第百七十五話
竜の洞窟の十五階層。
幻影大蛇戦。
縞馬外套を超える迷彩能力を持った幻影大蛇を見つけた私たちは背後に忍び寄って攻撃を仕掛けるところだ。
枯れ草色した迷彩塗れの巨大な蛇は体長十メートル。
ユラリユラリと草の間を進んでいる。
左右から近づいた私たちは視線を交わして頷くと同時に幻影大蛇に飛びかかった。
「「タァッ!」」
ネグロスは双牙刀を左右に広げ、私は十字戟を頭上に掲げ、同時に幻影大蛇に斬りかかる。
スルッ。
ス、スッ。
二人して確実に捉えたと思ったが、同時に空振りした。
何で???
頭がパニックになるが、考えるのは後にして離脱する。
ネグロスもヒットできなかったけどアウェイして距離を取る。
直後に目の前を風が吹き抜けたけど二人して怪我は無い。
何だ?
十五階層は鬼門か?
冥界の塔の十五階層でも最初は影隼に気づけなかった。
今回も幻影大蛇を捉えられない。
あの偽装がおかしい。
歪んで見える迷彩を斬ったと思ったのに空振りだった。
私だけでなくネグロスも。
何か仕掛けがある。
「ユンヴィア、アイツはおかしい。
斬ったはずけど、空振りした……」
「私もそう思う。あの体には仕掛けがある。
アイツの攻撃は見えたか?」
「いや、見えなかった。
風を感じただけだ」
「そうか……。私も見えなかった。
攻撃の方も偽装されてるのか?」
「分からない。
いっそカウンターを狙ってみるか?」
「カウンター?」
「あぁ、空振りした後でアイツの攻撃を迎え撃つ」
「攻撃が見えないのに?」
「あぁ」
「無茶だけど、やってみるか」
「あぁ、本体を捉えないことには勝ち目が無い」
「分かった。
アイツの進行方向を見極めてから、作戦開始だ」
まだアイツの実体を捉えていない。
ダメージは覚悟の上でアイツの動きを止めてやる。
二人でさっきの場所に戻り幻影大蛇の気配を探ると、そのまま真っ直ぐに進んで行ったらしい。
倒された枯れ草を手がかりにして、追跡を開始する。
しばらく進むと、すぐに違和感に気付いた。
いる。
揺らぐような迷彩だ。
ネグロスとアイサインを交わすと、草の倒れ方と陽炎のような景色の揺らめきを手がかりにして近づいて行く。
近づいても近づいても、偽装は逃げ水のように近づけない。
それでも何とか十分に近づいたところで再びアイサイン。
せいっ!
スンッ。
やはり当たらない。
でも、今回はこれでいい。
空振り後、離脱せずに幻影大蛇の攻撃に備える。
来るっ!
気配だけを頼りにして、全力で十字戟を突き出す。
ズシャアァァー!
槍先に重い力がかかり、そのまま腰を入れて力に負けないように耐える。
十字戟の先には私を一口で飲み込めるような大蛇が口を開いている。
黄色い体にベージュの縦縞模様。赤い目と口だけが異様に目立つ。
十字戟はその口に真っ直ぐに刺さり、口の奥、喉のところまで口を斬り裂いた。
揺らぐような偽装の中で幻影大蛇が私を睨んでいる。
その目の色が濁り、槍にかかる力が抜けると偽装が解けていく。
少しづつ揺らぎが減り、徐々に体が縮む。
徐々に体が縮み、陽炎が解けるとそこにいるのは細くて長い紐のような蛇だ。
口だけが異常に大きい。
今はその口も十字戟で斬り裂かれて動かない。
「うげぇ、ユンヴィア、よく仕留められたな」
ネグロスが紐のような死体を踏まないようにして、こちらに寄ってくる。
「想像と違ったな……。
まさかこんな実体だと思わなかった」
「謎が解ければ戦いようもあるけど、知らずに一撃で仕留めたんだから大したもんだよ」
ネグロスが労ってくれる。
十字戟を大きく振って死体を振り払うと、大きく深呼吸する。
「こいつを避ける冒険者が多いのも納得だな。
戦いにくい」
「どうしても目に入る情報に反応してしまうからな……」
「そうなんだ。細い蛇だと分かってもあの巨体に惑わされてしまうだろう」
「で、どうする?
まだ先に行くか、ここでシルバーを待つか?」
ネグロスが辺りを調べながら聞いてくる。
「そうだなぁ、キリがいいけど、いい機会だからもう少し先に進みたいな」
「へへっ、そうこなくちゃ。
階層主がいなくても二十階層には行きたいよな」
「あぁ、二人だけでも大丈夫だっていう証が欲しいな」
「だけど無理はするなよ」
「当然だ」
「なら、行くか」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「私にも見つけられたようだ」
「ん?」
「神授工芸品だ」
私の視線の先、ネグロスからは見えにくい位置に茶色い筒のようなものが転がっている。
茶色の腕貫。
拾って見てみると蛇皮でできてるようだ。
左腕につけてみると結構収縮性があってしっくりくる。
両腕につけると案外使いやすい。
ネグロスを真似て魔力を流す。
突然、視界が霞んだ。
「おいっ、ユンヴィアっ!」
ネグロスの声に魔力を止めると霞んだ視界が元に戻る。
「うん? どうした?」
「いや、急に姿が消えたから……」
「消えた? へぇ、そうなんだ」
もう一度腕貫に魔力を流す。
「お、おいっ!?」
「大丈夫だ。ここにいる。
今でどれぐらい見える?」
「朧げに見えるってか、どういうことだ?」
「腕貫の力だろう。
自分の姿を隠せるようだ」
「えっ、本気か? 凄えじゃん」
「ただ、自分の視界も霞む」
「はぁ? それじゃ使えないじゃんか」
「そういう神授工芸品なんだろう」
今度はもっと魔力を流してみる。
どんどん視界が白く霞み、全然見えなくなった。
「今でどれぐらいだ?」
「離れて木の影にいたらバレないかなってぐらい」
「そうか、私からは全然見えないんだ。
この神授工芸品の力はそれぐらいなんだろうな」
「凄いんだか、凄く無いんだか分からないアイテムだな」
「まぁ、使っていく内に何か分かるかも知れないし、私も使い続けてみるさ」
「そうだな。
シルバーも知らない神授工芸品だ。合流したときに驚かせたいよな」
「あぁ、それはいいな。
もう少し慣れればいける」
「じゃ行くか、って無理して逸れるなよ」
「当然だ。そんなヘマはしない」
「本当か? 視界が霞むって相当負担だぞ」
「逸れないように調整するさ」
「……頼むぜ」
二人して歩き出すと同じように神授工芸品に魔力を流し始める。
ネグロスは縞馬外套。
私は幻影腕貫。
共に神授工芸品が起動して、お互いの姿が眩む。
……霞んだ視界で迷彩を纏ったネグロスと一緒に行動ってかなり厳しい。
「おわっ! ユンヴィア、二匹目だ!」
「くっ! 大丈夫だ!」
すぐに幻影腕貫に魔力を流すのを止めて十字戟を構えようとするが、飛びかかって来た幻影大蛇に弾かれてしまう。
宙を舞う十字戟。
マズい。
幻影大蛇は一度噛み付いて来て、私の十字戟を弾くと二撃目に向けて一旦首を引いた。
二撃目が来る。
横に跳んでかわすと、ネグロスが割って入って来た。
「だぁぁぁあぁー!」
思いっきり双牙刀を振り下ろして、そのまま前転を繰り返すネグロス。
幻影大蛇の首が飛び、小さな血飛沫が散った。
助かった。
ネグロスも体勢を立て直して幻影大蛇を見てる。
すぐに周囲を確認すると近くに十字戟を見つけた。
拾ってネグロスに声をかける。
「すまない。そして助かった。
ありがとう」
「いや、俺も気づくのが遅れた。
気を抜けないな」
「あぁ、私も警戒が疎かだった」
「引き締めて行くぞ」
「おう」




