冒険者だと思うと身震いした。
「レンヤさんたちの使ってる槍は永精木ですか?」
活性水を奪い合っていた四人が私の方を振り向いた。
「お、分かるか?」
レンヤが機嫌良く笑いかけてくる。
「いえ、ただ、二十階層で使える槍って言ったらそれぐらいしか思いつかなくて……」
「そうか、自由に触っていいぞ」
レンヤが槍を放り投げてきたので受け止めると、思ったよりも軽い。
十字戟をネグロスに渡して、木の槍を振ってみる。
ヒュン!
軽くてしなやかで、魔力が良く通る。
淡い残像が筋を引いた。
「ほぉ、子供でも腕前は流石だな。
お前の使ってるその十字槍を振ってみてくれ」
褒められたようで嬉しくなる。
木の槍をレンヤに返すと十字戟を持って一呼吸してから同じように振る。
重い、硬い、反応が鈍い。
こんなに違うと思わなかった。
「やっぱりな。
その武器、どこで手に入れた?」




