第百七十四話
「今度はマントみたいだな」
「マント? ただの毛皮じゃなくて?」
緑縞馬を倒した辺りをネグロスが調べてたら、緑縞馬の毛皮でてきた外套を見つけたようだ。
「あぁ、綺麗なシルエットだしちゃんとしたマントだよ。袖と襟もある」
「神授工芸品だよな?」
「そりゃそうだろ」
「縞馬外套ってとこかな」
ネグロスはすぐに拾った縞馬外套を着ると、軽く踊っている。
緑縞馬と同じ緑と茶色の縦縞模様の外套で、この草原では迷彩効果がある。
「マントと言っても、寒さを凌ぐよりもこう言った草原で木の枝や草の葉から身を守るための軽いマントだ」
確かに薄手のコートのような感じで、動きやすそうな感じだ。
「うおっ!」
ネグロスの着ている縞馬外套の色が急に変わった。
緑と茶色の縞々は変わらないけど、緑も茶色も濃くなっている。
「ネ、バレット、何をした?」
思わず声が裏返る。
ネグロスと言いかけたけど、何とかバレットと言った自分を褒めたい。
「ちょっと魔力を流してみただけだよ。
このマント凄えよ」
「魔力を流すと色が変わるのか?」
「みたいだけど……、濃い色になるだけか……?」
うんうんと唸りながら多分魔力の流し方を変えてるんだろうけど、緑が少し濃くなるぐらいで中々思った色合いにならないらしい。
「違う色にはならないのか?」
「ならないな。場所の問題かな?」
「周囲の色に合わせて変わるんだったら凄いな」
「しばらく着てみて色々試してみるわ」
「あぁ、徐々に魔物が強くなってきてるから注意しろよ」
「まだまだ大丈夫だよ」
私たちがいるのは十四階層。
階層主のいない十階層をこえて十一階層に入った途端、迷宮の様子が変わった。
十階層までは湿地帯というか沼地のような環境だったけど、十一階層からは草原に変わった。
腰丈ほどの草が生えている平原だ。
天井も高くてあちこちに灌木が生えているし、開けた空間が続いている。
ただし、草と灌木に隠れるようにして魔物がいるので難易度は上がっている。
ハクがいないので素材は集めずに純粋に攻略してるけど、魔物を倒しながらもどんな神授工芸品が出るのか気になるので合間合間であちこち探して進んでいる。
そうして初めて見つけたのがさっきの縞馬外套。
たったの一つだけど、私たち二人でも見つけられたことで自信がつく。
「今倒した緑色のが緑縞馬で、さっき倒したのが跳躍羚羊。
後は重野牛がいるはずなんだけどな?」
「そう言えば、さっきの冒険者たちが重野牛を探してる、って言ってたな」
「貴重かも知れないけど、いると思うんだ」
「ユンヴィア、探すのか?」
「あぁ、一応、一通りの魔物を倒した方が自信になる、というか色々確認できる」
「まぁ、大丈夫だと思うけど……。
せっかくだから探すか」
二人して迷宮の草原を歩き出す。
ネグロスは縞馬外套に魔力を流しては変化を確認してる。
ハクは銀角犀で迷宮の十階層前半って言ってた。
碧玉の森で戦ったときは全く歯が立たなかったけど、ここで同じような魔物を倒して強くなったことを確認したい。
重野牛なら銀角犀に匹敵するんじゃないかと期待して探すけど、全然見つからない。
「あそこにいるのは緑縞馬だな。
緑縞馬と跳躍羚羊はいるけど、重野牛らしい姿は無いぞ」
「うん。
どうするかな?」
「あぁ、あそこに階段がある。
諦めて十五階層に行こう」
「仕方ない。先に進めばいるだろうし、先に進もう」
私たちは十五階層への階段を降り始めた。
「当たり前だけど、十五階層も草原だな……」
「あぁ、だけど誰もいない……」
階段を降りても環境は変わらない。
天井の高い広い空間に腰丈の草と三メートルぐらいの灌木。
遠くには跳躍羚羊の群れが見える。
だけど、十五階層には他の冒険者が全くいない。
十四階層にはたくさんの冒険者がいたのに、一人も見えない。
「これってアレだよな」
「あぁ、みんな幻影大蛇を避けてる」
「そうだよな。
この階層がそれだけ危険ってことだ」
二人で状況を確認して、お互いに武器を握り直す。
幻影大蛇。
名前からすると実体が無い?
或いは見えない。
……どうやってそんな魔物を倒すんだ?
「囲まれるのも嫌だし、地道に倒しながら進むか……」
「そうだな。
跳躍羚羊の群れと一緒になると面倒だ」
背の高い乾燥した草を掻き分けながら前に進む。
ふと気づくとネグロスのマントが薄い緑に明るい茶色の縞々になっている。
「ネ、バレット、そのマントさっきはもう少し濃い緑じゃなかったか?」
「うん? 自分じゃよく分からないんだ。
どう変わった?」
「マントが明るくなってるぞ」
「本気?」
「あぁ、顔以外はかなり同化してる。
よそ見してると見失いそうだ」
「へぇ、結構高性能じゃん」
「疲れとかは?」
「今のところそれ程感じない」
魔物に対して縞馬外套がどれだけ有効か分からないけど、対人ではかなり大きな効果だ。
すぐ前を歩いてるのにネグロスを見失いそうになる。
そんなマントの模様を見てたら、ネグロスの少し先にも違和感を感じた。
「ネ、バレット!」
ネグロスの肩を掴んで引き倒すと、何かが通り過ぎて行った。
「何だ?!」
体勢を立て直しながらネグロスがすぐに周囲を確認するけど、何も見つけられない。
「マントと一緒だ。
偽装してる」
「偽装?」
「恐らくそのマントと同じような模様だ。
一瞬だけ、頭のような部分が草の上に出てた」
二人とも片足の膝をついて草の中に隠れるようにして様子を伺っているが、幻影大蛇の気配を感じられない。
どこにいる?
音もしない。
立ってた私たちをそのまま襲おうとする大蛇だ。そんなに小さい訳が無い。
体長五メートル? 十メートル?
水神宮の虹蛇ぐらいの大きさか?
あのときはセラドブランに突然噛みつこうとして、すぐに元の位置に戻った。
今回もすぐに元の位置に戻ったか?
そう考えるとすぐに進行方向の草を見たけど、ただの草原が広がっている。
動いた!
一部の草がズッと動いた。
手前の草が不自然に倒れる。
その向こうに枯れた草色の縦縞模様が見える。アレだ。
「いたぞ。移動速度は普通だ」
「どこだ?」
「進行方向、正面。
多分、左に移動してる」
「分かった」
隣のネグロスも首を伸ばし前方を確認すると返事が返ってくる。
「……俺も確認した」
今の武器ならダメージが入るはず。
「このまま追いかけて後ろから行こう」
「分かった。正面に立つなよ」
ネグロスがニヤリと笑って駆け出す。
外套の迷彩ですぐに草原に紛れると幻影大蛇を目指して行った。
私も追いかけるようにして近づいて行くと枯れ草の向こうに迷彩模様が揺らめいている。
近づいたのに実体を捉えるのが難しい。
不思議な迷彩だ。
縞馬外套と同じような迷彩だと思ったけど、もっと精巧だ。
幻影大蛇を追いかけながら隣を見ると草の間からネグロスの首が生えてる。
……アレは縞馬外套の効果だ。気持ち悪いからやめて欲しい。
ともあれ、位置についたようだ。
それじゃ狩りを始めよう。




